Log1-13//免罪符
「なんだ? へんな注意喚起がでてるな……」
早朝の執務室では、あまり見慣れない知らせにクリプタが眉を顰めながらエアビューを覗き込んでいた。
(――職員各位
先日、医療棟に迷子とみられる児童が深夜徘徊しているとの目撃情報がありました。幸い問題は確認されておりませんが、情報漏洩や盗難、その他のトラブルを……)
「夜間にうろつかせるなんて親は一体どういう管理をしているんだ……」
クリプタは、ぶつぶつと言いながら大量に溜まった部下からの報告や、連絡事項をかいつまんで見ていく。
手首に装着されている端末には、子供たち個々の情報である、身体情報・年齢・識別コード・その他日課の成績や運動能力などが記録されている。ほかに日課で使用するためのエアビューを表示したり、各部屋に入るためのセキュリティキーであったりと行動記録なども細かく管理されていた。
いつものようにアルダナリから異常を知らせるレポートがクリプタの元に届いていた。
「なんだ、あいつらまた睡眠をとらないで夜更かしか。元気が良すぎるのも考えものだな」
クリプタは少し呆れたように言ってレポートを最後まで読まずに画面を閉じた。
アマヨリとダイアンの行動は〝異常〟なこととして、オメガ9の管理官でもあるクリプタに確実に届けられたはずだった。
しかし、この二人の所属するグループには例外がある。
施設長でもあるクリプタが、管理官を務めていたおかげで、何度もこういったアラートは見逃されてきた。アマヨリとダイアンの夜ふかしはたびたび起きていたし、夜中にフラフラとクリプタの元にやってきては、イタズラをすることもあった。多忙を極めたクリプタは、そんな日常的に起こる子どもたちの出来事において、事細かに首を突っ込むことをしなかったのだ。
始業時間になると、まるで合図のようにクリプタのヴォイドリンクが鳴り出した。
「もうこんな時間か……、しまった!」
思い出したように、勢いよく立ち上がると、ハンガーにかけてあった上着に袖を通し、ネクタイを締め直す。
「あー、すまない。今すぐそちらに向かう」
デスクの荷物を片付けながら、グラスの水を飲み干し、慌ただしく部屋を出た。
「わかっている、数日先まで埋まってるんで来週にしてもらえないか。
――ああそうだ、またしばらく不在になるからその間は頼んだよ。
――ああ、助かるよ。ありがとう」
施設長としての業務は多岐であり、本音を言えば何か大事でない限りは細かいことに構っている暇がなかった。
万が一何かあれば自分の権限において、調整して済ませばいいとさえ考えていた。
オメガ9の中でもとりわけ二人を特別視しているかと言われたら否定は出来ない。
二人と幼いときから関わっていたことで、彼らに対してどこか盲信してしまっている部分もある。
リラからの預かりものであり、傷一つなく十五歳になるまで見守らなければならないという事情もあった。
今は二人のイタズラの履歴より、二人の出自が隠されていることに首を突っ込まざるを得なくなっていた。セネリスからの報告があったように、帝国の宰官がもし絡んでいるのなら事はタダではすまない。
ならば、直接〝彼〟のもとで情報を集めるしかないとクリプタは常々考えていた。
「施設長、寝具類とその他の荷物は全て運び込み完了しました」
幾重にもセキュリティゲートを通過しながら、クリプタは横断エレベーターへ乗り込むと部下からの報告に耳を傾ける。夜間だというのに、眼下に広がるジオフロントの街は眠ることを知らず、進路に向かって薄青い光が通り過ぎてゆく。磨き上げられたエレベーターの壁面には建物から放たれたさまざまな光が映り込み落ち着かない。
部下の一人が、沈黙の閉鎖空間に耐えかねたのか、あるいは単なる会話のつもりなのか、ぎこちなく口を開いた。
「それにしても、本当にあそこに住まわれるのですか? 空調もあまり期待できないですよ」
この件に関して、深く聞かれたくなかったクリプタは、適当に話を合わせた。
「長期間いるわけではないからね。ほんの気分転換用だと思ってくれれば」
「そうですよね、確かに趣もあって気晴らしになりますね。
…少し休暇を取られては」
「休暇ねぇ……、今は少し静かな場所が欲しいだけだよ」
エレベーターの行き先表示はカウントダウンのように静かに切り替わってゆく。
円筒状に建ち並んだ巨大施設をエレベーターで横断するのは、しばし時間がかかる。この唯一無二の空間は、乗り合わせた人々の一面を一瞬で映し出す不思議な乗り物だ。
部下はエレベーターの外を見ながら話すクリプタの横顔を見て、それ以上会話を続けるのをやめた。
やがて目的地に到着すると、クリプタは部下たちに次の指示を出し、一人施設の奥へと向かった。
――医療棟:診察室
灰色の髪の男は、医療用機材の並ぶ部屋で、テキパキと操作パネルをいくつも見ながら、患者のスキャンデータを見比べていた。
クリプタが簡易椅子に腰掛けると、灰色の髪の男も作業を中断しチラリと扉のロックを視認した。
「彼から引き継げた情報はこれだけでした。データ化されたものは、向こうの手に渡る前に隠滅しています。それで、各所に残された情報の中になんのことか私にはわからないものがあったのですが……」
目の前に差し出されたのは、セネリスが書いたであろうメモ書きだった。
〝静かなる偽りの星はポラリスを掴む〟
「ポラリス……星のことか、何かを例えているのか……」
「暗号は知られている可能性があるので、古典的な方法で残してくれたのは間違いなさそうですが。さっぱりなんのことか」
「……あの男らしいな。調べてみるよ、貴重な情報だ」
「ええ……」
セネリスは言葉を詰まらせた。机上では、空色の液体が球状のガラスの中で規則正しく弧を描き続けている。終わることのない恒動が、静かな部屋の中の時を刻む。セネリスはゆっくりと立ち上がり、その動きを見つめながら拳を握りしめた。そして、絞り出すような声で言った。
「最後は……規定の最大までの投入だったので苦しまなかったかと
……穏やかでした」
クリプタはその言葉を聞いて、しばらく何も言わなかった。
ただ、その言葉が胸に沈んでいた罪悪感と絶望に、わずかな救いを与え、自分も赦しを得た気がした。
「そうか……すまない、君には辛い役割を与えてしまったね」
「いえ。任務ですから。そろそろ、戻りますね」
セネリスは立ち上がると、先ほどの沈痛な表情からは想像もできないような明るさで、再び医師へと戻った。
「患者番号三百番の方〜」
セネリスの強さを目の当たりにして、クリプタは免罪符を得たと思った自分を恥じた。
そして、医療棟を出ると、円環状に設けられた欄干に倒れるように背を預け、星核柱を仰ぎ見ながら目頭を抑えた。
「……すまない、すまない。……ミカミ」
♢♢♢♢
ダイアンとアマヨリは、隙を見てソリスが医療棟から戻っているか確かめに来ていた。いつものようにそろりと部屋の中に忍び込む。リラに会うのではといつもより慎重になる。ほどなくして、後ろから声をかけられた。
「こんばんは」
いつもどおりに挨拶するソリスに、ダイアンは胸を撫で下ろし、ソリスの体をあちこち触れまわった。至って健康そうな状態に自分たちの取り越し苦労だったとわかると、医療棟での出来事を尋ねた。
「ソリス、無事だったんだ!」
「はい。どうかしましたか」
「医療棟に行ったと聞いたけど、何かされなかったの?」
ソリスからの答えが少し怖い気もした。今まで医療棟に送られた子供たちの顔が浮かぶ。
「あの日は定期検診と投薬が必要だったので医療棟へ行きました。私の生活のルーティーンだと思っていただければ」
不安そうな顔を浮かべていたアマヨリもソリスへ質問を投げかけた。
「なにか痛いことされたりしてない? ほんとにソリスだよね?」
「はい、もちろん痛いと言われるようなことはされていないですし、私本人です」
「ああ、よかった〜」
崩れるようにその場に座り込んだアマヨリを見て、ダイアンは少し複雑な気持ちになる。余計なことを振り払うかのように、頭を左右に振った。とにかく知りたいのは、あの医療棟で見た死体の山と、黒装束のアルダナリたちのこと。ここをはっきりさせておかなければならなかった。
「あそこは何をするところなのか知ってる?」
アマヨリに身体中を点検されながらソリスは答えた。
「医療棟は主に怪我や病気の治療、そして私のように検診で利用する場所です。それ以上のことは申し訳ありませんが、わからないです」
思ったような返事が貰えなかったので、もう一つ質問を続ける。
「あ、あのさ、真っ黒なローブの、君みたいなバウンドヴェイルをつけた人たちって知ってる? 大量の何かを運んでいたみたいなんだけど……」
ソリスは少し考え込んだ様子で、
「彼らは、医療棟の廃棄物処理を担っていたと思います」
「それってこの前、ダイアンが言ってた真っ黒くて丸くて、ってやつ?」
横から身を乗り出したアマヨリが、ダイアンの質問に食い入るように飛び込んできた。すぐにダイアンは、話題を変えざるを得なくなったが、ソリスはすでに口に出しかけていた。
「彼らが運んでいたのはし……ンゴ」
咄嗟にソリスの口元を押さえた。
「何? なんで口を塞いだの? ずるい! 一人だけ聞くつもりね」
ダイアンの袖を引っ張りながらアマヨリは塞いだ手をどかそうと抵抗した。ソリスは動じることもなくただ、口を塞がれたまま立ち尽くす。
「まって! 落ち着いてよ、アマヨリ」
ソリスの口元を押さえたままダイアンは苦笑いすると、アマヨリに誤魔化すように言った。
「違う、違う。ちょっと刺激が強そうだったから、また今度にしようかなって。今日はもうソリスも就寝時間だし、次来たときのお楽しみにしよう!」
ダイアンは、バウンドヴェイルの中のまだ見ぬ瞳に念を押すように、ソリスをじっと見つめ、念じた。
(言ったらダメ、言ったらダメ)
「ねっ、ソリス。この話はまた今度。今日はもう眠って!」
「はい。わかりました」
なんだ、意外とわかる奴じゃないか。とソリスの返事に安堵すると同時に、ダイアンは、今度はここに一人で来るための口実が必要になった。




