Log1-01//ダイアン
「ねぇ、ダイアン! 私ついにクリプタの秘密を見つけたの!」
隣のベッドから身を乗り出した少女は、紫紺色の瞳をギラギラと輝かせながら、興奮気味に言った。
いつも彼女が興奮気味に話すときは、大抵いたずらが成功したときか、とんでもないものを発見したときなのだ。
ダイアンがここ最近、彼女から聞いたビッグニュースといえば、とある部屋で育てられている赤紫色の実のなる木を発見したことと、小言の多いクリプタの背中に虫を入れて一泡吹かせたことだった。
彼女からのニュースはいつも刺激的で特別なのだ。
ダイアンは、隣のベッドに勢いよく滑り込むと、慌てて彼女の口を塞いだ。
「しっ! 誰かに聞かれたら大変だ。アマヨリは声が大きいから隣にも筒抜けだよ。いつも言うけど、もう少し小さい声で話せよな、ガキ」
ダイアンの棘のある言葉に頬を膨らませたアマヨリは、そっぽを向いて答える。
「ガキじゃない。私より少しお兄さんだからって威張らないでよ。私だってあとちょっとで十歳になるんだから。ダイアンにすごいこと教えてあげようと思ったけど、やっぱやめた」
どうしてもクリプタの秘密を知りたかったダイアンは、慌ててアマヨリに謝るとベッドの脇にスルリと降りて座り込んだ。
「ごめんってば、あのおっさんの秘密は絶対に知りたいんだ」
頬を膨らませたままのアマヨリも、ダイアンの隣にスルリと座り込む。床に着いた紫紺色の癖っ毛を邪魔そうにあしらいながら、同じ色の瞳をこちらに向けて。
「もうガキ扱いしない?」
「しっ、しないよ!」
切りそろえられた前髪から覗く眉は、コロコロと変わる感情に合わせてよく動く。眉だけで彼女の気分がすぐにわかるくらいに。八の字だった眉が穏やかなアーチ型になり、膨らんだ頬を収めたアマヨリは、なんとか機嫌を取り戻したようだった。
そして、ダイアンの耳元に手を当て、小さな声でこう言った。
「明日、アルダナリたちが執務室に戻ったら、実のなる木の部屋に来て」
「わかった」
ダイアンはそう返事をしてベッドに戻ったが、アマヨリがどんな秘密を教えてくれるのか想像すると明日が待ち遠しく、なかなか寝付けなかった。
静かな部屋の中はいつもどおり、アマヨリの寝息だけが聞こえてくる。安らかなその音色は心地よく耳に入っては消えてゆく。そうやって一日の終わりを迎えながら眠りにつくことが今では当たり前になっていた。
思えば、この部屋にアマヨリが来たのは五年ほど前、ダイアンが六歳の頃だった。好奇心旺盛で人懐っこい彼女は、それまで一人で眠っていたダイアンの孤独を打ち消し、良き話し相手となった。
日中はアルダナリと呼ばれる無愛想な世話人たちから、日課と呼ばれる学習や身の回りのことを教わり、夜になればこの部屋に戻り眠る。そうやって規則正しく繰り返されるだけの日々のなか彼女はある日、連れてこられた。
意味のない明日を迎えて過ごしていたダイアンの日常に、アマヨリはドキドキとワクワクを与えてくれたのだ。ダイアンにとって、明日を迎えることに意味を持つほどの日常の変化を。
うっすらと聞こえる三度目のアラームで目を覚まし、ぼんやりとした体を起こしながら音の方へ手を伸ばす。静寂を取り戻した部屋は時の経過を忘れさせ、夢見心地へと誘い込む。うっすらあけた視界から隣のベッドに畳まれた布団が映りこむ。
「まずい!」
ダイアンは飛び起き、慌ててクローゼットから制服を引っ張り出して頭からすっぽりと被った。
腰までかかる上衣は、張りのある生地のせいなのか窮屈で動きにくい。首元の詰襟が余計に自由を奪う。アイボリー色の生地には薄水色のラインが首や袖口に施されているが、ダイアンにはそれがまるで枷のようにも思えた。
制服という枷を纏うと、出入り口に備え付けられた鏡に視線を移す。鳶色の髪は寝癖であちこち跳ね広がり、おまけに上衣とおそろいのズボンの裾からはくるぶしが見え隠れしている。
「……また伸びたみたいだ」
廊下でダイアンは朝の補給を済ませたアマヨリと鉢合わせた。顔を合わせるなりアマヨリはニヤニヤと口元を歪ませながら言った。まるで昨日の仕返しをするかのように。
「ダイアンあれから気になって眠れなかったでしょ。ふふふ、ガキ〜」
「違うよ、色々と考え事! それより、なんで起こしてくれないんだよ」
「だって、あんなに気持ちよさそうに眠ってたら起こせないよ。間に合ったんだからいいでしょ!」
ダイアンはガキ扱いしてきたアマヨリの言葉を意地悪で返そうと思っていたのに、起こせなかったという彼女の優しさに、つい勢いを失ってそのまますごすごと後ろを歩いた。
薄灰色の無機質な廊下は、せっかく得たワクワクを現実に引き戻し、日常を突きつけてくる。ダイアンは諦めたようにあくびをしながら、いつもの場所へと向かった。
「あっ、一箇所光らないところがある〜」
アマヨリが前方の床を指差して言った。
それに合わせて、ダイアンが勢いよく床を踏みつける。光の粒子が拡散しながら、幾何学模様を描くように、四方へ流れていく。
「本当だ、あそこだけ光らないね」
幼い頃はこれが面白くて飛び跳ねたり、光の軌跡を追いかけたりしてよく遊んでいた。今では当たり前のものとなり、あの時夢中になったワクワクはもう、ダイアンの心の中から消えてしまっていた。でも、アマヨリは違った。誰もが当たり前になり、忘れ去ったことでもワクワクのかけらを探し続けている。
「壊れてるのかな、アルダナリに言っておくか」
二人はしばらく歩くと『Ω9-AREA04(オメガナイン・エリアゼロフォー)』と記された扉の前に到着した。ガラス製の白い扉が二重構造になっており、外から中を窺い知ることはできない。
まだはっきりと覚めぬ頭でダイアンが扉の前に突っ立っていると、アマヨリに先を促された。
「ダイアン、ヴォイドリンク翳さないと……」
慌てて手首に装着した端末を自動扉の前で翳す。扉には開錠と発光した文字が示され、一日の始まりを物語るかのようにゆっくりと開いていった。
遅れて来たせいで、既に四十人ほどの子供たちが着席していた。たくさんの視線を浴びることとなり、ダイアンは少し恥ずかしくなった。
いつもの席には既に馴染みの三人が着席し、こちらを気にしている。
「おはよう。二人とも、珍しいねギリギリなんて」
そばかす顔の少女はにこやかに挨拶をすると、自慢の栗色のおさげ髪を撫で付け、髪型を気にしている。ヘリヌールの髪は今日も艶々と輝いて念入りに手入れをしているのがよくわかる。穏やかな口調は年長者らしく、ダイアンは彼女をより遠くに感じた。
「おはよう、ヘリ姉」
アマヨリは屈託のない笑顔で挨拶をかわす。
「あら、今日は上手に髪を結べたのね」
左右に結ばれたアマヨリの髪型を褒めたヘリヌールの隣から、ハスキーで特徴的な少女の声が響く。
「本当だっ! ダイアン……じゃないよね? ヘリヌールに教えてもらったやり方でやったの? 」
アマヨリは結んだ髪を触りながら少し照れくさそうにうなずいた。
「へぇ〜! すごいじゃ〜ん」
特徴的な声の持ち主であるレンユウは驚きながら、アマヨリの髪型を見ようと身を乗り出した。少し興奮気味のレンユウにダイアンはうんざりしたように言う。
「別に髪型くらいで騒ぐなよ、アルダナリに怒られるし席に座りなよ」
少しムッとした顔をして、レンユウは席に着き、向かいのアマヨリは嬉しそうに髪を指に巻き付けていた。
つい最近、アマヨリは一人で髪を結べるようになった。もともとあまり器用ではない彼女は、いつもヘリヌールやダイアンに手伝ってもらっていた。だから、絶対にダイアンを置いて先に行ってしまうことなどなかったのだ。
わりかし手先の器用なダイアンは毎日髪結いをやらされて、面倒だと思うこともあったが、役割がさっぱりとなくなってしまったのは、なんだか寂しかった。
「ダイアンだといつも一つ結びしかやってくれないけど、自分でがんばったら他の結び方もできたの」
朝の時間的なことを考えたら二つ結びは効率が悪いし面倒だからやらない。アマヨリの言い草にはなんだか言い返しておきたくなった。
「なんだよその言い方。こっちはお子様なお前に毎日付き合ってやってたんだ、やらなくて済んでせいせいしたよ」
隣でアマヨリの頬が限界まで膨れているのが見えたが、何か言い返してくる気配はない。そんな空気を変えるかのように、再びハスキーボイスのレンユウが飛び込んできた。
「ねね、それより! 今日から私たちのアルダナリ、新しくなるみたいだよ。この前テーヴァがバウンドヴェイルのことをしつこく聞いたからだよ」
レンユウは長いまつ毛を押し上げるほどに目を見開き、おしゃべり全開でアマヨリとの会話を遮った。ダイアンは、すぐに誰とでも仲良くできる彼女のことは見習う部分もあると思っていたが、おしゃべりすぎて困ることも多々あった。好奇心旺盛なアマヨリと一緒にいると、会話が弾みすぎてしまいどうでもいい雑談にいつも尾ひれがついてしまう。ダイアンの隣に座るテーヴァが毎回二人の会話に振り回されることになるのだ。
そして案の定、またレンユウの話でテーヴァが慌てている。
「なんだ、レンユウ、おれのせいだって言いたいのかよ」
「そうだけど」
「んがっ!」
クルクルとコイルのように巻かれた飴色の髪がダイアンの視界を遮る。テーヴァの褐色の腕は今にもレンユウに届きそうだ。
二人をなだめるようにダイアンは言った。
「そんなわけないよ、いつも何年かすると変わってただろう? テーヴァは関係ないよ。レンユウ、根拠のないことを言うなよ。喧嘩になる」
ダイアンは、噂話は常に疑うことを忘れなかった。
特におしゃべりレンユウの話は。
指摘を受けたレンユウは少し不満そうに頬杖をついて言う。
「えー、だって今回は一年しか経ってないよ。いつもは二年くらいじゃなかった?」
椅子に座り直したテーヴァはだらんとして、黄金色の瞳を天井へ向けて言った。
「別にどうでもいいよー、もう一人のアルダナリは変わらないみたいだし、俺らの面倒みれるなら誰でも一緒だと思わないか、ダイアン」
テーヴァが言うように、どうでもいい話だった。ダイアンは大きくうなずいた。
アルダナリと呼ばれる人々はここにいる子供たちの面倒を見るのが主な役目であり、何かしらのルールが存在している。数年ほどで別のアルダナリに交代し、さよならの挨拶もなく去ってゆき、初めましての挨拶もないままに彼らとの日常が始まる。
「そうよ。誰が来たって同じだし、彼らに感情表現はないんだから。レンユウもそんなこと気にしていないで、進んでない日課をがんばらなきゃね」
レンユウは肩を落としてしみじみと言った。
「そうだった……」
ヘリヌールの言うとおり、アルダナリには感情がなく、いつもみんなで話しているようなことを言っても面白くない。だから彼らが交代してもしなくてもダイアンたちには何も変わらなかった。
はっきり言って、肌の色や髪が同じなら変わったことすら気が付かないかもしれなかった。なぜならアルダナリの顔は、バウンドヴェイルという名の仮面で覆われ、せいぜいわかるのは口元くらいで、顔を窺い知ることはできないのだ。
なぜ、彼らがそのバウンドヴェイルと呼ばれるものを装着しているのか、なぜ自分たちと同じように振る舞えないのか、詳しく知るものはここには誰もいない。何を聞いても欲しい答えが返ってくることはない。長年ここにいると、それを改めて聞こうという考えは既になくなっている。
けれど、テーヴァはその慣例を打ち破り、先日アルダナリになぜバウンドヴェイルを外さないのか、と問いかけた。もちろん答えは今まで通り〝その答えを持ち合わせていません〟だった。
誰もが予想通りで、希望通りの答えが聞けるなどという幻想は、こちらも持ち合わせていない。
ダイアンは、レンユウに指摘をしたものの、おかしなことを言っているのは自分の方なのかもしれない、と同時に考えた。その考えはアマヨリも同じだった。
「でも、私気になるよ! 今度は私が新しいアルダナリに聞いてみようかな。みんなで聞いたら答えてくれるかもしれないよ」
ダイアンはすぐにその発言を取り消すようにアマヨリに言った。
「答えてもらえないってことは、答えたらまずいって可能性もあるんだ。無闇に聞いたら良くないかも」
ダイアンが一緒に乗ってくれなかったことに不満を覚えたアマヨリは、口をとがらせて文句を言った。
「何よ、ダイアン大人ぶっちゃって。この中じゃアルヘニクスが一番お兄さんで、すごいんだからね!」
彼女のよくわからない屁理屈は聞き慣れていたが、どうにもこのメンバーの中の最年長であるアルヘニクスと比べられたことがダイアンの胸中をざわつかせた。
「それは関係ないだろ! アマヨリが馬鹿なことを聞いて、管理官まで怒らせるから教えてあげたんじゃないか」
コミュニケーションに血の通わないアルダナリに変わって、彼らを管理する管理官という人たちがいる。この管理官は少し厄介で、とにかく規則と言っては融通が利かない。中には優しい管理官もいるが、ダイアンたちが悪さをすればすぐに仕置きをする。
アルダナリを困らせると、決まって彼らが出てきて理不尽な思いをする羽目になる。そんなことにならないよう、彼女の好奇心を逸らし、気づけばダイアンがいつもストッパー役になっていた。
「管理官も向こうで目を光らせてるし、アマヨリもダイアンも喧嘩しないでね。ほら、もう日課が始まるからエアビュー開いて」
年上の余裕を見せたヘリヌールはニコリと微笑んで、二人をなだめると手首の端末から画面を開いた。
♢♢♢♢
ダイアンは日課が終わるとアルダナリに連れられて、ある場所に向かっていた。皆がいた場所とは反対の方角にある一室。先ほどの部屋とは異なり、厳重なセキュリティのある自動扉が備わっている。
特殊なマテリアル製の扉を通過し、さらにもう一枚扉をくぐらねばならない。
ここを訪れるたびに、重厚な構造に圧倒され、幼子心にどんな衝撃にも耐えうるのだろう。とダイアンは感心した。
その扉の前に立つと、セキュリティの解除される音が響く。開いた扉の向こうで作業デスクに向かっていた男がゆっくりと立ち上がったのが見えた。
「やあ。久しぶりだね」
スラリとした長身に、ウェーブがかった黄金色の髪。顎に生やした無精髭はどこかだらしなく見えるが、隙間も見えないほどに締められたネクタイにプレス跡のついたスラックス。皺ひとつない濃紺色に白く縁取られた上衣からは、彼の厳格さが滲む。
温和で優しげな微笑みを蓄えた表情は一見、人当たりの良さそうな紳士に見えるが、黄金色の瞳は鷹のような鋭さを秘めている。ときおり獲物を狙う狩人の眼差しになることは他の子どもたちは知らない。
「俺は、一週間前におっさんに会ってる」
「ダイアン……、何度も言うが、その呼び方はやめなさい。それに私はまだ若い」
穏やかに子供たちを諭す、低く落ち着いた滑らかな声色は絶対的な安心感がある。その安心感ゆえにダイアンはついつい反抗心を剥き出してしまいたくなった。
「じゃあ、クリプタ」
「管理官をつけて呼びなさい。周りにも示しがつかない。呼びづらいならアルダナリでも構わない」
「それじゃあ他のアルダナリがいるときに、みんな振り返るじゃないか」
アルダナリ達には個々に名前がない。アルダナリと呼べば皆が反応を示すが、ダイアンの言うような困り事は起きない。なぜなら、アルダナリが受け持つ子供たちは決められており、何よりバウンドヴェイルのおかげで混乱は生じないのだ。
クリプタと呼ぶのは、アマヨリも一緒なのになぜか自分だけが毎回直されるので、ついつい反抗的になってしまう。
不満をあらわにしたダイアンにクリプタは面倒くさそうに言った。
「わかった、わかった、ここにいるときだけはそれでいい」
ダイアンはこの不毛なやり取りを早く終わらせて、早く本題を聞き出そうと部屋の中心に置かれたモスグリーンの革張りソファに、どかりと腰をかけた。
「ところで、呼び出して用事ってなんだよ。今日は夕方からアマヨリと約束があるから、たくさんは聞けないからね」
「大丈夫、君たちの時間を奪うような頼みではないよ。アマヨリは元気にしてる?」
「あ、うん。毎日楽しそうだよ。最近髪を結べるようになって、俺の役目は終わったみたい」
改めて自分から役目の終了を口に出すと、ダイアンは寂しさをひしひしと実感した。
「ははは。そうか、そんなこともできるようになったのか」
クリプタはいつだってアマヨリのことを話題にするときは嬉しそうだ。彼がアマヨリに対して、誰よりも甘いことをダイアンはよく知っていた。
実はダイアンは幼い頃に一時、アマヨリと共にクリプタの元で生活していたことがある。その時はまだ、アマヨリが三歳にもなっておらず、えらくクリプタが手を焼きながら面倒を見ていたのを覚えている。アマヨリから聞いた話では、三年近くクリプタと一緒に生活し、五歳の誕生日を迎えるまでクリプタに育てられていたというのだ。
数年の歳月をクリプタの元で育った彼女もまた、誰よりもクリプタが大好きなのだ。彼とは年齢も離れており、ダイアンからおっさんと呼ばれる所以ともなっていた。
「おっさ……じゃなかった。クリプタは俺たちと一緒にいるわけじゃないもんな。アマヨリの奴、最近生意気なことばっか言うんだ」
クリプタは、自分のことを管理官やアルダナリと呼べというわりに、彼らのように身の回りの世話や勉強を教えてくれるわけではなかった。他のメンバーとも、自分たちのように接点を持つこともほとんどないようなのだ。
どちらかというと、若いアルダナリや管理官たちをコントロールする側に立ちながら、ここにいる自分たちさえも彼の裁量で支配しているように、ダイアンの目には映っていた。
彼のことを名前で呼ぶのも、ただの管理官ではないと思っているからで、長年過ごしてきたからこその親しみからくるものでもあった。
最近は忙しいようで、クリプタはアマヨリに会う時間が取れないためにときどきダイアンを呼び出しては近況を聞いていた。
しかしダイアンは、このタイミングで一緒にアマヨリを呼ぶことをなぜしないのかと、いつも不思議に思っていた。
「会いたがってた。一緒に連れてくればよかった」
「そうか……」
「ちょっとくらいこっちに顔を出せばいいのに」
何か不都合なことを言ったのだろうか。沈黙のあと、クリプタは避けるようにして話題を変えた。
「手短にいこう。今日呼び寄せたのは、開発局局長のリラ・ランブラについて君の知っていることを教えてほしいんだ」
さっきまでアマヨリの話を聞いてニコニコとしていた表情は途端に険しくなり、鋭い眼光で自分を捉えるのが分かった。聞かれたこと以外は答えてはいけないのだと察したダイアンは、目の前の捕食者から身を潜めるように、息を静かに飲み込みながら答えた。
「リラのこと……、うろ覚えだけどそれでもいい?」
クリプタは膝の上で手を組みながら、真剣な眼差しでダイアンを見つめると、静かにうなずいた。
ダイアンはおぼろげな記憶を辿るように、クリプタと一緒に暮らし始める前のことを思い出した。三歳ごろの記憶だろうか。ほんの一時だけ、このリラ・ランブラという男と暮らしていたことがある。顔はぼんやりとしか覚えていないが、小柄でせせこましい動きが特徴的だったのは覚えている。
どこを見ても不気味な機材とガラス製の実験用具だらけの部屋で、泣こうが喚こうが無視を決め込まれた。彼の邪魔になろうものなら、狭いケースの中に閉じ込められてひたすらそこで泣いていた日々。そんな生活が半年近く続くと、流石に彼の中でも良心が働いたのか、それともただ面倒くさくなったのかは今では知る由もないが、突然クリプタのところに預けられることになった。
幼かった自分を当時まだ若かったクリプタが育ててくれたのだ。今思えばあのまま、リラ・ランブラの元にいたら無事に生きていられたのかと身震いする思いだった。
何でも知っていると思っていたクリプタが、自分の知っていることを聞きたいというのは何か重要なわけがあるのだろう。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は、目の前のクリプタからは微塵も感じられなくなっている。ダイアンの額をスッと汗が流れ落ちていく。
慎重に記憶の断片を手繰り寄せた。
♢♢♢♢
バーラー歴二五三〇年――帝国評議会
「全会一致により、これより我がカストロザリア帝国と和平を結んだ国々はドミニオンとなった。皇帝への忠誠を誓い、帝国繁栄の礎となることを今ここで、宣誓せよ」
この世界ではかつて、幾度となく戦争を繰り返し、星の数ほどあった国々は一つの大国によって滅ぼされた。
議場では、この大国によって制圧された国々の首脳が、国家存続のため忠誠を誓い、ドミニオンとなることを誓った。
恐る恐る、上座を見上げたドミニオンの首脳は絞り出すような声で言った。
「我が……帝国のために……」
「なんだ? 覇気のない」
そう言った男は不満を浮かべたまま、議場で立ち尽くす男を蔑視した。
「神をも凌ぐと言われる兵器、E.Pブラフマー(イーピーブラフマー)の〝傘〟を得たのだ。本来であれば我が帝国にその史を塗り替えられていてもおかしくは無いはず。
これは皇帝の恩寵であるぞ。歴史を繋ぐ覚悟を持て!」
「……」
ドミニオンの首脳は、その言葉に声を張り上げた。
「我が帝国のために!」
その声は帝国の脅威に抗うことのできない苦しみと覚悟を携え、議場の者たちを納得させた。
後に、この神の裁きにも代わると言われた大戦は〝神罰戦争〟と呼ばれ、世界は帝国を恐れる歴史の幕開けとなった。
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