第9話 無能力サポート、「私の専属」と宣言される
救難信号の発信地点は、岩壁の隙間へ続く狭い洞窟だった。
その奥で、三人の若い攻略者が追い詰められている。
対峙しているのは、青い甲殻に覆われた巨大な甲虫――ブルーアーマービートル。
自動車ほどの巨体が、狭い洞窟を塞いでいた。
「伏せなさい!」
マリーが三人の前へ滑り込む。
振り下ろされた角を、ヴァリアントの腹で受け止めた。
衝撃で洞窟全体が揺れる。
細かな石が、天井から降ってきた。
(まずいわね)
ヴァリアントの出力を上げれば、一撃で倒せる。
だが、この狭さでは洞窟ごと崩落する。
背後にいる三人を巻き込む可能性が高い。
出力を抑えたまま、マリーはブルーアーマービートルの突進を押し返した。
「トオル!」
「了解!」
それだけで、徹は自分の役割を理解した。
三人のもとへ走る。
「全員、俺を見てください!」
怯えていた三人の視線が、徹へ集まった。
ひとりは足を負傷している。
ひとりは過呼吸を起こしかけていた。
残るひとりは武器を握ったまま、動けずにいる。
徹は以前、イベント会場の誘導警備をしたときのことを思い出した。
混乱している人間へ、一度にいくつもの指示を出してはいけない。
短く。
ひとつずつ。
やるべきことを明確に伝える。
「歩ける人は手を挙げて!」
二人の手が上がった。
「そこのあなた。怪我をしている人の肩を支えてください」
「は、はい!」
「もうひとりは、俺の後ろへ。走らなくていい。壁際を進みます」
「でも、モンスターが……!」
「前はマリーが止めています。今は後ろだけ見てください」
言い切ると、震えていた少女が小さく頷いた。
マリーがヴァリアントを傾け、巨大な角を受け流す。
ブルーアーマービートルの脚が地面を削った。
再び洞窟が揺れる。
「トオル、急いで!」
「あと少しです!」
徹は三人を出口へ誘導する。
負傷者の足がもつれた。
「大丈夫。俺につかまって!」
徹が反対側の肩を支える。
一歩。
もう一歩。
背後で、硬い甲殻とヴァリアントがぶつかる音が響いた。
それでも振り返らない。
今の自分にできることへ集中する。
やがて、外から差し込む光が見えた。
「救難者三名、洞窟外へ退避!」
徹は三人を安全な場所へ座らせ、通信端末を確認した。
「マリー、退避完了です!」
その声が、洞窟の奥まで届く。
「了解!」
マリーはヴァリアントを握り直した。
刀身を青白い光が包む。
ブルーアーマービートルが、三度目の突進を始めた。
「ヴァリアント――抜剣!」
光が洞窟を貫いた。
一瞬遅れて、凄まじい轟音が響く。
ブルーアーマービートルの甲殻が砕け、その巨体が奥の岩壁ごと消し飛んだ。
洞窟の一部が崩れ、入口から大量の砂埃が噴き出す。
徹は三人を庇いながら振り返った。
入口が、見えない。
「……マリー?」
返事はない。
気づけば、砂埃の方へ一歩踏み出していた。
「マリー!」
『洞窟ごと倒したぞ』
『さすが最強』
『救助成功!』
『トオルの誘導、落ち着いてたな』
配信コメントが画面を埋め尽くす。
誰ひとり、彼女の心配はしていなかった。
やがて砂埃の向こうから、白銀の髪が揺れて現れた。
「……何を叫んでいるの?」
「いや、その」
徹は言葉に詰まる。
「返事が、なかったので」
マリーは一度だけ瞬きをした。
「……そう」
それだけ言って、彼女は先に歩き出す。
その横顔は、徹からは見えなかった。
徹は崩れた洞窟を見つめた。
「素材が……」
続けて、ひびの入った岩壁を見る。
「ダンジョン破損の修繕費が……」
「仕方ないでしょう。三人とも助かったんだから」
「それは、そうですね」
徹は救助した三人を見る。
全員、意識がある。
負傷者も、命に関わる状態ではなさそうだ。
「まあ、仕方ないか」
そう言って、徹は笑った。
座り込んでいた三人のうち、ひとりが徹を見上げる。
洞窟の中で、震えながら頷いた少女だった。
「あの……」
「はい?」
「……すごいですね」
それだけ言うと、少女は膝に顔を埋めてしまった。
徹は首を傾げる。
「マリーですか? すごいですよね。ドラゴンも一撃ですし」
「……そうじゃなくて」
膝に吸い込まれた声は、徹には届かなかった。
◇
救護班が到着し、三人を担架で運んでいく。
その姿を見送りながら、マリーは徹へ声をかけた。
「トオル」
「はい」
「ありがとう」
徹は目を丸くした。
「俺は、三人を外へ誘導しただけです。モンスターを倒したのはマリーですよ」
「その『だけ』が、私にはできなかったの」
マリーは崩れた洞窟へ目を向けた。
「ヴァリアントは、高火力で広い範囲を制圧することには向いている。でも、狭い場所で誰かを守りながら戦うのは難しい」
もし徹がいなければ。
ブルーアーマービートルは倒せても、三人を崩落へ巻き込んでいたかもしれない。
助けられたとしても、負傷させていただろう。
「私にはできないことが、あなたにはできる」
マリーは、あらためて徹を見た。
「あなたがいてくれたから、三人とも無事に助けられた。だから、ありがとう」
徹は何も言わず、マリーを見つめていた。
やがて、少し照れたように頭をかく。
「……どういたしまして」
(やっぱり、いい上司だな)
昼休みに見た勇者マイトの配信を思い出す。
強さだけなら、マイトも疑いようがない。
けれど、自分が支えたいと思うのは、目の前の少女だった。
マリーは配信ドローンへ向き直った。
「救助対応が完了したので、本日の攻略はここまでにします」
『お疲れさま!』
『救助優先の天使さすが』
『トオルもお疲れ』
マリーは流れるコメントを確認し、頷いた。
「トオルの働きも、きちんと見てくれていたようね」
「ありがたいですけど、まだ注目されるのには慣れません」
「すぐに慣れるわ」
「そういうものですかね……」
「そういうものよ。今後も配信には出てもらうんだから」
マリーは当然のことを告げるように続けた。
「私の専属サポートなんだから」
一瞬、コメントが止まった。
次の瞬間。
『私の専属!』
『言い方!』
『切り抜き確定』
『独占宣言ですか?』
『うらやまけしからん』
画面が猛烈な勢いで流れ始めた。
徹は両手で顔を覆った。
「だから、やめてくださいって……」
「何が?」
マリーだけは、本当に何も分かっていなかった。
◇
「よう、マリー様の専属サポート」
「その呼び方をやめろ」
翌朝。
誠がスマホを片手に、徹の机へやってきた。
隣の席では、茉莉が机に突っ伏している。
「見たぞ、昨日の配信」
「見なくていい」
「救助シーン、格好よかったじゃん。戦えないのに、ちゃんと現場を回してたし」
「……ありがとう」
「特によかったのが、最後のこれ」
誠が動画を再生した。
『私の専属サポートなんだから』
マリーの声が、教室に響く。
徹は机に額をつけた。
隣からも、こつん、と音がした。
茉莉の額が机へ当たった音だった。
「切り抜き、もう何本も上がってるぞ」
「早すぎるだろ……」
「タイトルは、『天使マリー、無能力男子を独占宣言』」
「意味が変わってる!」
隣で、茉莉の肩が小刻みに震え始める。
「ほかには、『私の専属発言まとめ』」
「まとめられるほど言ってないだろ」
「コメント欄では、もう『専属くん』って呼ばれてる」
「うああああ……」
徹は頭を抱えた。
その隣からも、同じ呻き声が聞こえた。
「うああああ……」
徹と誠が、同時に隣を見る。
綾瀬茉莉は、机へ突っ伏したまま動かない。
「……気のせいか」
「だろ」
誠は笑って、自分の席へ戻っていった。
始業のチャイムが鳴る。
誰も気づかなかった。
突っ伏したまま、茉莉が目を見開いていることに。
『私の専属サポートなんだから』
自分の声が、頭の中で止まってくれない。
(……私の、って何?)
(なんであんなこと言ったの!?)
配信中だった。何万人も見ていた。切り抜きは、もう何本も上がっている。
(「私の」って、めっちゃ重いじゃん)
(男子に向かって「私の」って……)
机は冷たいのに、顔の熱が引かない。
(重い。重い重い重い)
(胸が、重い)
しかも、その隣で。
同じ動画に頭を抱えた男が、同じ格好で机へ突っ伏している。
(ああ、もう……!)
(なんでこの人、隣にいるのよ!)
茉莉は額を机へ押しつけた。
「……今日も寝れない」
誰への文句なのか、自分でも分からなかった。
「……ばかあ」
誰にも聞こえない声で呟いて、茉莉はもう一度目を閉じた。
ダンジョンの中では、少しずつ仕事に慣れてきた。
だが、専属サポートの仕事は、どうやらダンジョンの外でも胃に悪いらしい。




