Log2-5//新入り(回想編)
辺りはすっかり陽を落とし、冷ややかな空気が湖畔を漂う。
タンクトップ姿のワサトは腕をさすりながら、続きはアジトに帰ってからにしようと震えながら言った。
アマヨリは、おおかた話は理解できたが、まだこの場で聞いておきたいことがあった。
「あの、私たちと同じところにいた子供たちは、みんなオリジナルのところにいるのですか」
「……そうだな。オメガ9は大体はオリジナルのところだよ」
「他は違うの?」
「いい質問〜! 例えば、アルファ1は、ほとんどが労働者として奴隷のように働くクローンなんだ。低級階位の者たちをサンプリングして作られてる」
アマヨリたちの暮らしていたオメガ9は、限られた者が利用できるプラントだったのだ。
ダイアンとソリスを探しに出たときに見かけた、並んだゲートを思い出した。
あの各ゲートの先にはエレベーターがある。用途や階位で区分けされたプラントへ行くための出入り口だったのだ。
アルフリーナが補足する。
「実際に手元にクローンを置いておけるのは、資金力のある限られた人たちのみなの」
「一部……」
「そ、一部。膨大な費用を負担できる人間は限られてるからね」
「膨大な費用……」
市場で食べ物を食べたとき、アマヨリは初めて〝お金〟という価値を知った。
膨大な費用といわれても、それがどんな影響をもたらすのかまでは当然わからない。
上級階位者と呼ばれる人たちと低級階位者にどんな違いがあるのだろうか。施設の中で暮らしていたアマヨリには、それが何を意味するのか想像できなかった。
眉間に皺を寄せたままのアマヨリに、アルフリーナは少しペースを落として話す。
「あー、つまりね、人ひとりを十五歳まで育てるとなると、時間もお金もそれだけ必要なのよ。権力を持つ上級階位の人間は、お金をたくさん持ってるから、それができるの」
アルフリーナの言葉を頭の中で反芻する。
イメージとなかなか結びつかない。
さらに彼女が言った言葉が頭の中を埋め尽くす。
「正確には、十年。五歳までは培養器に入って一気に成長を短縮しちゃうから」
「培養器、短縮……」
アマヨリは、空を見上げた。
「あー、ごめんね。一気に受け止めるの難しいと思うから、今日はここまでにしましょ」
ワサトは寒さに耐えきれなくなったのか、先を歩き始める。
慌ててその後に続いたアマヨリは、今にもパンクしそうな頭を抱えながら、あることが気になった。
「ねえぇ、待って。そしたら私のオリジナルがどこかにいるってこと?」
ちらりとこちらを見たワサトは大きく頷く。
どこかに自分と全く同じ顔の存在があると考えると、アマヨリはゾッとした。
「ただ、ヨリちゃんの場合は、はっきりわからないって先生が言ってたけどね。ドミニオンにもいるし、遭遇する確率なんて低いもんだよ。それに年齢差もあるだろうし気づかれないよ。とにかく、俺たちは反クローン、反帝国として存在し、活動してる」
まだ慣れない丘の上のアジトへ帰ると、慌ただしく部屋を行き来する二人の男がいた。クリプタよりも大柄のよく日に焼けた坊主頭の男と、もうひとりは灰色の長い髪の男だった。
「セネリス!」
小さな衣装ケースに荷物を詰め込んでいたセネリスは、駆け寄ってきたアマヨリを笑顔で抱き止める。
いつもは制服に白衣姿だったが、服装もこの地域に馴染む、真っ白な上衣に薄青色のパンツ姿だ。
「先生から聞いているよ、大変だったね」
首を左右に振りながらアマヨリは言う。
「わたしは大丈夫……。でも、ダイアンが……」
見知った顔を見て、ふたたび込み上げてきたものが抑えられなくなる。
「ひとりで心細かったろう、ここの皆を頼るといい」
小言と説教ばかりになってしまうクリプタとは違い、セネリスはいつもアマヨリを励まし、優しい言葉をくれる。
ひとりでは抱えきれない出来事を、今はただ、優しさで受け止めてくれる存在が欲しかった。
「どうした、どうした」
背後から聞き慣れない嗄れた声が耳に入る。
先ほどみかけた坊主頭の男のようだった。セネリスはその坊主頭の男を呼び寄せると、顔を濡らしたアマヨリに紹介した。
「今は泣き顔だけど、普段はとても明朗な女性なんだ」
「そりゃあタイミングが悪かったですな、初めましてお嬢さん。ようこそ沈黙の星へ。私のことはキュウザンと呼んでください」
日焼けした顔から白い歯がのぞき、雄々しい笑顔を見せる。
その顔は、厳つい見た目とは裏腹に歳のせいなのか、経験の豊富さなのか、穏やかな人柄を映し出した。
メンバーの中では最年長であり、アマヨリの見立てでは、ワサトの二倍は歳を重ねているように見えた。
「はじめまして、アマヨリです。まだわからないことだらけなので、迷惑かけてしまうかと……」
気前の良い笑い声が玄関先に響き渡る。
「気にするな、気にするな」
その笑い声に圧倒されたアマヨリだったが、大きく笑い飛ばされたことで少し心が軽くなった。キュウザンから差し出された手を握り返すと、ゴツゴツと岩のような手が他のメンバーとは違う仕事をしているとわかる。マジマジと手を見たアマヨリにセネリスは付け足すように言った。
「キュウザンは私たちが、危険地帯に行くときの護衛をしてもらっている。かの神罰戦争で現役だった軍人だよ。今は退役間近だけど、普段はレバルトで士官学校の指導をしてるんだ」
すっかり涙も乾いたアマヨリは、あまりピンときていない表情を浮かべる。
キュウザンが再び豪快な笑い声を上げた。
「セネリス氏、まだ神罰戦争と言ってもピンと来んだろう、なんせお嬢さんは、生まれてもいなかったろうに。レバルトは主に軍の本部がある副都市だよ。落ち着いたら顔を出すと良い」
日に焼けた頭頂部をパチンと叩きながら、キュウザンは思いついたように続ける。
「そうだ! 最近レバルトに気になるケーキの店ができとったな。しまった、出張になる前にいっておくべきだったか」
アマヨリは、その言葉にピンときた。
「ケーキって白くて丸いものの上に赤いやつの載ってる、いちごだったかな」
アマヨリは、外の世界のことも少しは知っていた。
なんだかんだ禁止といっておきながら、ダイアンはアマヨリが禁止図書を持ち出したり、盗み見たりすることを完全には止められなかったのだ。
それは、ただの本だけの世界でなかったことを、決定づけていく。
「そうそう、他にもチョコレートや季節のフルーツを載せたものもあるぞ」
キュウザンは少女のように目を輝かせながら、楽しそうにスイーツの話をアマヨリに聞かせた。
「キュウザンは甘いものに目がないですからね。必要なときは彼に聞いて行けば間違いありません」
セネリスはにこやかに話す。
ケーキやスイーツというものが、なんとなく可愛らしいものだったのを思い浮かべ、不釣り合いな大男とのコントラストが、なんだか微笑ましく感じた。
「よーう、二人ともすぐにここを出るんだろう?」
スカイックを置いて戻ったワサトが、セネリス達に声をかけた。
二人は急いでいたことを思い出したように、いそいそと荷造りに部屋へ戻っていった。
ワサトは取り出した飲み物を直に飲むのをやめて、コップに注ぐとアマヨリに手渡して言った。
「俺らは各所に潜り込むからね。戻ったと思ったら、また新たな場所へ潜入ってことだよ。数週間で済むときもあれば数年のときもある」
ダイアンとよく、コソコソと色々な所に潜り込んでいたので、情報を得ることの重要性はアマヨリもよく理解できている。
好奇心の塊だったアマヨリからすれば、もっと色々と深掘りし、話を聞いてみたいとさえ考えていた。
ここにいるメンバーは危険と隣り合わせなのは十分に知っている。
彼らから情報を聞き出すことを安易にはできない。しかし、ダイアンを見つけるために、ここで遠慮し、クヨクヨしている暇はアマヨリにはなかった。
自分が動かなければ、彼に辿り着けないような気さえした。
「私も……、できますか?」
アマヨリがまだ、救出されたばかりの少女でしかないと思っていたワサトは、ア
マヨリの言葉に驚きを隠せなかった。
「えぇ! いや、それは……、先生が許可しないかと……」
「でも私、このままなにもせずに、ここにいるのは嫌なんです」
なんとか先生に直談判したいとワサトに意気込んだが、次に先生と接触できる機会は当面先になりそうだという。しばらくこの件は保留となってしまった。
しかし、アマヨリは、諦めていなかった。
すでにクローニング局内では、組織のメンバーがダイアンの消息を調べ始めたと聞いた。
誰かに任せたまま、ただ待っているだけでは気が済まない。
何かしていないと、アマヨリは不安で仕方がなかった。
(わたしが作戦に加わる良い方法はないかな……)




