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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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Log1-14//道化


 神罰戦争後、帝国の管理下に置かれた敗戦国はドミニオンとなり、最強兵器E.Pブラフマーの傘を得た。それに合わせ帝国は、各ドミニオンの首長と帝国枢密府の宰官からなる、帝国評議会を発足。

 帝都ナデシアではドミニオンの首脳が集められ、帝国評議会が開催されていた。


 議場を見渡すことのできるサークル状の絢爛豪華な座席には、ドミニオンの首脳たちが傲岸な態度で座している。時折、机を小刻みに揺らしたり、カツカツと音を立てたりとした様子で議会開始を待ちわびていた。

 帝国側には上座が設けられているが、そこに権力者の姿はまだ見えない。


 しばらくして、小刻みに響く音はぴたりと鳴り止み、椅子を引く音だけが部屋に響き渡る。首脳達はさっきまでとは別人のように姿勢を正す。

 上座の左右を灰色の法衣を纏った枢密府の宰官達がゾロゾロと連れ立って順に座っていく。その光景は、威圧的で鬼気迫る雰囲気を放っていた。


「これは、これは、ミルザム聖宰(せいさい)閣下。先日のお心遣い感謝いたします」

 ドミニオンの首脳の一人が立ち上がり、ミルザムと呼ばれた白髭を蓄えた恰幅のいい男に深々と頭を下げる。


「気にするな、少し時間はかかるがいずれこの生育技術も進めば一年から半年、いや、三か月になるだろう」

「これでまた安心して生活を送れます」

 ミルザムは気をよくしたのか、日に焼けた頭を掻きながら上機嫌で答えた。

「良い、よい、こうして尊い命が救われるのだ。それが和平につながるのであれば惜しむものなどない」


 隣でミルザムの話を聞いていた男が、やんわりとした笑みを浮かべ、水を差すように言った。

「でも、せいぜい伸ばせた時間は十年やそこらでしょう? 我々が注ぎ込んだコストと見合うかどうか」

 そう言って男は、長く編み込んだ漆黒の髪を後ろへ払いのけた。先ほどの穏やかな表情とは打って変わり、冷ややかな視線をあらためてドミニオンの首脳へ送る。その視線に含む意味に緊張を走らせたドミニオンの首脳は、固まるようにして息をそっと呑む。

 不穏な沈黙が部屋を満たす。

 

ミルザムは隣に座る男を横目で見ながらこう言った。

「本来、寿命を伸ばすなど神の領域、その領域へ踏み込むことにコストなどと言っていたら、帝国の繁栄はないのではないか」

 隣に座る男は、ミルザムの声など聞こえてなどいないかのように、先ほどと変わらぬ視線をドミニオンの首脳へ送り続ける。

 ドミニオンの首脳も、ミルザムの方へは目もくれず、男の質問に答えた。

「我が国は、資源には乏しいですが、敵対国アダルマグニアとの国境線は今や、だいぶ強固なものとなりましたし、徴兵制度も安定しておりますゆえ、十分に見合うものかと」


 室内は依然として沈黙を保ち、重苦しい雰囲気が立ちこめる。ミルザムは髭を直しながら自分に恥を掻かせた隣に座る男を睨んだ。

 すると一太刀の刃のように、乾いた笑い声が鋭く響く。

 別のドミニオンの首脳の一人が愉快そうに、口を挟んだのだ。

「貴国のような資源のない国ができることと言ったら、人柱を作ることだけだとは。神の領域だからこその対価を求められているのですよ。それがおわかりならないとは」

 その一言で、会場は一気に不穏な空気が流れ始めた。



 ――パン、パン。

 手を叩く音が全てを打ち消すように鳴り、全員は一斉にその方角へ視線を向けた。そこには、会場入りした皇帝と近衛団の団長が、首脳たちを冷ややかな視線で眼下に下していた。全員は一斉に立ち上がり、皇帝の着座を待つ。


 金糸で縫われた漆黒の法衣を纏い、隙なく纏められた白髪には、まばらに黄金色が混ざり合う。口元は固く閉ざされ、眉間と額には傷と見間違うほどの深い皺が刻まれている。歩を進めるたびに法衣の擦れる音が空気を冷やす。


 その隣をまるで神の使いでもあるかのように白蛇のような男が侍従している。勲章の敷き詰められた純白の軍服を着用し、大柄な体から滲み出るオーラからは団長の貫禄が伝わる。齢五十を超えると言われているが、隙のない所作からは全く衰えは感じない。

 真っ白な髪と額に刻まれた古傷は歴戦の苦悩を物語る。そんな荘厳な男が静かに口を開いた。

「ファーサ首脳、帝国の一部であるドミニオン内で火種を作るのはやめていただきたい。元凶はノクトリア宰官であるのはわかりますが」

「メブド団長、申し訳ありません。出過ぎたマネを」

 ファーサの首脳は緊張した面持ちで、低頭する。


 そして、メブドは上座に座るノクトリアと呼ばれた黒髪の男へ視線を移す。

「評議会の場であっても皇帝陛下の御前であることを忘れぬよう忠告しておく」

 ノクトリアは一つも表情を変えず深々と頭を下げた。



 ♢♢♢♢

 今日も二人はソリスの元へとやってきていた。本当はダイアン一人で来ようと思っていたのに。しっかりアマヨリに見つかってしまった。

 結局、二人でいつものように足を運んだ。


 真っ暗な部屋の中、すでにソリスはベッドに横になっていた。眠りにつく前だったようで、二人を見つけるとそろそろと這い出て挨拶をする。

「ふふふ。こんばんは。まだ眠る時間じゃないと思うけど、もう寝るの?」

 パジャマ姿のソリスを見てアマヨリは目を丸くした。こんなに早く眠ったら、いったい朝は何時に起きるのだろうと。

 朝が苦手なアマヨリは苦笑いを浮かべ、規則どおりに行動するソリスに夜更かしを勧める。楽しいことがたくさんあると誘惑し、ベッドに入るのをやめさせようと。

 彼が誘惑に負けるということは無いのに。


 ソリスは前にあったときと変わらず、こちらから話しかけなければ会話は進まない。二人の指示を待っているようにも見える。アマヨリの誘いに惑わされることもなく、就寝時刻を二人に伝えたソリスは、さらに付け加えて、決まりなので眠らなくてはいけない。と言った。


「なんだか私たちとは生活リズムも違うのね、でもまだここにいてもいい?」

 アマヨリは諦める様子もなく、ソリスの返事を待たずして、服の中から本を取り出した。ソリスは首を縦には振らず、眠らなくてはいけないことを、もう一度説明する。

 アマヨリは聞こえていなかったかのように、少し強引にソリスをベッドの端に押しやると、空いた場所へどかりと座り込む。


 腕には浅葱色の本を抱えていたが、薄汚れていてタイトルは読み取れない。ソリスはそんなアマヨリには構わず、再び布団にくるまり眠る準備に入ろうとしていた。

 アマヨリも構わず、話し始めた。

「今日は星座の本を持ってきたの。あ、星座って知ってる? 本物は見たことないよね」

 この部屋には、人工太陽が日中映し出されているが、夜になれば偽りの星たちが、部屋を照らす。アマヨリにはこの設備が喉から手が出るほどに羨ましく、自分たちのところにも欲しいと毎日のように言っていた。


 彼女が本物の星を知っているのは、他のメンバーは知らない。幼いとき、一度だけ本物の星が見える場所に、クリプタに連れて行ってもらったことがあるようで、彼女の秘密の自慢だった。ダイアンも運動場の仮想映像でしか見たことがなく、彼女から聞く話は、唯一の真実であり、とても特別なものだった。


 それなのに、その秘密を出会ったばかりの少年に嬉しそうに語るアマヨリを目の前にして、なんだか二人だけの秘密を軽んじられたようでダイアンはがっかりした。

 そんなダイアンの気持ちを知ってか知らずか、アマヨリは楽しそうに星についての話を続けた。

「この星をね、こうやって、こう結ぶとね、ほら、オリオン座。この星は今は見えないんだけど、こうやって昔の人たちは星同士を繋げてね、物語を作ったんだって」

 アマヨリは星座の説明を一生懸命に、まどろみ始めたソリスへ語っている。

 その横でダイアンは、むすっとした顔で不満を募らせ心に炎を宿していた。


「それでね、」

「ストップ! ソリスはもう眠そうだし、規則があるんだから帰るよ!」

 ダイアンは不機嫌な様子でアマヨリの手を強く引っ張った。


「待って! ダイアン! 規則なのはわかってる。

 でも、もう少しソリスと話したい……」

 アマヨリの懇願するような表情に、ダイアンの熱を帯びた感情は急速に冷えて溶け、涙のように流れていった。


「……。様子見に来るだけの約束だったよ」

「まだソリス起きてるし」

「はぁ、寝る時間なんだから迷惑だよ。また明日くればいいだろ? それに、」

 小言のように続けるダイアンに、被せるようにアマヨリは言った。

「イヤ」

「ええ! どうして……」

 なぜ、アマヨリが頑なにこの場にとどまることを譲らないのか、理解ができない。


 ――違う。理解できないわけじゃない。

 ダイアンのなかで考えたく無いことが頭をよぎる。

 ――そうじゃない。まだわからないことを決めつけたくない。

 ダイアンのなかで嫌な感情が心を支配する。


 掴んだアマヨリの腕をダイアンは力なく離した。

 目の前の彼女は、すんなり言うことを聞いてくれそうにはなく、ダメと言ったことで余計に意固地になっていた。

 当のソリスは、バウンドヴェイルのせいで、眠っているのか起きているのかさえもわからないのに。


「大丈夫です。話は聞いているので続けてください」

 眠っていたはずのソリスは体を起こし、アマヨリの隣に座り直した。

 ダイアンが黙り込むその横で、アマヨリは笑顔を取り戻し、本のページをめくり始める。どこか遠く感じる二人を眺めながら、眠っていてくれたほうが良かったと、ダイアンは心の底から思った。



 ♢♢♢♢

 評議会の進行に合わせるように、会場の重苦しいムードがだんだんと濃厚になってきた。


「やはり、ただの住民の抵抗というわけではないのですね」

 神妙な面持ちで考え込むのは、先ほど非難の的となったシャエリアの首脳だった。帝国との国境付近で起きた、警備兵への襲撃が議題に上がっていたのだ。


 先の神罰戦争において帝国の占領下に置かれたシャエリアは、近年ドミニオンとなった。

 しかし、帝国の傘下となることに反対する一部の民衆が暴徒化し、たびたび国境付近で暴力事件を起こしていた。初めは小さな暴力であったが、ついには爆発物を使用するなど大掛かりなものに変わりつつあった。


 その事件を担当した帝国軍組織、統制局の調査によれば、帝国に反対する勢力が集結し、組織化し出したという事実が淡々と伝えられた。

「連合警察の取り締まりを強化して……」

 シャエリアの首脳が話し始めた瞬間、それを遮るようにベラリクサの首脳が口を挟んだ。

「いやいや、これはもうテロ組織でしょう。統制局での調査が入っている。ここはもう帝国軍を派遣してはどうですか」

「いえ、自国内に帝国軍を置けばますます国民の反発が強まるだけです」


「だからこそ置くのでしょう。秩序を保てないのであれば」

 ベラリクサの首脳は呆れたように言い放った。

 さらに、ファーサの首脳は、未消化に終わった先ほどの釈然としないやり取りを晴らすかのように、嫌味をぶつける。

「貴国は帝国軍を使わなければ制圧も出来ないのか、そもそも反乱因子ができるなど、普段からの取り締まりが甘いのでは? これでアダルマグニアとの防衛戦を張れるなどとよく言ったもの」


 シャエリアの首脳は悔しさを滲ませながらも、自国の立場を懸命に説明した。

 そんな光景を、高みの見物をするかのように宰官達は人ごとのように聞いている。

 ドミニオン同士のくだらない出し抜き合いを面白がる宰官達。

 ノクトリアに至っては、最初から話を聞く気すらないようだ。他のもの言えぬドミニオンの首脳達は、目をつけられぬよう身を潜めるように聴いている。


 しかし、この議会を鶴の一声で終わらせたのは、皇帝ジェミノウム・c・ロザリアだった。

 眼鏡を外し眉間の皺がさらに色濃くなる。皇帝は目薬を差しながらゆっくりと瞼を動かす。ピントを合わせるかのように議場を見渡し、しわがれた声でこういった。


「帝国軍を期限付きで向かわせ、治安維持に努めよ」

 議場にいたもの達は立ち上がり、胸に手を当てると背筋を伸ばした。


「我ら帝国のために」



 ――クリプタ執務室

「なんの用だ」

 クリプタは相変わらずここへ来ることを鬱陶しがるようだ。いつものモスグリーン色のソファに腰掛けると、クリプタも手を止めて腰を下ろした。

 忙しいのだろうか、目の下には、いつか見たときよりも濃いクマがくっきりと現れている。いつもの黄金色のウェーブがかった髪もぺたんとして覇気がなくなっていた。


 部屋に訪れたときは、ピリピリとした空気がタイミングの誤りを示すようで後悔したが、目の前の男はすっかり話を受け止めてくれるようだ。なんだかんだ言ってクリプタは、昔からどんなに忙しくてもきちんと話を聞いてくれる。


 ダイアンは一呼吸置いて、話を切り出してみた。

「あのさ、この前話していた十二歳になったら、クリプタのところで働く話。ちゃんと考えたよ。みんなとしばらく会えなくなることも、その仕事が辛いことも、全部やるって決めた」

「お! それは良かった。まあ、お前に拒否権はないようなもんだが」

「ええ! じゃあなんであの時考えてって言ったんだよ」


 笑顔で話していたクリプタだったが、急に口元からそれが消えるのがわかった。

「考えが変わったんだ」


 その言葉を聞いてダイアンは、クリプタの考え一つでアマヨリ達と会えなくなるのは理不尽だと思った。

 クリプタは察するようにこう付け加えた。

「この先も彼女に会いたいなら私と来てほしい」

「え?」


 ダイアンはその言葉の意味を聞き返したが、詳細はいずれ、と。また前回のようにはぐらかされる。単に誘い込む口実なのか、本当に話せないことなのか、あれこれ考えても不安だけが残る。

「まだ、準備をしていてね。知りたいだろうけど。お前からこんなに早く返事をもらえるとは思ってなかったから」

 軽く笑みを浮かべながらクリプタが言った。


 なるほど。クリプタにとって自分の決断は早いものだったのか。確かに今までの生活が変わることを考えたら、そう簡単には出せない決断だったかもしれない。

 あの外での出来事がそれを決断させたなら、クリプタにとっては想定外なのも納得ができた。


「じゃあ、準備ができたら必ず教えろよな」

 十二歳までの短い時間を惜しいと思う反面、早く訪れてほしい気持ちも抱えることとなった。


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