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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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24/26

Log1-22//信頼


 同じ研究所の職員に誘われ、ダイアンは屋外デッキに来ていた。

 すでにリラ・ランブラとの生活も半年を迎える。

「あ〜クラクラする」

 白煙が立ち込める中、煙草をくゆらせた男が恍惚とした表情を浮かべている。

「煙草、禁止じゃなかったですか」

 ダイアンは呆れたように男に言う。

 男はお構いなしに煙草をふかし続ける。見かねたダイアンは煙草をひょいと取り上げ、足で踏みつけた。か細い煙が萎えるように散っていく。

「あーあ、煙草の一本くらいいいだろう」

「ダメですよ。俺があとで詰められるんですから。白衣ちゃんと着替えてくださいよ」

 うらめしそうに男は湯気の立つカップを手に取り、一気に口に運ぶ。

「ぬっっあっぢいいいい!」

 足元に転がった煙草はコーヒーの湯に浸かっている。

 ダイアンはうんざりした顔でもう一度言った。

「白衣、着替えてくださいね」

「……お前。もー、全然気分転換にならないよ」

 煙草を奪われた男の足元からはカタカタと小刻みに音が鳴り出す。

 ダイアンは男が落ち着かない理由を知っていた。

「そんなにイライラしても仕方ないですよ。局長だって枢密府の指示には逆らえないんですから」

「あんな無茶振り……。俺らが一体この研究にどんだけ時間を費やしてきたか」

 男は項垂れ、大きなため息をつく。ダイアンは男に同情のそぶりを示しながら席を立った。

 ここ最近、帝国は何かに焦り始めているのか、頻繁に研究開発の進捗に口を出すようになった。ダイアンたちの研究室も当然その煽りをうけており、いつも職員たちの不満が溢れ雰囲気が悪い。

 とにかくこの雰囲気を少しでも和らげようと、気づけばダイアンは孤軍奮闘していた。

「どうぞ。今度はアイスコーヒーです」

 男はさっきまでの険しい表情とは打って変わり、柔らかい笑みを浮かべる。

 ここでは愚痴の一つや二つ他の同僚たちと分かち合おうと思っても、最高機密を扱うことも多く、特殊な事情があるだけに迂闊に愚痴も言えない。

 ダイアンにおいては存在そのものを偽っているため、小さくない孤独を抱えていた。

 時折見せる寂しげな表情に、男は言った。

「本当は、十九じゃないんだろう?」

 一瞬どきりとした。身長も高く、それなりのトレーニングは今でもやっている。見た目としてはそこまで幼く見えているという自覚が無く隠し通せていると思った。

 言葉に詰まるダイアンに男は続ける。

「ったくあの人は。こんな若いの連れてきて何を考えてるんだか。

 何の事情があるか知らないが……、もう少し俺らを頼れ」


 ――頼れ。

 思ってもみなかった言葉に、ダイアンはさらに言葉を詰まらせる。

 クリプタは頼れる大人ではあったが、常に自立し、自分で行動して解決するように彼から教えられてきた。そのせいもあって、ダイアンはひとり悩み、足掻き、抱え込んでいた。

「歳は……、十九です。すみません、僕がきちんと出来ていないから」

「そうか……。でも、君のチームでの役割は大きいよ、気にすることはない」

「ありがとうございます」

 男の穏やかな顔がダイアンの不安を少しだけ軽くした。

「しっかし、今日は風が強いな〜」

 景色を眺める男の横でダイアンもほのかに潮の匂いのする風を浴びた。デッキの手すりに体を預け、森の中から飛び立つ鳥達を羨ましそうに眺める。

 灯台からの景色とは別の世界がここにも広がっている。

「鳥か……」

「大鷲だな。あれは昔、一回絶滅してるんだよ。今飛んでるのはここの技術で生まれた個体だよ。だからこのあたりにしか生息していない」

「絶滅……」

「そう。これが正しい技術の使い方なのかわからないがね。再び解き放っても、あの大鷲たちが増えるのか減るのかは俺たちにもわからない。中には結局また絶滅した生物もいるからね」

 ふと、灯台で餌付けをしていた大鷲を思い出した。自分に懐いているようで、心を通わせられたのではと喜んでいた行いに、ダイアンは自分の浅はかさを見た気がした。

「そーら、時間だ。局長が戻る前にいくぞ〜」

 すっかりコーヒーに浸かったタバコを拾い上げると、ダイアンはまた思い出したように言った。

「あ、白衣きが…むっ…ぅ」

 ダイアンの肩には男の腕が覆い被さり、いたずらに笑う男はボソリと耳元で言った。

「共犯だな」

 二人の白衣はコーヒーに染まり、ダイアンの不満に満ちた声が響いた。



 ある日、久々にソリスの部屋にやってきたリラは、珍しくゴーグルを外し、スーツ姿で現れた。間近に彼の顔をはっきりと見たダイアンは、意外にもクリプタとそう変わらぬ歳なのだと知って驚いた。

 開発局は他部門より比較的年齢層は高く、要職に就ているのはある程度の歳を重ねた人々が多い。専門性が重視されるため、実績を積み上げることに物理的な時間を要し、若い職員が責任のあるポストに就くことは稀なことだったのだ。

 そんななか、リラ・ランブラは年齢以上に何ができるかを証明した男の一人だった。


「Ω9_03-1009(オメガナインゼロスリーナイン)の移送日が決まりましたよ」

「アマヨリの、ってことですね。いつになりますか」

 リラは几帳面に移送日の時刻まで細かに設定していた。

「それで移送先ですが、あなたと違って開発局に持ってくるには、少しリスクがあるのですよ。ですから、Ω9_03-1009(オメガナインゼロスリーナイン)は私の別宅へ移送します」

 相変わらずこの男は、自分たちを識別コードで呼び、物として扱う。それにも随分慣れてはいたが、やはり身近なヒトを物扱いされるのは癇に障る。

「別宅とはどういうことですか。この施設ではない別の場所に閉じ込めるのですか」

「閉じ込める……、加虐的な表現は好みませんが、私の私的な研究所内で管理を続けますよ。何か問題でも?」

「……いえ」

 クリプタの情報でおおかた、彼女の存在を隠すことは予測していたが、アマヨリの行き先が開発局ではなくリラの別宅とは血の気が引く思いだった。自分と同じように命の危険はないと確信しているものの、彼女も物のように扱って好き勝手に監視し、記録を集めるのではないかと想像するだけでダイアンはゾッとした。

 けれど今はまだ何か事を起こすには、最適なタイミングではないのだ。

「ああ、それと移送の前に私はタウコニアへしばらく行きますから。何かあればヴォイドリンクで知らせてください」

「え、タウコニアって。それは枢密府から許可されているのですか?」

 少し怪訝そうな顔で席を立ったリラは言う。

「その枢密府と行くのですよ、一週間ですから」

「行き先は他の局員には伏せたほうがいいですか」

 管理者クラスでさえ、渡航許可が降りることは無いに等しいなか、開発局の局長ともあろう人物が枢密府とそこへ行くと言うのだから、重要なことが動くのは間違いなかった。

「そうですよ。だからここで話したのです」

「失礼しました」

 リラはエアビューを開き、不在の間の要件を手早くダイアンに伝え終えると、フラスコやビーカーを厳重に梱包し始めた。

「持っていくんですか…」

「他国のものは口に合わないですから。ここで造られた豆は一般には出回らない。今度あなたにも入れて差しあげますよ」

 彼の人間性は色々と欠点ばかりが目につくが、助手として行動を共にしていると、この巨大な組織を率いる手腕には学ぶべき点も多い。

 帝国の心臓部でもある開発局を担うことに責任と矜持を彼は確かに背負っており、天才という名の傲慢だけを跋扈(ばっこ)させている男ではないのだと。

「諸々承知しました。留守の間は私の方で指示を出しておきます。心配には及びませんので。どうぞごゆっくり」

 リラはフッと口元を片側だけ上げると穏やかな口調でこう言った。

「あなたは……、ユイの子ですね」

 その言葉はダイアンが初めて耳にした、リラ・ランブラの血の通った言葉だった。



 ♢♢♢♢

 ダイアンは開発局を出て星核柱(コアカラム)のある通りまで出てきていた。リラからアマヨリ移送に必要なものを事前に揃えておくように言われていたのだ。

 正当な理由で局から出るチャンスを逃すまいとダイアンは急ぎ、ある人物を探していた。

(いた! あの人か)

「おはようございます」

 ダイアンは星核柱(コアカラム)の周辺を警備する男に挨拶をする。感じの良い紳士な男で口元には目印のように口髭が。

「おはようございます。今日もここは穏やかですね」

 そう返した警備の男へ近づき、ダイアンは言った。

「いえ、今日は少し……荒れそうです」

 警備の男は少し驚いたような顔をして、けれどすぐににこやかにこう返す。

「それなら、幸運を祈ります」

 リラがタウコニアへ発つ日が迫っていた。それは、作戦決行日も同時に示している。

 ただ、ダイアンには少し気掛かりがあった。ここ最近になりクリプタからの連絡が少し途絶えがちになっていたからだ。何かあったのではと心配していたが、ひとまずリラが不在にする日を伝えねばならず、彼からの連絡を待つことにした。



 ♢♢♢♢

「お疲れ様です、今日はいつになくお疲れのようですね」

 他のフロアへ移動する際にクリプタはこの口髭を生やした警備の男から話しかけられた。声をかけられるのはいつものことで、男の挨拶に軽く答えるだけ。

 ただ、今日は少し内容が違っていた。

「ああ、最近忙しくて人使いの荒さに参ってるよ」

 そう社交辞令に答えたクリプタは警備の男から小さな紙切れ受け取り、そのままトイレへと向かう。

 特殊繊維のような紙にはコードが印字されている。

 それをそっと別のヴォイドリンクで読み取り、データを執務室の端末へ送り込む。

 用が済んだクリプタは、紙を丸めて水に流す。

 そして、エレベーターへ乗り込むと、いつものように業務連絡を入れた。


「私だ、案件が決まった。日時は追って、連絡する。頼んだよ」

「――了解」

 連絡先の人物も慣れた様子ですぐに通信を切断した。


明日も夕方〜22時ごろのアップになります。お付き合いいただきありがとうございます。Xもやっているのでよかったらフォローお願いします。(特に面白いことは呟けない)

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