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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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Log1-19//一蓮托生(2)

 

 リラ・ランブラは、時間にうるさい人間で少々厄介だった。基本的にクリプタもダイアンも時間には厳格な方だが、リラ・ランブラはその厳格さに癖がある。

 遅れるのはもちろんのこと、早すぎてもダメなのだ。ルーティーンを乱されることを嫌い、潔癖で杓子定規で厳格な性格をダイアンはいやと言うほど思い出していた。

 だからすぐにでも、クリプタと共に開発局へ向かわねばならなかった。


 クリプタと一緒に過ごすようになってから外の世界というものを知り、それは感動も喜びも与えてくれるが、同時に不条理で業に満ちていることも知った。

 だから今ではクリプタの立場もわかるし、彼の権限の及ぶ範囲も理解している。

 ダイアンは以前より痩せたクリプタの背中を見て、自分自身が強くなるしかないのだと肝に銘じた。


「なぁ、俺が預けられたのは解るが、何の為にリラは俺を呼び戻すんだ?」

 前を歩くクリプタは早足を少し緩めて答える。

「理由は聞いても教えてもらえなかった。おそらく、自分の実験材料にでもするんじゃないか……」

 ダイアンはクリプタの言葉に驚いて足を止めた。

「はぁ!?実験材料って、あり得るぞ、あいつなら。俺バラバラにされちゃうのか……」

「そうなりそうかどうかは、お前が判断して行動しろ。それは全部教えたはずだ」


 軽々と言うクリプタに冗談じゃないと思ったが、ここまできた以上、引き返すこともダイアンにはできなかった。

 クリプタがすんなりとダイアンをリラの元へ戻すのにはかねてから理由があった。枢密府の防諜が手強いために、リラの行っている研究を調べることがどうしてもできなかったのだ。ダイアンをリラの元へ返せば秘密裏に動いている開発案件の情報を少しでも掴める可能性がある。クリプタはその可能性にかけていた。

 そして、すでに関わっている人物の特定はできていた。



「ノクトリア・ライラキス。彼には注意しなくてはならない」

 ダイアンはいつの日かのクリプタとのやりとりを思い出していた。

「わかってる。枢密府で国家戦略を握る参謀だろ?」

 デスクの上に展開されたデータにはノクトリア・ライラキスの概略が表示されている。肩書きは〝枢密府 軍宰官〟

 若輩にして最先端技術を利用した国家戦略を構築し、皇帝からの信頼も厚いという。

「代々、軍事産業を担う一族の出だ、彼に関してはまだあまり情報がないんだ」

 そう話す、いつもの眉間に皺を寄せるクリプタからは煙草の匂いがした。

普段吸うことなどなかったはずなのに。せっかくの洒落た香水の匂いと混ざり、台無しだとダイアンは感じた。


「リラとこの男がなにをしているのかってことだね」

「ああ。このところ、一部の組織で装備が装填式の小銃を廃止し、星核(せいかく)エネルギーを利用した〝アクティナガン〟に変わったのはこの男の力が大きい」

 その男がリラ・ランブラと共に何か秘密裏に行っていると言うのだから、調べる価値は大いにあった。

「でも俺、向こうに行ったら自由に行動できるのかな」

「それはこれから教えておく」

 リラ・ランブラという人物が、どこまで実権をにぎっているのか、その目的は自分たちにとって有益なものなのか、そうでないのか。真意を知るためにも、ダイアンをリラの元へ行かせることがクリプタにとって、どうしても必要だった。



 待ち合わせの時刻までちょうど一分を切っていた。

 いつものように隣で眉間の皺を深く刻むクリプタに、ダイアンは背中を叩いて言った。

「大丈夫、うまくいくよきっと」

 そうだな。と呟くように返したクリプタの顔は、どこか悲しげに見えた。



 人間性というものは、遺伝的な要素も多少はあるが、育った環境や周りの人間関係など、それらの経験の積み重ねが大きく影響するものだと、ここに来てクリプタから教わった。そして自分もそういうものだと思っていた。だから、開発局という帝国の中枢を束ねる人間もクリプタやセネリスたちのように、人望のある者であると、どこか信じていた。

 が、この目の前にいる男には最初からそれらのかけらもなく、機械と過ごしてきたとさえ思えた。まるでかつて人類を壊滅寸前にまで追い詰めた人工知能群のような……。


「ほぅ、なかなか面白く育てたじゃないですか」

 別室で待つダイアンをガラス越しに食い入るように見たリラ・ランブラは、新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。

「彼をあなたはどうするのです? あなたの実験道具にするのだけは認めませんよ、法は遵守してください」

 あながち、さっきダイアンと交わした会話が嘘ではなさそうな状況に、クリプタは少し焦り、リラ・ランブラに釘を刺したつもりだった。

 しかし、リラはこちらの打った釘をスルリと貫通するように言った。


「そんなつまらないことはしないですよ。第一これをどうにかするにはまだ足りないものが多すぎる」

「つまらない? 足りない?」

「……そう、つまらなくて足りない。いや、まだ見つからないと言った方がいいだろう。あれらは守られるべきもの」

「……守られる? 一体彼らを、どうするつもりなんだ」

 クリプタは張り上げそうになる声を押し殺して迫るが、リラ・ランブラは全く聞いていないようだった。昔から、彼の言っていることは、理解不能なことも多く、全く倫理も常識も通じない。ダイアンがこの男を嫌う理由がよくわかる。研究成果だけを評価されて局長という立場になったのではないかと、帝国のシステムを疑うクリプタだった。


「目的は違えど、結果は同じはず。君はわかるとと思うのだがね。ククク」

「……目的? 何が言いたい」

 リラ・ランブラの言葉のその意味をクリプタは理解せずにはいられなかった。

「おや? ここで話すのは利口じゃないね。まあ計画があるのですよ、私には」

 リラ・ランブラは、背後の天井に備え付けられた監視用カメラを、指さすような仕草をすると、ダイアンのいる部屋へと入っていく。

 そしていつものように、全てを理解しているかのような口調で言った。


「もともと私の管理下です。彼らの心配は無用だよ。ただし、ヴェイルは使用しないでおこう。あんなもの私には何の意味もない」

「命の保証だけはしてくれ」

「そうですね、まだ、もう一体そろってないですからね。願いは叶えなければならないですからね。さてさて、時間ですよ、ヴェリラキア君」


 クリプタは言いかけて、そのまま押し黙ると、拳に力を込めた。

 ガラス越しのダイアンを静かに見つめると、彼の機嫌が変わらぬうちにリラ・ランブラの部屋をあとにした。



 灯台へ戻ると、時が止まってしまったかのように静かな部屋は色を失っていた。ヴォイドリンクの電子音だけが響き、感傷に浸る間も与えてはくれない。クリプタはソファに寝転び、ポツリと言った。

「リラの望むものとあなたが望んだものは……同じなのですか……」

 そして、鳴り止まない呼び出し音から逃れるように、目を瞑った。



 ――回想

「失礼、至急で個人的にヴェリラキア君に、頼みたい案件があるのだが」

 開発局からの呼び出しなど、今まで一度としてなかった。ましてや局長自らの呼び出しなど一体何ごとかと血相を変えて部屋へ行くと、そこにはあのマッドサイエンティストと呼ばれたリラ・ランブラ局長が、顔を真っ青にして頭を抱えていたのだ。


 後にも先にもこんな姿を見るのはきっと、二度とないだろうと確信した。

 白衣はペンか何かで落書きされ、部屋は物が散乱して酷い有様だ。局長の個人的な案件はまだ新米の自分には断る術もないし、うまく断れても後々、昇進や業務に支障をきたすだろう。

「これは……。シェルターから出したばかりなのですか? それとも局長のお子さんですか?」


 書類や本で散らかった部屋を、鳶色の髪の男の子が駆け回り、片隅に置かれたベッドの上では、小さな女の子が堰を切ったように泣いている。

「あぁ、事情は省くが……、訳あって私の個人的な頼みで、ヴェリラキア君の直属エリア、オメガ9で預かりをお願いしたいのだ……」


 枢密府直属の開発局で秘密裏に動いている案件などは、到底こちらにまで情報は回ることはなく、全て開発局内で完結されているはずだった。

 これはあくまでリラ・ランブラの個人的な頼みのようで、焦りも見えた。秘密裏というからには、婚外子でも作って相手に逃げられたのだろうか、それとも冷血な男の新たな被害者なのだろうか。


 彼なら、いくらでも理由はありそうだった。しかし、詳細を聞くことは今の自分には許されないだろうし、仮に聞けても答えることはないだろう。とクリプタなりの結論が出ていた。

「あの、アルダナリではダメだったのですか……」

「私のところにいるのは専門性が違う。それに公にしたくない。貴公のところであれば、うまく調整してやれるだろう?」


 確かに、調整すればなんとかなりそうではあった。


「しかし……、見通しを聞いても?」

「私の研究が確立したら……、いや、十年ほどしたら、こちらに戻してもらえれば。事由は私のごく、個人的なこと。申し訳ないがお願いできないですか」

 小柄でありながら、無慈悲なリラ・ランブラには、につかわしくない申し訳ないという言葉が、彼の緊急性を表していた。

 どのみち断る術はなさそうだったので、リラ・ランブラの貸しを作るという意味でも、クリプタはしぶしぶ引き受けることにした。


「承知しました。それまでこちらで対応します。定期報告は必要ですか」

「不要です。データは取らなくていい、二度言いますが、私の個人的な依頼ですよ」

 そう伝えると、リラ・ランブラは、そそくさと二人の子供をクリプタヘ押し付けるように部屋を出て行こうとした。

「そう、必要なコードは発行しましたから、頼みましたよヴェリラキア君」



 自由に駆け回る男児に、ベッドで大泣きする女児を目の前にして、厄介ごとを押し付けられたクリプタは茫然とするしかなかった。

「さて、困ったぞ……」

 そして、駆け回っていた男児もこの異常な状況を感じ取ったのか、瞳からは今にも雨が降り出しそうになっていた。


ここまで読んでくれてありがとうございます!週末は1章まで完了予定です。2章以降は色々と分かってくるのでもうすこしお付き合いください。よかったら評価、コメントお待ちしています。^^

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