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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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17/23

Log1-16//覚悟


 アマヨリとの約束は思わぬ形でダイアンの目の前に現れた。

 踏みしめた地は、聞いたことのない音を立てながら軌跡を残し、一つ呼吸をするたびに刺すような冷たさが全身を覆う。どこからともなく吹く風は目的を持たず、イタズラに進路を阻み不思議な香りを纏っている。


「……っ」

 目の前には白く色づいた地に巨大な黒い船体が、ピンクや薄青い光を明滅させながら、空から降り立ってはまた登る。見上げれば終わりのない青い、碧い天井がどこまでも続き、その中を這うように、無数の光の網が張りめぐらされていた。


「驚いただろう?」

 前を歩いていたクリプタが振り返り、呆然とするダイアンに向かって話しかけた。

 ダイアンはなんとかこの状況を飲み込もうとするが、震える足を持ち上げて、一歩を踏み出すので精一杯だった。そんなダイアンを見守りながら、クリプタは手を差し伸べた。

「ほら、足元危ないからつかまって」

「ありがと、こんなところ歩くの、初めてで。これは夢かな?」

 クリプタは笑いながらダイアンの手を取り、目の前に建つ真っ白な塔を指さしながら言った。

「夢じゃないよ、ここは君たちが居住している建物の外側だよ。つまりは地上。この地下に我々は住んでいるのだよ。

 ……そしてこの塔は、今日から君が住むところ」



 ジオフロントの世界を初めて見たときは一週間は興奮で眠れなかった。今日見た景色の衝撃は二度と忘れることは無いだろうとダイアンは確信する。

 驚き、不安、恐怖で頭の中は混乱状態。寒さで頭も痛む。クリプタはダイアンの混乱などお構いなしに、どんどん先を歩いてゆく。聞きたいことも山ほどある。質問で渋滞を起こしたダイアンの頭の中は沸騰寸前だった。

「頭痛い……」

「刺激が強すぎたか……早く中で休もう」


 塔の中は、こぢんまりとした空間で、居住スペースと呼べる部分は見晴らしの良い最上階にあった。

「なかなかいいだろ? 古代の遺物のレプリカを住めるようにしたんだ。ほら、灯りなんかもこうやって火をつけて……」

 備えつけのライトを消し、テーブルに置かれたアンティークランプに火を灯すと、暖かな光が部屋を優しく照らす。どこか懐かしいような、以前もこのゆらめきを見たような気さえする。



 頭から足先まで血の巡りを感じるころ、毛布にくるまりながらダイアンは、ぼんやりと炎を眺めていた。

 クリプタは荷物をあれこれと運び終わり、出入り口で手招きをする。

「来てごらん」

「……?」

 扉の向こう側を覗くと、そこには漆黒の地平線という名の〝海〟が広がり、どこまでも青かった天のキャンバスは、黒と青を混ぜたような色に変えられている。アクセントに描かれた黄色い月は時折流れてくる灰色の雲に隠れながら煌々と輝いていた。


「ここは灯台と言ってね、大昔のシステムなんだけど、この海を渡る船が安全に航行するための標識だったんだよ。今の時代にはない良さがあってね」

「これが……、本物の海なんだね。さっきと色を変えてなんだか、恐ろしく感じるよ」

「無理もないさ、ここの子供たちは教材の中でしか世界を知らないんだ。

 今日は全く星が見えないな。天気も良くないから……」


 これ以上、目が開けないくらいに目を見開いて、ダイアンは瞳に海を写し込んだ。まばたきをしたら、海に吸い込まれてしまいそうだったからだ。

 そしてポツリと言った。

「アマヨリと約束してたんだ、星神の作った世界を見ようって」

 二人で約束したこの景色を、先に見てしまったダイアンは、小さくごめん。と呟いた。


 クリプタは手すりに寄りかかり空を見上げていた。

 いつも見ていた厳しい管理者のクリプタとはどこか違って見え、もっと彼と話ができるような気がした。

「ここは見てのとおり、監視の網が張りめぐらされていて空が明るいんだ。星は少ししか見えない。だから……、お前はその約束を叶える覚悟はあるか」


 クリプタの眼差しはどこか悲しげで、この先に待ち受ける、いかなる運命も共に背負うという覚悟が見えた。


「だからここに来たんだけど? 俺を疑うのか」

 クリプタは口元をフッと緩めると、ダイアンの頭をくしゃっと撫でた。



 ♢♢♢♢

 いつも小うるさく言ってくる隣人の姿はもうなく、かわりにがらんとしたベッドが寂しそうに次の家主を待っていた。

 荷物なんてほとんどないはずなのに、ダイアンのいなくなった部屋はずっと広く感じた。アマヨリは片付けられたベッドの上に一人座ると、いつもと変わらぬ星のモービルをただじっと眺めては、ため息をついた。

 そして、自分の胸に手を押し当て、胸に穴が開いたのではないかと確かめた。

(今ごろどうしてるかなー? クリプタに反抗して喧嘩になってないかな? ダイアンは一人で寂しくないかな?)


「……そうだ!」

 ダイアンのベッドの下へ手を伸ばす。袋に入ったヴォイドリンクが二つ入ったままになっている。ダイアンが管理していたが、置いていってくれたのだ。

 ただし、利用に際してソリスと桑の実部屋以外には、行かない約束は健在だった。

 もちろんアマヨリは、その約束を反故にする気は全くなく、ソリスのところにさえ行ければいいと思っていた。

 そして、アマヨリはダイアンと離れた寂しさを埋めるかのように、ソリスの元へ向かった。



「今日はいつもより早いですが、大丈夫ですか」

 中庭のベンチで静かに本を読んでいたソリスが、息を切らして目の前にへたり込む少女へ手を差し伸べながら言った。

「心拍が早いですね。深呼吸をしたらいいですよ」

「あはは、ソリスはそんなこともわかっちゃうんだ、ダイアンから、クリプタが居なくなる時間を教えてもらったから大丈夫。今日は何する? 追いかけっこか〜、本を読む?」


 どうやら、ソリスの被っているバウンドヴェイルは、心拍数や体温までもが読み取れるようで、相手の感情の変化はそのデータから汲み取っているようだった。

 けれどアマヨリはソリスが唯一読み取れない感情があるのを知っている。

「そうですね。今日はアマヨリさん、落ち着いているようなので、最近読んだ本の話をしましょうか」

 なんだか心がズキンと痛むのと一緒に、ソリスへの罪悪感が込み上げてきた。


「……」


 ダイアンのいない寂しさを埋めたくて、ここに来てしまっていたことも。

 その寂しさや悲しみを理解してもらえないことも。

 ソリスに虚しさを覚えたことも。

 そんな自分がすこし嫌になった。


「ソリス、ごめんね。私やっぱり今日は帰るね」

「……」

 アマヨリは、次から次へとこぼれ落ちる涙を拭いながら立ち上がった。

 ソリスは読んでいた本をベンチに置くと静かにこう言った。


「泣いているのですか。……それはダイアンさんがいないからですか」


「えっ……」


 ソリスはダイアンがいなくなったことを知らないはずなのに。

 アマヨリは驚いた。

 ソリスは話を続ける。

「ダイアンさんは、私にまた三年後に会おうと言っていましたよ」


 ダイアンはちゃんとソリスに伝えていたんだ。

 そうか。もう会えないわけじゃない。

 ソリスの言葉にアマヨリはなんだか元気づけられた。

「うん、そうだよね。私も待つよ」

「一緒に待ちましょう」

 なんとなくソリスが笑ってくれたような気がした。



 ♢♢♢♢

 聞き慣れない波の音と共に、大海を渡る鳥たちの声で目を覚ます。部屋の窓からは直視できないほどの光が溢れ出し、格子状の影が床を描く。

 荷物の開梱や掃除で疲れ果て、ソファで眠っていたはずのクリプタの姿はなかった。代わりに着替えの服と、靴まで置かれている。


 ダイアンは窮屈な制服から早く解放されたくて、早々に袖を通してみる。今まで触れたことのない肌触りは、まとわりつくようで、なんだか気持ちが悪い。裾から覗いていたくるぶしは、しっかりと隠れたものの、今度は丈が長いようだった。

「あー、やっぱり少し大きかったか」

 どこからか戻ってきたクリプタは、何やら色とりどりのものを詰めた紙製の袋を抱えている。苦笑いを浮かべて。


 自分の手元を見れば、裾だけでなく袖も余らせていた。サイズが合えば、格好のいい服だったに違いない。けれど、そこかしこがブカブカして着られたものではない。結局、ダイアンはいつもの制服のスペアに戻った。


「さすがに軍の作業着に、子供サイズはないから一番小さいのを持ってきたが……。

 女子のはカバーオール型だから着づらいだろうしなぁ。しばらく制服か」

 クリプタはフォローするように言ってくれたが、身長が足りないということだけはよく解った。けっこう伸びたと思っていたのに。とダイアンがしょんぼりしていると、クリプタは袋から、金属製の容器や、丸みを帯びた赤やオレンジ色のもの。嗅いだことのない、いい匂いのする茶色の包み。おそらくガラスでできているカップを、テーブルに並べていく。水の出る場所に立って、何かをやり出した。


「何をしているの? 仕事?」

 クリプタはニンマリと笑うと、座って待っていて、と。部屋の中を行ったり来たり慌ただしく動き回った。ダイアンは言われるがまま、窓からの景色をぼーっと眺めている。


「ねぇ! あれは何?」

 ダイアンは窓から見えた真っ黒い船体を指さして言った

「ああ、あれは帝国軍のセレリタス艦だよ。あまり音がしないだろ? 星核(せいかく)エネルギーで動いてるんだ。これから周辺国の偵察に向かうところだよ」

 聞き慣れない言葉が並ぶ。ダイアンは困惑し、おうむ返しのように呟く。


「ははは、わからないよな。それはこの後しっかり教えるから。まず、お前はしっかり食べて身長を伸ばせ」

 目の前には初めて見るものが次々と置かれていった。どれも嗅いだことのない、けれどとてもいい匂いのするものだった。クリプタはガラス製の容器に液体を注ぐと、銀色の小さなナイフと鉾のようなものをダイアンに差し出す。

「ナイフと、フォーク。こうやって使うんだ」

 クリプタは実験でもするかのように、容器に乗ったピンク色と白と黄色の組み合わさったものを切り分けると、そのままフォークですくって口の中に放り込んだ。


 その様子をひとつとして、漏らさぬように目を丸く見張るダイアンに向かって、クリプタは、フォークとナイフをダイアンに手渡す。クリプタのその表情は、いたずらを待つ子供のようだ。

 彼のそんな面白い顔を見たことがなかったダイアンは、半信半疑になりながらも、なんとかピンクと白と黄色いのを、フォークとナイフで器用にすくって口に放り込んでみた。


「んん?!」

「っあははは!」


 勇気を振り絞っただけなのに。こんなに笑われる覚えはなかった。ダイアンはしかめっ面でクリプタに言った。

「おい! クリプタ、笑うなよ! こっちだって必死なんだぞ。でもこれすごい補給食だ。全部補給していいの?」

 涙が出るほど面白いことだったのだろうか。ダイアンは眉を寄せたまま手元のナイフを置く。目元を拭いながらクリプタは宥めるように言った。

「ごめん、ごめん。なんか反応が新鮮で」

 クリプタは見たことのない笑顔で続ける。

「食べていいよ。これからかなり運動するからエネルギーはちゃんと補給しておかないとね。補給食じゃないからきちんと食事を取らないと栄養が偏るんだよ」


 ダイアンは再び目の前の食事にかぶりつくと、どれも今まで味わったことのない食感、匂い、味に感動するばかりだった。さらに、カップに注がれた赤紫色の液体を飲み、驚いた。


「これ……」

「これはジュースだよ。桑の実ジュース。酸っぱいけど疲れた体にはちょうどいいんだ、血みたいで怖いか」


 あの場所で育てられたものはやはり、誰かが食べるために作られたものだった、と答え合わせが出来たようで納得がいった。この目の前のものも、どこか別の場所で作られたものなのだろうと。

 しかしダイアンにはなぜこれらが、自分たちのところでは振る舞われなかったのか。その振る舞われないものをなぜ今、クリプタは自分に食べさせたのか、聞きたいことが多すぎた。


「なぁ、大体のことはわかったけど、結局俺たちはなんなんだ」

 口元を紅く染めたダイアンにクリプタは真っ白なナプキンを差し出すと、グラスの水を一気に飲み干した。


「カノプスの……器……」


 そう言ったクリプタの瞳には、真実を受け止めようとするダイアンの幼い顔が映り込んでいる。

 クリプタは穏やかな声で、けれど決してそこに一切の同情も優しさもない無情な顔で淡々と説明していった。それはまだダイアンの真っ白な心にはあまりにも受け止め難いことで、流れ込んでくる色を全て受け止めるには幼すぎた。

 震える手にはもう二度と白くなることのない、紅く染まったナプキンが力一杯に握られていた。



「大丈夫か? 少し休憩を挟もうか」

「ううん、大丈夫。時間が空くと色々と考えちゃうから。そのまま続けてほしい」

「そうか」

 全ての話を聞き終わるとダイアンは窓に映る自分の顔を見て驚いた。以前、寝ずにアマヨリとジオフロントの世界を歩き回ったときのようだった。けれど、始終取り乱したり感情的になったりしなかった自分にも驚いていた。

 前ならもっと言いたいことを言ってクリプタに感情をぶつけていただろうと思ったからだ。けれど彼が淡々と話してくれたから、冷静に一つ一つを飲み込むことができたのかもしれなかった。


 医療棟に行ったまま帰らない子供たちも、あのとき見た運ばれる死体も。その問いに対する答え合わせが済んだとき、それは抗しきれるものではないのだと理解したのだ。



 ♢♢♢♢

 叩き込まれた知識と経験は、降り始めた雨が乾いた地に染み込むように、あっという間に自分のものとなり、日常となってゆく。当たり前だったあの部屋での日々は、過去となり窮屈で理不尽なものとなった。


 灯台のデッキから見渡すオレンジ色の地平線はどこまでも、いつまでも紅く続いているようにも見える。けれどそれは永遠とは言えず、あっという間に闇に飲まれ漆黒に染まってしまう。空の青は一度として同じ色になることはなく、吹く風は優しく背中を押してくれるときもあれば、激しく吹きつけ、進路を阻むときもある。


 そんな自然の摂理に翻弄される人々を、嘲笑うかのように大空を手に入れた大鷲は、自由に天を飛び回り籠を知らない。

 ダイアンは天を味方につけたそんな鳥たちを、ときに羨みながら動き出した自身の運命を、一歩ずつ歩み始めた。


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