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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第1章『所与』

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12/24

Log1-11//砂上の作戦


 クリプタ・ヴェリラキアは、開発局のトップであるリラ・ランブラ局長に呼び出されていた。どちらも責任ある立場は同じであったが、帝国の予算の大部分を占める開発局は軍部も逆らえず、実質的な力関係はリラ・ランブラの方が上という実情がある。

 彼と顔を合わせるのは数か月ぶりだった。

 クリプタは何を言われるのか大方予測はしていたが、開発局の局長ともなれば、無理を突きつけられても断ることが許されない関係性なので警戒していた。


「どうも。だいたい予想はつきますが……二人を戻せと言うのですよね」

 長身なクリプタからは小柄なリラ・ランブラは子供のように見える。

 自分とは年齢も大きく変わらないはずなのに頭は白髪まじりで姿勢が悪く、小柄な身長がさらに小さく見える。最新装備の眼鏡はピンク色に偏光しゴーグルのような見た目なためか、どこか不気味に見えた。


「ええ、Ω9_03-1001とΩ9_03-1009の返還を、とそろそろ考えていますよ」

 何度聞いても嫌な響きだった。リラ・ランブラは子供たちのことを名前で呼ばない。

 この記号と数字で構成されている識別コードで呼称するのだ。


 大きくため息をつきながら、クリプタは反論するように答えた。

「二人はまだ幼すぎる。その要求はまだ受け入れられませんね。第一、ダイアンの世話もろくに出来なかったあなたが、まだ手のかかる二人を管理できるのか」

 リラは腕を組み替えながら、クリプタの前を行ったり来たりと落ち着きのない様子で何か考えている。


 少しの沈黙の後、思いついたようにこう言った。

「一理ありますね。それなら五年、待ちましょうか。ククク」

 不気味な微笑みにクリプタは、にべもなく質問をした。

「二人は一体何なのです? あの日、若かった私は個人的な案件というその言葉だけで、あなたから秘密裏に二人を預かりました。そろそろ詳細を聞いても?」

 すると、リラ・ランブラの体の動きが止まり、珍しく言葉を選んでいるようだった。


「私の……愛する人の願い、なのですよ」

 リラ・ランブラからそのような言葉が繰り出されるとは思いもよらず、思わず率直に尋ねた。

「愛する……、局長の子なのですか……」

「まさか、もっと崇高な存在です」

 要領を得ない会話にクリプタは質問する言葉に力がこもった。

「どういうことです? 単に階位〇三以上の子供ということですか」


 ゴーグルの奥から冷やかな視線が伝わってくるのがわかる。まるでこちらの考えや立場など、気にも留めていない。そんな簡単な話ではないはずなのに。クリプタは見えないはずの視線を追うようにリラを捉えた。

「二人には最初から識別コードがなかった。隠さねばならない理由はなんなのです」

「まあ、そう声を荒げないでくださいよ」

 声を荒げたつもりはなかったが、目の前の男にはそう聞こえたようで、リラはそのまま話を続けた。

「今までだってあったじゃないですか。あなたのところはそうやって公にできない子供たちを大勢見てきた。他では扱えないケースをね。二人も同じように考えればいいですよ」


 リラ・ランブラはまるで全てを掌握しているような顔で、ニヤニヤとこちらを見て言ったが、クリプタは冷静に問いかけた。

「二人はどうなるのですか」

「……あなたの心配には及びませんよ。あの二人は私の目の届く範囲であれば他と違って自由です。それでもまだ何か?」


 何度も聞かれたことに苛立っているのか、核心に触れられるのを嫌がっているのか、小刻みに揺れていた足元がさらに彼の感情を表し始めた。クリプタは声のトーンを落として言った。

「……そうでしたね、詮索が過ぎました。心配には及ばないという言葉をもらえたので、あなたの倫理観が我々と一致していることを願います」

 これ以上は何も聞き出すことはできないと、聞き出すべきではないと判断し、最後の悪あがきでもするかのように嫌味のひとつでもぶつけたつもりだった。すぐにリラ・ランブラはクリプタの発言を不気味な笑いで一蹴すると、見えぬ視線をこちらに向けるようにして言った。


「それはあなたも同じではないですか」

 クリプタは彼の皮肉を鼻で笑うと、不気味な笑みを浮かべたままのリラ・ランブラに一礼し部屋を出ようとした。扉の前に差し掛かったタイミングで、リラ・ランブラはさらに付け加えるように言った。

「そういえば」

 開きかけた扉の前でクリプタは立ち止まり、振り返ることなくそのまま次の言葉を待った。


「統制局に収容されていた、ミカミというスパイ疑いのある男の処遇が決まったようですね。なんでも薬殺刑になる、とか」

「……そうですか、随分と皇帝陛下も寛容になりましたね」

 リラ・ランブラの押し殺すような不敵な笑い声が背中から伝わり響いた。


「私たちは所詮帝国の犬。緩んだ首輪も、錆びた鎖も看過しながら、こうして留まるしかないのですよ。逃げたとて……」

〝逃げたとて〟その先にある答えを知っている限り、ここでリラ・ランブラと時間を潰すことは無駄なことだった。クリプタは何も言わず部屋を後にした。



 開発局はダイアンたちの過ごすフロアとは別の階層にある。厳重な警備と強固なシステム、簡単に立ち入ることのできない閉ざされた空間だ。

 そして、帝国の兵器開発や武器製造だけでなく、動植物の品種改良や生産技術など国の礎となる産業の基幹的役割も果たしている。

 そんな重要機関の局長ともあろう男が、訳ありの子供たちを自分に託し、偽の識別コードを割り当ててまで隠してきた本当の理由が他にあることは間違いなかった。クリプタはその理由を知りたかったが、開発局の壁は厚く、決して容易ではなかった。



 ♢♢♢♢

 ダイアンは、日課室でヘリヌールとテーヴァの帰りを待っていた。今日は二人とは別行動で、彼らから得られる情報がソリスを探しに行くのに重要だったのだ。待っている間、特段することもなかったので、いつもの青い手帳を開いて日記を書き綴る。そこへ穏やかで透き通った声が通りかかり、走るペンを止めた。

「あれ? ダイアンどうしたの。居残りなんて」

「少し調べたいことがあって残ってたんだ。テーヴァは一緒じゃないの?」


 ヘリヌールは口元に手を当てながら、困った様子でテーヴァの状況を教えてくれた。どうやらテーヴァは細かいことを扱うのが大の苦手で、今、あの日課室で行われている機械の組み立てや補修などに時間を要してしまい、居残りになったということだった。確かに性格的にも細かいことを気にせず、大雑把な一面がある。とダイアンも納得してしまった。ダイアンはヘリヌールに今日の日課内容を尋ねた。

「昨日は何かを組み立てたって聞いたけど、今日は衣類とか扱ったりした?」

「そうそう、よく知ってるね。今日は日課室からクリーンルームってところに行って、オレンジ色の制服を機械に入れて〜、また取り出して〜、コンテナにサイズごとに分け入れるのをずっと。という感じだったよ」


 アル兄の時はあまり気にしていなかったことがある。十二歳になると、一日の半分以上を作業に充てていることが多い。その作業の内容も決まっているわけではなく、日々違うのだ。

 ヘリヌールの話から、今日は予想していたとおり、衣類を取り扱った日ということが判明し、ダイアンは机上の荷物を急いで片付け、部屋を飛び出した。

「ダイアン、ちょっとどうしたの〜?」

 ヘリヌールの呼び止める声だけが室内に残っていた。



「アマヨリ! 作戦決行だ」

 部屋に戻るなりダイアンは息も絶え絶えに、アマヨリに声をかけた。

 アマヨリは、いつもこんな威勢の良いダイアンを見たことがあまりなかったので、驚きながらも桑の実色に染まったクタクタのカバンに荷物を詰め込み始めた。

「みんなが寝静まったら、ここを出るよ」

「うん、なんかまた知らないところに行くの、ドキドキするね」


 ダイアンは結局あの灰色の世界にアマヨリを連れ出すことにした。ソリスを助けたいというアマヨリも同じ思いだったことに後押しされて、決心したのだ。

 なによりあの世界をアマヨリにも見せたいという思いが強かった。そう思うと早くあの場所へアマヨリを連れて行きたくて仕方がなかった。

 十二歳まで、あと少し。この部屋で一緒に過ごせる限られた時間を、アマヨリと共有しておきたかった。しばらく彼女には会えないだろうからと。


 先日、クリプタに言われたその言葉は、ダイアンにとってどんな言葉よりも重かった。しばらくとはどのくらいなのだろうか。

 一か月? 半年? それとも一年? 色々な疑問が湧いたが、淡々と話すクリプタの表情からはそれが一か月などという短いものでないことは、ダイアンでもすぐに理解ができた。

 アル兄のように目立った特性はわからない。けれど、クリプタの仕事の手伝いをするには向いているらしかった。ダイアンに拒否権はなく、嫌だと言ってもクリプタの指示通りに動かねばならないのだと、幼いながらに覚悟した。

 ヘリヌールやテーヴァのように、日課室に一日中こもりきり同じことをするよりはいいだろう、と自分自身に言い聞かせるように、まだ見ぬ自分の将来へ暗示をかけた。


 ♢♢♢♢

 二人は、オメガ9と大きく表示された扉の前に積まれたコンテナに入り込み、その時を待った。アマヨリは今回が初めてのことだったので、緊張しながらじっと耳を澄ませ、ワクワクとドキドキという気持ちを、入り混じらせてその時を待っていた。

 しばらくして、人の声が聞こえ始めると二人はじっと息を潜めた。


「今日はっと、医療棟行きね。α-20025番(アルファニマン二ジュウゴ)、この三つを向こうの部屋のレーンに乗せて、WARD-04(ウォードゼロフォー)までお願いね」

 淡々と誰かに行き先を指示しているのが聞こえてくる。この前よりは荒っぽくないようだとダイアンは思った。


 機械音と電子音が聞こえ、次の瞬間……

「ひゃっ!」

「ファッ!」

 あの奇妙な感覚が襲ってくると……

「いっ!」

「ゔっ!」

 衝撃が来て少々体が痛かった。



 そろりと覗いた外側は、前回の場所とは異なって見えた。だいぶ広い間取りで、ダイアンたちの部屋では見かけないものばかりが置いてある。アマヨリはそれらに感動しながら興奮すると、ダイアンは静かにするよう注意した。

「ねぇー! これ見て!」

「だから、静かにっ……て……」

 アマヨリが指さした先には、血のついた衣類が大量に入ったコンテナがあった。二人は顔を見合わせ、背筋を凍らせた。

「ねえ! 怖いよ、どうしよう帰れなくなったら」

「大丈夫だよ、とにかくこれに着替えよう」

 内心は赤黒く染まった衣類の山に、想像できない怖さと本能的な恐怖でいっぱいだった。けれど、ダイアンもアマヨリもパジャマ姿だったので、二人は震える手でコンテナに入っていた衣服に着替え、逃げるように部屋を抜け出した。


 なるべく人を避けるように、けれど堂々と。真夜中のためか、前と同じくすれ違うのはアルダナリばかりだ。廊下を抜けて少し開けた場所に出ると、行き交う人々の様子が今まで見てきた人々とはまるで違っていることにアマヨリは驚いている様子だった。色や形の異なる服装、見た目の違う人々。オメガ9では見かけない人々がそこにはいた。

 幸い、その人々のおかげで先ほどの恐怖が少しずつやわらいでいった。


「ねえ、ここにいる人たち制服着てないよ。顔がシワシワの人もいるし、この前本で見た小さい人もいるよ!」

「静かに! でもあんまりキョロキョロしてると怪しまれるから、あんまり騒ぐなよ」

「む。だって初めて見るんだもん、静かにする方が難しいよ」

 しかめっ面で、今にも不満という矢尻を飛ばしそうな勢いでアマヨリはダイアンの後ろをついて歩いた。


「案外堂々としていると、誰も疑わないんだな」

 鼓動の高鳴る音が体をすり抜けて漏れそうなほどだったが、平然を装うのはダイアンの得意分野だった。

 あたりを見回すと、他とは装いの違うアルダナリが、痩せ細った男と一緒に、赤いグリフサインの光る扉の前に腰掛けている。アマヨリもその違いに気づいたようで二人は隣のベンチに腰掛けた。

「アマヨリ、なるべく下を向いていて」

 まだ幼い顔のアマヨリを連れて歩くには少し目立つような気がしていた。目立たぬようにひっそりと景色に馴染まねばならなかった。


 少しして、扉から他の職員とは異なる服装をした、ゴーグル姿の者たちが出てきた。何やら痩せ細った男と深刻に話し込んでいるようだったので、二人は会話を聞こうと耳をそばだてた。

「私も色々と悩んだのですよ」

「いえ、仕方のないことなので気に病む必要はないですよ。早く元気になって、ご家族に会いたいでしょう」

「はい、とても優秀なので手放すのは非常に惜しいのですが」

「大丈夫ですよ、そのためのものですし、あなたの階位であれば、帝国はすぐに代替を用意できますから」

「そうですか、それは安心しました。ではよろしくお願いします」

「χ8_04-1100(カイエイトゼロフォーセンヒャク)頼みますよ」

 ドクン――――。

 読み上げられたコードがはっきりと聞こえた瞬間に、得体の知れない恐怖感に襲われた。赤いラインの制服姿の職員に連れられて、アルダナリと痩せ細った男は、扉の向こうへ消えていった。


「ねぇ、君」

 後ろから呼び止められる声が聞こえ、一瞬で緊張が走る。

「あ、はっはい」

「その制服のカラー、もしかして親御さんたち探しに宿舎から出てきちゃった?」

 まずい。ダイアンの顔に緊張が走った。特にここにいる都合の良い理由も探し出せず相手の質問に合わせるように返事をした。男はやっぱりという表情を浮かべて、すぐにここから出るよう促した。

 判断が間違っていないことに胸を撫で下ろしたダイアンは、これ以上の質問を避けるため、早々にこの場から立ち去ろうとしたときだった。

「そうだ」

 まだ話を続けたいようで、男から引き止められた。何か細かいことを聞かれたらマズイと身構えていたが、次の言葉で自身の中の点と線が緩やかにつながりつつあるのがわかった。


「これから病院の方に、処分する被験体が大量に運ばれてくるから、向こうは閉鎖されるよ。そこの通路は避けて通ってね。ここは救急棟だし早く戻るんだよ」

 情報量の多さに頭が追いつかない。立っているのがやっとだった。

 被験体? 処分? 気になるワードが執務室で見た書類の文字と重なり、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。

「行こう」

 アマヨリの手を握る手に力を込めた。



 正面口と思われる大きなゲートの方に向かうことにした。始終アマヨリは口をぽかんと開けて、上を見上げてはすごいと言うばかりで本来の目的を忘れているようだった。

「ソリスを探すんじゃなかったの?」

 アマヨリは、あっ、という顔をしてキョロキョロとあたりを見回すのをやめた。そしてしばらく黙ってダイアンの後をついてきていた。

 正面口を思わせるゲートは、強固に閉じられており簡単には通過できそうになかった。持ってきたヴォイドリンクを使うのは、直感的にまずい気がした。諦めて戻ろうとアマヨリに声をかけたときだった。先ほどの大人と同じ、赤いラインの制服姿の女性が心配そうに声をかけてきた。

「まあ、こんな時間に迷子……?」


 ダイアンは先ほどのやり取りを思い出し、咄嗟に答えようとすると、アマヨリが堂々と答えていた。

「親御さんを探しにきました!」

「親御さん……、お母さんたちを探しに来たのね。こっちは開発局に行くエレベーターだから、あなたたちのお母さんはこっちじゃなくて、向こうのエレベーターに乗るのよ」

 お母さんにエレベーター? 聞き慣れない言葉が引っかかったが、女性はアマヨリの顔を覗き込み、少し面倒そうな顔を浮かべて言った。

「真夜中だし……、一緒にお母さんのところに行こうか」

 アマヨリの手をとり、その女性は指さしたエレベーターの方へ歩き出した。

 慌てたダイアンは二人の後ろを始終警戒しながら歩いた。アマヨリが何か変なことを言ってしまうのではないかと。


「ねえ! すごい〜!」

「おい! 騒ぐなよ、みんな静かにしてるだろっ」

 四角いガラス張りの箱はどうやら慣性制御エレベータと言うようだった。初めて乗ったアマヨリが騒ぐのも無理はなかった。同行している女性は寝不足なのか隣であくびばかりしていてこちらにはあまり関心がないようだった。しかし、この後のことはダイアンにもどう対処したらいいかわからずこの乗り物が到着するまでの間ずっと心臓が鳴りっぱなしになっていた。


「着いた着いた。ちょっと待っててね今開けるから」

 そう言って、先ほど見たものと同じ巨大なゲートが難なく開放され、二人は新たな場所へと導かれていた。



 ――医療棟――診療エリア。

 ゲートをくぐると目の前に表示されたエアビューにはそう表示されていた。

「で、君たちのお母さんはここのフロアにいるかな? 呼び出してあげるから名前か識別IDを教えて」

「えっと……」

 カウンターでディスプレイを開きながら女性はダイアンの申告を待っている。とても親切な人なのはわかったが、ここで逃げてしまえばきっと大慌てで追いかけてきて、大騒ぎになるだろう。ダイアンは手首のヴォイドリンクに手を当て八方塞がりの状態に黙り込んだ。

「……」


 沈黙が気まずさを帯びる前に、袖を掴んだアマヨリが今にも泣きそうな顔をして訴えた。

「ねぇ……、トイレ行きたい……」

「あら、いけない。ここで待っているから、お兄ちゃん連れていってあげてね」



 教えられた行き先は少し離れた場所にあった。アマヨリは本当に我慢していたようで走っていった。思わぬピンチヒッターに胸を撫で下ろし、ダイアンは次のことを考え始めた。

(危なかった……、次は人に会わないようにして歩かないと。アマヨリが戻ったらソリスを探さなくちゃな)

 二人はこの新たな場所を探検することにした。さっきの女性が待っている場所を避けるように、細心の注意を払いながらコソコソと薬品臭い廊下を歩き回った。


 診察室と書かれた部屋がいくつもあるエリアは、今は稼働していないのか真っ暗に電源が落とされ、薄気味悪い赤と黄色の非常灯がぼんやりと光っているだけだった。

「ダイアン、なんかここ怖いよ……戻ろうよ」

「うん……そうだね」

 怖がるアマヨリの手を握り、元来た道を辿りながら戻ったつもりだったが二人は完全に道に迷っていた。ソリスを探すどころではなくなっていたのだ。

 焦る気持ちを隠すようにダイアンは少し苛立ちながら言った。

「本当にソリスは医療棟にいるって言われたの?」

「絶対言ってたよ。会うなら七日後とも言ってたよ!」

「……」


 結局、ソリスはその先の病棟エリアと呼ばれる場所でも見つけることはできず、二人は諦めてあてもなく歩き続けた。勢いで来てしまったこともあり、うまく帰れる保証はどこにもなく、ダイアンは少し責任を感じて足取りが段々と重くなる。

「ねぇ、ダイアン」

 何か思いついたようにアマヨリが話しかけてきた。繋いでいたはずの右手をいつの間にかどこかで離してしまったことが悔やまれる。運動場での持久走よりも疲れるはずなのに、アマヨリは文句の一つも言わなかった。

 それに比べて、初めての場所に興奮していたせいもあって、冷静ではなかったと、疲れを感じるようになって気がついた。ダイアンは、自分の落ち度が恥ずかしくてたまらなかった。


「なんだよ、ソリス見つけたのか」

 ダイアンは、格好悪さを誤魔化したくて、アマヨリの言葉にいちいち刺々しく返してしまう自分も嫌だった。

「ううん、私たちって……、閉じ込められてるのかな」

 アマヨリの考えはとんでもないことだと思ったが、このエリアの大人たちは自由に行き来しているように見える。それに、場所を案内してくれた人も自分たちの行き先に何も言わなかった。いつもは日課の時間に他の部屋に行っていると知れれば懲罰ものだ。


 アマヨリの鋭い指摘にダイアンも納得せざるを得なかった。

「俺も、そう思う。それに最初に会った人が言っていたことも気になる」

「うん、さっ聞いた場所に戻ろうよ」

 ダイアンは凛としたアマヨリの横顔を見て、再び彼女の手をとった。今度はしっかりと握って。


 いつしか二人は最初のゲートの場所に戻ってきていた。ここから出ないことには先に進めない。

「あ! ここにいたのね!」

 先程の女性が自分たちを見つけて追いかけてくるのがわかった。何の偶然なのか、ゲートを開けたアルダナリの脇をすり抜けて、二人は全速力で走った。

「アマヨリ! さっきのガラスの箱のとこまで走って!」

「まかせて!」

 かけっこは得意だ。後ろを振り返ると追手がどんどんと小さくなっていった。

 逃げるしかない状況にクリプタの怖い顔が浮かんだが、どうにでもなれという気になった。


「追いかけっこ、久しぶりだね」

 前を走るアマヨリはこちらを振り返り、いたずらな笑顔を向けた。

 行くなと言われたら、誰しもそこに興味が沸いてしまう。今、二人の好奇心と冒険心は最高潮に達していた。疲れて重くなった脚も、身体も、ただその好奇心だけで軽くなった。踏み込んだ一歩は力強く無機質な地を駆けて行く。何かがわかるかもしれない。そう思うと恐れてなどいられなかった。


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