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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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13/26

Log1-12//恐れ


 逃げ切って最初の場所まで戻った二人は、開け放たれた資材置き場に隠れ、その時が来るのを待っていた。もしかしたら空振りに終わるかもしれないという不安も残しながら、時間の許される限り。


 隣でアマヨリが舟を漕ぎ出したのが気になったが、ダイアンも睡魔との戦いだった。眠い目を擦りながら、時折入り口の方をこっそりと覗いたり、アマヨリのカバンから補給食をあさったりして時間をやり過ごしていた。何も出来ない時間は長く、ついには瞼が落ちていることにも気づかなくなっていた。



 二人の寝息が静かに聞こえ出した頃、カツカツと複数人の足音が、深夜の廊下に響き渡る。意識が途絶える寸前でダイアンはその音で飛び起きた。

 慌てて覗き見たが、こちらの方に来る気配はなさそうだ。ダイアンは一人、タイミングを逃すまいと部屋を飛び出した。


 廊下のつきあたりから祈るような気持ちで、恐る恐る顔を出す。

(誰もいない……こっちじゃないのか……)

 止まることのない足音の方向をもう一度、耳を澄まして聞いてみた。

 ――カツン、カツン

 ――ザッザッ

 布の擦れる音が鼓動を早める。ダイアンは自身の足音を立てぬよう、音の方へ慎重に近づいていく。思ったより音はこもっている。

 足音はどうやらもう一つ隣の通路から聞こえてくるようだった。

 通路の先には巨大な横開きのゲート。搬入口と示されたパネルが薄暗い廊下で一際目立って不気味に赤く光っている。

 ダイアンは先回りして、開いたままの扉の隙間から足音の到着を待った。


 息を殺し、響く音の揺れを感じるにつれて鼓動が早くなる。

 ――カツーン、カツーン。


 重苦しい布擦れの音とともに、視線の先から真っ黒なローブを頭から足首まで身に纏った人影がゆっくりと近づいてくる。顔にバウンドヴェイルを装着した者たちが、何かを囲うようにゾロゾロと。目の前を通りすぎていく視界の中に、荷車に掛けられたシートの隙間から恐ろしいものが覗いた。


「ふぁうっ!」

 ――カツーン。


 思わず声が漏れると同時に足音もピタリと止まる。ダイアンは慌てて口を力一杯押さえ、部屋の奥へ後ずさると力一杯目を瞑った。


(見つかる!)


 ――カツンーカツンー。

 黒いブーツの音が再び鳴り始め、だんだんとその音が遠のいて行くのがわかった。


「はっ……はぁ……」

(苦しい!)

 彼らを飲み込んで行ったゲートは何事もなかったかのように、閉じられている。

 恐ろしくなったダイアンは全速力で物置部屋に戻り、アマヨリを叩き起こした。


「まずい! 行くぞアマヨリ!」

 アマヨリは寝ぼけたまま訳もわからず、慌てるダイアンに付いていくしかなかった。

 二人はもと来た倉庫まで全速力で駆け抜けた。

「はぁっ、ダイアンどうしたの? 見つかっちゃったの?」

「とりあえず…はぁ、はぁ…。戻ってから話すよ」


 二人は息を乱しながら、元いたコンテナの場所に辿り着くと萎れた花のように床に倒れ込んだ。こんなに走ったのはいつだったかのアルヘニクスとの競争以来だった。

 身体中の血液が沸騰したように熱を持ち、酸素を失った体は肩を揺らしながら生を求める。

 ゆっくりと休んでいる暇はない。そろそろ起床する時間が近づいているのは、さっきの部屋で確認していた。


 ダイアンはヨロヨロと立ち上がり、コンテナを転送する機器のパネルを慣れた様子でいじり始めた。アマヨリはその操作に興味を持ったのかすぐに隣から顔を出して見守った。

「この画面、私たちが普段日課で触っているのと同じだね」

「うん、だから僕でも操作できるみたいだ。行き先をここに設定してっと。

 よし! アマヨリ帰るぞ!」

「うん!」


 ダイアンは、コンテナの扉を開いてスルリと中に入ると、アマヨリを引き寄せた。

 行きは二人別々のコンテナに入ってきたが、こまごまと設定する時間も惜しく、二人一緒に入って戻ることにしたのだ。

 窮屈なコンテナの中で、きっと普段なら身体中で受け止めたアマヨリの体温も、直視できない紫紺色の瞳にもドキドキしたに違いない。ダイアンの内心はそれどころではないほどにあの光景に動揺していた。



 コンテナは設定どおり元の倉庫に転送された。元きた道を慎重に戻りながら二人はなんとか起床時間前に部屋に帰ってくることができた。二人そろって夜更かししたのは初めてのことで、その状態で日課をこなせるか二人は少々不安になった。


 ダイアンは、早く先ほどの出来事を共有したかったが、部屋に辿り着いた瞬間、アマヨリはベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまった。

「どうしよう……」

 自分だけでは抱えきれないものを背負ってしまった気がして、急に恐ろしくなった。好奇心という力も萎えてしまうような絶望感に襲われ、とても残りの時間を眠る気にはなれなかった。


 黒いローブ姿のアルダナリに囲まれた荷車には、折り重なるように積まれた死体の山が。子供も大人もいるようだった。顔にはバウンドヴェイルを付けた者、そして……自分たちと同じ制服を身につけた子供たちが物のようにどこかに運ばれていく様は、あまりにも恐ろしく、残酷で、無慈悲だった。


 アマヨリに、このことを信じてもらえるだろうか。いや、彼女なら絶対に信じてくれるだろう。だからこそ、同じ思いをさせるなんてできない。行かなければよかったという後悔さえも湧いてくる。


(あのなかにソリスがいませんように……)


 ダイアンの瞳からは次から次へと恐怖の現れが滑り落ち、一人不安を抱えたまま朝を待った。



 その後、どうやって一日を乗り越えたか、ほとんど覚えていなかった。

 そのせいで、二人は前日の出来事を夢と勘違いしたほどに。もちろんダイアンは夢であってほしいと何度も願ったが、脳裏に焼きついた残酷な景色は夢のように消えてくれることはなく、ダイアンの心を支配した。



「ねぇ、最近二人とも眠そうにしてるけど、どうしたの? ダイアンは顔色悪いし」

 向かいに座るレンユウが、無邪気に首をかしげながら顔を覗き込んでくる。隣のアマヨリは欠伸ばかりしていて、集中が途切れ途切れになっている。レンユウの声も聞こえていないようだった。


「アマヨリのお絵描きに付き合ってるだけだよ。今日は早く寝る予定」

「ふーん、なんか楽しそうだね。ヘリヌールは最近疲れてて、全然遊んでくれないの」

 レンユウは口を尖らせながら、同室のヘリヌールが自分との時間より、休息を優先したことを拗ねていた。いつもならあれこれ女子同士のおしゃべりに花を咲かせて、喋り疲れて眠るような毎日だったが、最近のヘリヌールは日課がハードなのか疲れたと言って、さっさと眠ってしまうことが増えていた。

 レンユウもわかってはいたが、二人の大切な時間が急に奪われてしまったようで、その寂しさをうまく消化できずにいたのだ。


 ダイアンは最近、テーヴァやヘリヌールたちの日課量が増えていることも知っていた。ヘリヌールが疲れて睡眠を優先してしまう気持ちもわかるだけに、レンユウをどう励まそうか言葉につまってしまった。

 隣で欠伸ばかりで聞いていないと思っていたアマヨリが、レンユウに言った。

「もうすぐ、ダイアンとヘリ姉が引っ越しだから、私がレンユウと同室になるよ! そしたらいっぱい話そうよ」

 レンユウは、尖らせた口先を笑顔に変える。

「そっか! もうすぐだね。その時はよろしくね」

「夜更かししちゃお!」

 二人は同い年同士、話も合うだろう。楽しそうなやりとりを見て、ダイアンは内心ホッとしたのと、少し寂しさもおぼえた。


 案外、引っ越しで落ち込んでいるのは、自分だけなのかもしれない。こちらを見向きもせずに、楽しそうにレンユウと話すアマヨリを見て、複雑な気持ちになった。



 あれから、夜な夜なアマヨリと二人で地図を完成させてこの建物が一体なんなのかを書き残そうという話になっていた。もちろんエアビューへの書き込みは、アルダナリやクリプタからも丸見えだ。紙とペンという方法で記録することは絶対だった。


「そういえば忘れていたけど、あの時ダイアンが見たのってなんだったの? すごい怖がってるように見えたよ」

 ダイアンの気はすっかり変わっていた。あの恐ろしい出来事は話さないことに決めたのだ。ここ数日ずっとあの時のことが夢にでてくるようになり、一人でトイレにも行けなくなった。だから話さないと決めたのだ。


 アマヨリの興味をできるだけ引かないようにとダイアンはあれこれ考えていた。間違っても、またあそこに行きたいと思わせてはいけないのだ。

「あ、えっと見間違いかもしれないけど……毛むくじゃらで黒くて丸くて……」

「?」

「えっとー、目はあったと思う。すごく恐ろしくて」

「それって、もしかして!」

「ん?」

「本で見た伝説の妖精!」


 ――しまった!


 またやってしまった。こんなやりとりをしている場合ではないのに。

 彼女の興味を惹きつけてしまった。

 ダイアンの下手な嘘に、アマヨリはキラキラと瞳を輝かせ、それを描いてほしいとダイアンの前にペンを差し出す。

「いや、そんなアマヨリが思っているようなものじゃなくて、怖いものだよ。もしかしたら襲われるかもしれない。こんなふうに、こうやってと……」

 スルスルと薄い紙に、ダイアンはいかにも小さな子が怖がりそうな絵を描いて見せてみる。しかしアマヨリは怖がるどころか、ますます興味を持って、もう一度見に行きたいと言うのだった。


「そんなのは、冗談だよ! 寝ぼけていたから、何かと見間違えたみたい」

「えー! なんだ、つまんない!」

 アマヨリは口をへの字にして肩を落とす。退屈そうに彼女は引き出しから追加のペンを取り出して、ベッドの上で地図を描き始めた。機嫌のいい鼻歌が聞こえるその横で、ダイアンはなんとかやり過ごせたと気持ちを落ち着かせた。



 あの死体の山を見たら、次は自分たちも帰ってこられるかわからない。それに無事に戻ってこられたとしても、あんなショックなものを見せたくない。

 そもそもソリスを探しに行ったのに一体彼はどこに行ったのだろうか。

 あの死体の山の中? それともどこか別の場所に移された? ダイアンの頭の中に再び眠りを妨げる考えが、雪崩のように押し寄せた。


「そんなことより! 明日はソリスの所にもう一度行かないと」

 自分をずっと支配している不安を一刻も早く取り去りたかった。ソリスに会わないことには解放されないのだ。

「うん。私も、もう一度行こうと思ってた。あのゴーグルの人の言うとおりなら明日には戻ってるはず!」


 ダイアンは、アマヨリのその言葉が本当だと願わずにはいられない。

 リラ・ランブラがなぜあの場所に入ることを許可したのかも不思議だ。まともな侵入経路ではないことは誰が見てもわかることなのにそれを咎めずにいる。クリプタよりも偉そうなのに注意どころか、また来ることを容認するのは違和感しかなかったのだ。

 ただ、あの自己中心的な彼なら、興味がない。の一言に尽きるような気もしていた。

 アマヨリは額面通りに受け取って、何も気にしていないが、ダイアンにはそれが不気味で何か別の意図すらあるような気がしていた。


「とりあえず、二人で行くことだけは約束してよ……」


「やくそ……く〜する……」

 大きな欠伸をしながら、アマヨリはベッドに入り、ダイアンをじっと見つめた。そしてにっこりと笑みを浮かべてゆっくりと瞼を閉じた。


(なんだよ、アマヨリのやつ。あの微笑み方はずるいぞ……)


 なんだか照れ臭くなったダイアンは布団の中に潜り込んだ。そして、再びあの場所へアマヨリが興味を持たないことを祈って、彼女が描いた地図からあの場所を消した。


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