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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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20/26

Log1-19//一蓮托生(1)

長いので、1話を二つに分割してます。


「……た」

「……リプタ」

「クリプタってば!」

 目の前には謹慎処分を終えて、懲罰室から戻ってきたアマヨリが反省文を片手に執務室を訪れていた。最近は考え事が増えたせいで、クリプタは何度か名前を呼ばれることも増えていた。


「はい、これ。もう二度としません」

 手書きで書かれた反省文は、意外にもしっかりとした字で書かれている。アマヨリなりの反省の弁が書き連ねられているが、本当に反省しているのか怪しい節がある。一方、レンユウの方は完全に懲りたのか、文面を見るからに二度としないであろうことがよく伝わった。


 小さな頃から見てきているからわかるが、アマヨリは物怖じすることなく他者の目や評価を気にせずに自分の考えをしっかりと持っている。先の不安よりも好奇心が優先されるので、こうやって周りを巻き込んでしまう。

 レンユウのように威勢だけが良い子供とは訳が違う。

 もう少し、他者の気持ちを考えてくれるといいのだが……。と頭を悩ませながらクリプタは、アマヨリの扱いには人一倍手を焼いていた。


「自身の身勝手な行動で他者へも責任が行くこと、その責任を背負えないものは、やるべきでないと理解したかい? 君たちについていたアルダナリは交代させたから。クバトとファイは懐いてたみたいだけど、仕方がないね」

 そう言ってクリプタはアマヨリに釘を刺した。



 ♢♢♢♢

 執務室からの帰り道、アマヨリは久々に再会したレンユウになん度も謝った。結局テーヴァに会わせてあげることも叶わず、懲罰室に二ヶ月も入ることとなったのは、今まで経験した中でいちばんの失敗だったからだ。


「もういいよ、アマヨリ。私ね、十五になってここを出たら、テーヴァを探すって決めた。ずっと閉じこもってるときに考えたんだ。それなら誰にも文句言われないでしょ」

「うん、その時は私も手伝うね。私も会いたい人がいるんだ。絶対に会いに行く」

 レンユウは驚いたような顔をして歩みを止める。

「え! アマヨリやっと気づいたんだね!」

 きょとんとした顔でレンユウを見上げるアマヨリ。

「ん? ちがうの? ダイアンじゃないの?」

 怪訝な表情を浮かべたレンユウにアマヨリはぎくりとした。

 ソリスのことは秘密だったからだ。慌てて誤魔化すようにアマヨリは言った。

「えっと、ダイアンに決まってるでしょ。あと、ここを出た人たちだよ」


 目を細め、アマヨリを覗き込むようにレンユウは言う。

「ふーん。アマヨリはうちらより、知り合いが多いもんね」

「そんなことないよ。みんなより少し早くここにいたからだよ」

 彼女のいうとおり、アマヨリにはみんなより少しだけ、大人たちとの関わりが多かった。本人は全く気にしていないようだったが、周りはクリプタ含め、他の管理官や大人たちに顔のきくアマヨリに対して決して、小さく無い疑問を抱えていた。

 ただ、アマヨリの大のお転婆ぶりに、オメガ9のメンバーたちはそこに答えを見出し、納得していたのだ。


「まあ、いいんじゃない。味方は多い方がいいし、あたしびっくりしちゃった」

「え? そんな驚かせるようなこと言ったけ?」

 再び前を歩き出したレンユウは、振り返ることなく話を続ける。

「クリプタ管理官にあそこまで言えるの、やっぱアマヨリだなって」

 長期間の収容でストレスが大きかったのかレンユウの首元は赤く掻きむしった痕が生々しく残っている。それに気づいたアマヨリは、下を向いて言った。

「全然聞いてくれなかったけどね……、クリプタも規則だから仕方なかったと思う。ほんとにごめんね……」


「アマヨリを責めてるんじゃないよ。 ちょっと羨ましかっただけっ」

 そう言ってレンユウは気持ちを切り替えるように振り向くと笑みを浮かべてアマヨリに言った。

「やっと出られたし、今日はたくさん話そ!」

 アマヨリはソリスと会うための鍵を失い、レンユウを巻き込んだ自分の失敗に落胆していたがその言葉に励まされた。そして不謹慎だと思っていたが、この出来事のおかげで、なんだか前よりもレンユウと仲良くなれた気がした。

 アマヨリは、今日のベッドで久々に会う彼女と何を話そうか、今から楽しみになっていた。



 ♢♢♢♢

 灯台から見渡す季節は何度か繰り返し、ここに来てから三度目の雪解けの季節を迎えた。どこを見渡しても目の前に見えるのは、ときどき青さが垣間見られる黒い海と、延々と続くかのような白銀の光を放つ網のかかる灰色の空。

 重苦しい景色のなか、水平線からは一筋の望みのように光が漏れ出す。

 吐く息はまだ白く、路上の枯れ草の間から新緑がちらほらと芽を出し、自然の息吹を祝うように露を纏ってキラキラと輝いている。


 ダイアンはしばらくぶりの制服に袖を通すと、すっかりと丈が足りなくなっていた。慌ててクリプタから新しい制服を受け取り随分と身長が伸びていたことを実感する。三年ぶりに歩いたこの閉塞感のある廊下はまるで、昨日のことのように何の変化もなく、アルダナリ達が往来している。見覚えのある扉の前に立つとダイアンはあることに気がついた。


「あれ? こんなに扉って小さかったけ」

 早朝の日課室は誰もおらず、静まり返っている。いつも座っていた席へ腰掛けると何だか全てが小さくなった気がして何度も部屋中を見回してしまった。

 思い出したように制服のポケットから、青色に染められた革製の小さな手帳を取り出し、ペンを走らせる。


〝今日も波は穏やかで、東の地平線はオレンジ色に染まり空からは白銀の光が降り注いでいる。この景色を何度見たことだろうか〟


 ダイアンはクリプタの元に行ってからはちょくちょく日記を書くようにしていた。初めて見るもの、感じたもの、食べたもの、その全てをアマヨリに教えてあげたかった。そして二人の約束を叶えたいと願っていた。

 静かな部屋は日記を書くには最適で、スラスラとペンが進む。


〝――でも今日やっと〟


 ペンの文字がぐわんと上へ大きく伸びると同時に、背中から押しつぶされる衝撃が走る。


「へぇ〜! ダイアンって詩人だね! まだ日記つけてたの?」


 背中から響く無邪気な声と、紫紺色の柔らかな長い髪が手にふわりと落ちてきた。

 いつぶりかに聞く、変わらぬその声に思わず声を上げる。

「ア、アマヨリ!?」

 背後から飛びついたアマヨリは、勢いのあまりダイアンを押しつぶしていた。

「ごめん! ダイアン!」

 慌てて飛び退けたアマヨリは、床に転がったペンを拾い上げ、驚いたまま硬直するダイアンに手渡した。


「いつからいたの!?」

「実は昨日、クリプタからダイアンが一時的に帰るって聞いて、驚かそうと思って。もう一時間くらい前からここに……」

「も〜なんだ、それならもっとマシな再会の仕方があっただろう? アマヨリは相変わらず乱暴者なんだから……」

 三年ぶりに目にしたアマヨリは、髪も腰まで伸びて幼い少女の面影が少し薄れている。背も伸びて、歯抜けになっていたところはしっかりと生えそろって。

 ダイアンは席を立ち、アマヨリに向かい合うと、久々に向けられた紫紺色の眼差しから視線を逸らした。

 三年振りの再会とは思えぬ彼女の態度に、自分との温度差を感じて恥ずかしくなったのだ。


「ダイアン、おっき〜背伸びたね!」

「ん? 確かに。アマヨリを見おろしてるね」

 自分を見上げるアマヨリの瞳は、相変わらず綺麗な色をしている。ずっと、この瞳を言い表せる言葉を見つけられなかったが、今ならぴったりのものを見つけられる。


「夜空だ」


「えっ?」

 思わず、その瞳に見入っていると、アマヨリの顔が次第に紅潮していくのがわかった。照れくさそうに俯いた彼女は、髪を耳にかけながらしどろもどろに言った。

「どっどうしたの? なんか顔についてるかな」

 ダイアンも無意識の行動に驚き、赤面しながら同じように、しどろもどろに答える。

「え、あ、うん。瞳が夜空みたいな色だなって」

「夜空? 私、わかるよ。昔クリプタと見たから!」

 アマヨリは嬉しそうにはしゃぐと、両目をぱちくりとさせた。


「そーだ! ダイアン、レンユウたちにも会うでしょう?」

 昔のようにダイアンの手を取って、レンユウのいる部屋に行こうと言い出したので、ダイアンは慌ててそれを制止した。

 どうやら彼女にはまだ、男女の壁は見えないようで変わらぬその姿に安心しつつも、少しがっかりもした。


「ごめん、短時間しかここにいれないんだ。もう少ししたら、リラのところに行かないといけないから」

「リラってあの、ソリスのところにいた人」

「そう。だからまたしばらく会えないよ。次に会うときはその乱暴なとこ直って、女性らしくなるといいね」

 視界の端でアマヨリが膨れっ面になったのがわかった。言うつもりもなかったことを、口走ってしまった自分を呪いたい気分になる。かといって、何か喜ばせられるような格好いい言葉も見つからない。仮に見つけても絶対に言えないだろう。


 でも、これだけは絶対に伝えておきたかった。

 でないとここに寄る時間を作ってもらった意味がない。

 何が何でも言うんだ。

そう強く心に決めると、ダイアンはアマヨリを呼び止め、言った。


「ごめん、違うんだ。そんなこと言うためにアマヨリに会ったわけじゃないんだ。

 ……次に会うときは必ず迎えにくるから。……だから待っていてほしい」


 さっきまで膨れていたはずの頬は、すっかり元に戻って、代わりに夜空を翔る流れ星のように、きらりと雫がほおをつたい落ちた

「えっ! わっ、ごめん、泣かすつもりじゃ」

「違うの。今日は会えるかわからなかったし、私忘れられてるかもって思ってたけど、そうじゃなかったね。謝るのは私だ」

「アマヨリ……」

 ダイアンの心はギュッと何かに掴まれたように苦しくなった。そして……

「待ってるね。そしたら約束叶えに行こうね」

 その言葉に溢れ出す想いを抑えられず、思わずアマヨリを抱き寄せてしまった。


「えへへ、ダイアンなんかすごい背も高くなったし、アル兄みたいだ」

 しかしアマヨリは嬉しそうにダイアンの胸に顔をぴたりとつけると懐かしむように頬を擦り寄せた。抱き寄せた彼女からは懐かしい石鹸の香りと、腕には柔らかな感触と温もりが伝わってくる。ずっとこうしていたいという気持ちと、外に音が漏れるほどの鼓動をアマヨリに気づかれてしまうのではないかという、余計な緊張が同時に身体中を駆けた。


 けれど、そんな心配はすぐに解かれ、ダイアンの想いは宙を舞った。


「時間だ」


 声のトーンからものすごく不機嫌なのがわかる。長年一緒に過ごしていると、顔を合わせなくても、会話をしなくても雰囲気で、それはもうどんなに不満があるか、すぐにわかるのだ。振り返ると抱き合う二人の一部始終をまざまざと見せつけられて、機嫌を悪くしたクリプタが立っていた。


「クリプタぁ!」

 まるで親鳥の元から小鳥が巣立っていくかのように、アマヨリはダイアンの元をひらりと飛び立ちクリプタの元へ舞い降りて行った。

「こらこら、昨日も顔を合わせただろう」

「だって一瞬だったんだもん、ちゃんと会うのは久しぶりだよ」

 アマヨリが不機嫌だったクリプタに、抱きつきながらはしゃぐ姿を遠目で見ながら、ダイアンは先ほどまでの自分との抱擁は、特別ではないのだとえらく落胆し、落ち込んだ。けれど、昔と変わらず元気そうな姿に安堵し、自分との約束を覚えていてくれた彼女に、また淡い期待を抱いてしまうのだ。



 またね。と言って別れた彼女の切ない顔が、幼かった少女の記憶を瞬時に上書き、彼女への愛おしさを募らせるばかりだった。胸は何かに掴まれたように苦しくなって、それをまたしばらくの間、胸の奥に閉まって忘れなければならないと思うと、どんな試練よりも辛く胸が張り裂けそうだった。

このあたりからおもしろくなるはず……はず…。

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