Log1-18//断片
「134、135、136っと」
アマヨリはベッドとトイレがあるだけの部屋でひとり、退屈しのぎにタイルに散りばめられた幾何学模様の中で、とりわけ変わった形の装飾模様を数えていた。
懲罰室にいる間、アマヨリは十三歳を迎えていた。十二歳と十五歳のみを祝うこの場所では時間の経過を知らせるだけだ。
「なにもすることがない……」
罰は受け入れるつもりだったが、二か月もの長期となると、何もしないでただ部屋にいるだけの状況はとても精神に応えた。
ときどきクリプタが様子を観に来るが、話し相手になってくれるわけでもなく。
どうせまた何か脱走の算段を立てているのでは? という芽を潰しにきているだけのようにアマヨリには見えていた。
謹慎も残り三週間となる頃には、他の皆はどうしているだろうかと気がかりが少しずつ大きくなってゆく。
永遠とも感じる時間をただ、ただ経過するのを待ちながら。
♢♢♢♢
緋色に染まった天から優雅に降り立ったのは大鷲で、翼をバタつかせながら灯台の欄干に羽をおろした。
「ほら、今日はこれをあげるよ」
ダイアンは手にした魚を空へ掲げると大鷲は慣れた様子で掴み取っていく。それを見たカモメ達がおこぼれをもらおうとデッキに集まる。
つい最近まで真っ白だった景色は、いつの間にか新しい季節を迎える準備を始めたようだ。刺すように冷たかった風は海の匂いを纏って潮風を運ぶ。絶壁に打ち付けられた波は雪のように白く舞い上がり、暗澹たる水面に花を添える。
共に白く輝いた道筋を断つかのように、若草色に変わりゆく地は、古を語る白亜の灯台との間を分つ。冬季とは全く違う景色を見せてくれた。
「ここにいたのか」
一日中会議だと言っていたクリプタが疲れた様子で戻ってきた。
「随分と缶詰だったんだね、もう少し早く終わると思ってたよ。トレーニングメニューも一通り終わったから、飯作っておいた」
ここに来てから二年以上が経ち、ダイアンはすっかり料理も覚え、ここでの暮らしにも慣れていた。テーブルに食事を用意しながら、クリプタの仕事の愚痴を聞くのも日常となった。最初にもらった軍の作業着も板についてきた。
「会議は数時間前に終わったよ。誰のおかげでこんなに残業してると思ってるんだ」
制服をハンガーにかけながら、クリプタはうんざりした顔でダイアンを睨んだ。
それもそのはずで、クリプタが睨みたくもなる理由はダイアンにあったからだ。アマヨリとレンユウ脱出事件は公にはならなかったものの、クリプタは各所にバレないよう、もみ消す羽目になった。監視カメラの映像からヴォイドリンクの入退室履歴諸々を綺麗にしておく作業が必要になってしまったからだった。
当然、過去の記録を遡れば、ダイアンが一緒にアマヨリと何度も外に出ていた記録も目にすることとなり、クリプタは頭を抱えた。管理責任を問われかねない大事にクリプタは見事に蓋をして、隠すことを選んだ。
そして、連れ出したダイアンを懲罰室に送ることも出来ず、ダイアンは罰という難を逃れていた。
「俺らも悪かったと思うけど、あんたがちゃんと普段から鍵と履歴を管理してないからだろ」
若干図星だったようで、クリプタは何も言い返さなくなったが、少し不機嫌になった。なので、ダイアンは面倒くさそうに冷蔵庫から前菜を取り出し、グラスにクリプタの好きな酒を注いだ。
「まぁ、感謝してるよ俺。まだ全然かもだけどさ」
「…………」
クリプタは前菜のオリーブを口に含みながら注がれた酒を一気に体へ流し込む。ここ一か月くらいはまともに眠っていないようで、部屋に戻ると、うとうとして食事も中途半端になりがちだった。今日はやっと大方、処理の目処がついたのかいつもよりは休めるようだった。クリプタはいつになく酔った体でフラフラと、そのままダイアンのベッドに雪崩れ込んだ。
「おい! おっさん! そこぼく……、ああ〜、俺のベッド……なんなんだよ」
ダイアンは占領されてしまったベッドを諦め、疲れ切って眠る大人を気の毒に思ったのかクリプタへそっと毛布をかけてあげた。
「アマヨリの様子、聞きたかったんだけどな」
懲罰室に二か月も謹慎になったアマヨリを心配していたダイアンだったが、正直見つかってしまって良かったのかもしれないと考えていた。あのままアマヨリが他の人を巻き込んで、ソリスの元に行っていたら、もっと大事になっていた。
幸いソリスのことはなぜかバレなかった。もしかしたら、あのセキュリティゲートの先からはクリプタの管理の及ばない場所なのか、それともまだそこまで記録を確認できていないのか。様々な可能性が頭をよぎったが、下手なことは言わないでおこうと決めていた。
ヴォイドリンクは置いていったものの、やはり自分のいないところでソリスと仲良くなっていくのが、ずっと気になっていたのだ。それが絶たれた今、そういった心配事から解放され少し気が楽になった。
「今頃、どうしてるかな……」
♢♢♢♢
クリプタはぼんやりと目を開けると、まだ外は薄明かりで水平線の向こう側がうっすらと紅くなり始めていた。偵察のセレリタス艦が堂々と滑走路に戻ってくるのが、窓越しに見えたので体を起こす。
体にはしっかりと毛布がかけられており、ソファでダイアンが眠っているのが見える。
「眠ってしまったのか……」
前日の記憶を思い起こそうとしたが、ダイアンに説教をした記憶までしか思い出せない。おまけにひどく頭がズキズキと痛んだ。
水を取りに音を立てぬよう、そっと立ち上がると、ダイアンのデスクの上に青い革製の手帳が開かれたまま置かれていることに気がつく。
「なんだ、日記なんか書いてるのか。マメなやつだな」
クリプタは思わず手帳に記されたことを目で追ってしまっていた。
「ははは、随分素直なこと書いてるな、俺が心配だって? 子供に心配されるなんて俺も随分情けなくなったな」
「ん?」
日記の一文に気になることが書かれていた
〝昔誰かとこの景色を見たような気がする〟
「この場所はリラは知らないはずだが……。ここを教えてくれたのは……」
クリプタの顔から血の気が引いて、鼓動が大きく跳ねるように音を立てた。
「!!」
目を瞑り何度か思い違いではないかと記憶を辿る。けれど、どうしてもその記憶が思い違いには思えなかった。
「そんな、まさか……。彼女の? ……いや、そんなわけ……」
――回想
「ほら、一人になりたいときは、ここに来るといいわよ。もちろん他の人には秘密ね」
長い髪を後ろに束ね、使い古した白衣を着た女性が楽しそうに灯台の階段を登って行く。白衣なんて新しいものはいくらでも支給されるのに、彼女は着慣れたものが好きなのか、いつも消えずに残ったシミのある白衣を着ていた。胸ポケットには分厚い手帳とペンが。紙に記録する人は珍しかったので印象に残っていた。
彼女に会ったのは数えるほどしかなく、顔を思い出そうとしたことはなかった。当時の局内では有名人で知らぬものなどない。あの有名な、天才科学者ギエド・ノヴァの娘、ユイ・ノヴァだった。
ギエド・ノヴァは先の神罰戦争において、大国カスとロザリアを勝利へと導き、世界に恐怖を植え付けた張本人、素粒子化兵器、E.Pブラフマーを開発した科学者だった。
しかし、圧倒的な科学力を持ったこの男を恐れた帝国は、帝国に対する反逆罪で収監し、裁判を待たずして処刑したのだ。
その娘のユイも父の後を追うように、幼い子供と共に原因不明の死を遂げ、歴史の闇に葬り去られたのだった。
〝愛する人の願い〟
リラ・ランブラの言葉が何度も頭の中を反すうする。そんな彼女の忘れ形見が残されているのなら……。もしも、死んだと言われていたはずの子供が生きていたのなら、クリプタは当時の記憶を一つ一つ拾い集めるように思い出していった。
「ユイさん、なぜ私をここに?」
ユイは吹き付ける風になびいて絡まった髪を抑えながら言った。
「あそこにいると息が詰まるでしょう。ここに来るとね、光を浴びて風に吹かれて、潮の匂い、鳥の声、空気の冷たさ。全部感じられるの。また明日、この景色を見たいと思う。そういうのって大事じゃない?」
水平線に沈み始めた太陽の光が眩しく、思わず目を細めると白衣をはためかせながらデッキに立つ、ユイの苦しそうな顔をクリプタは、はっきりと思い出した。
黒檀色の髪に黒い瞳、聡明な顔つきはギエド譲りなのか今となってはわからない。 化粧っ気もなく、地味な印象の彼女が唯一身につけていたのは、胸元に色の変わる宝石のペンダントだった。
「色が変わった!」
ユイの胸元についた宝石がみるみるうちに紫色から白色へと変わっていったので、クリプタは驚いて思わず声に出していた。
「これ希少な石だから見たことない人が多いかもね。ステリトスっていう鉱物で日の光を浴びると色が変わるの。ふふふ。綺麗でしょう」
ユイはペンダントを太陽に翳して見せると言った。
「この鉱物はこれから色々な技術に応用される……」
その時の横顔は何かを覚悟したような、大きなものを背負い込んだような表情をしていた。
クリプタは繋がった記憶の糸を手繰り寄せ息を呑んだ。
急いでクローゼットにかかる制服のポケットに手を突っ込む。以前、ダイアンからペンダントにしたいから鎖を調達してほしい、と預かっていた布製の袋を取り出す。
袋の中からは紫色の四芒星の石が一つ出てきた。恐る恐る取り出した石を窓から差し込む光に翳した。
ユイの持っていたペンダントとは、異なる形状の石ではあったが、同じ石であることに間違いはなかったのだ。みるみると光を吸収しゆっくりと白く変わってゆく。
そして、白く変わった石に何かがうっすらと浮かび上がった。
「これは……」
クリプタは浮かび上がったものを見つけるとすぐにヴォイドリンクをその石に翳した。読み取られたコードからは何かのファイルが大量に映し出された。
「クリプタ? 起きてたの」
後ろからダイアンが目を覚まし声をかけた。慌ててエアビューを閉じると机に置いた石を再びズボンのポケットにしまう。
「ああ、おはよう。起こしたかな?」
ダイアンはまだ寝ぼけた様子で、大きなあくびをしながら体を起こした。
「いや、朝日が……まぶしくてさ」
「そうか。今日は俺が朝食を作るから、ゆっくりしていていいぞ」
「目、覚めちゃったから、下で走ってくるよ」
居住スペースの下階には簡単なジムやら鍛錬場が備えられており、体を存分に動かせる設備が整っている。日中は人に見られることを避けるため、ダイアンは中に篭もりきりになることも多かった。灯台周りの大半は森で、その向こう側に軍用機の滑走路がある。ひとひとりウロウロしたところで、誰かに遭遇することは無さそうだったが、稀に開発局の職員や、軍の関係者がサンプルの採取や、警備でうろつくこともあるため用心が必要だった。
運動着に着替えたダイアンは小走りに下のフロアへ出掛けて行った。
クリプタは胸を撫で下ろし、ポケットに閉まった石をあらためて制服の胸ポケットにしまい直した。
説明的な部分が多く、読みづらさがありますがここまでお付き合いいただきありがとうございます。引き続きよろしくおねがいします。




