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第8話 無能力サポート、初仕事で救難要請を受ける



「眠い……」


 翌朝。


 徹は机に座り、目元を擦っていた。


 その隣では、茉莉がいつものように机へ突っ伏している。


 規則正しい寝息は聞こえない。


(綾瀬も、寝不足なのか?)


 徹がぼんやり考えていると、三枝誠が近づいてきた。


「よう、トオル」


 その顔には、気味が悪いほどの笑みが浮かんでいる。


「天使マリー様の専属サポート様」


「なんだよ、その呼び方」


 茉莉の肩が、わずかに動いた。


「いやあ、最強配信者で討伐実績ナンバーワンの専属となれば、収入もすごいんだろうなと思って」


「ああ……まあ、それなりに」


 大きすぎて契約交渉に数時間かかった、とは言えない。


「やっぱり引き受けてよかっただろ?」


「まあ、な」


 徹は、マリーの言葉を思い出した。


『あなた以上に仕事がしやすいと思った人は、いなかった』


「でも、収入だけなら勇者マイトもすごそうだよな」


 その名前が出た途端、茉莉の背中がぴくりと動いた。


「勇者マイト?」


「知らないのか? マリー様と並ぶ有名攻略配信者だよ。よく比較されてる」


「ライバルみたいなものか?」


「まあ、そんな感じだな」


「ふうん……」


 始業のチャイムが鳴った。


 誠は自席へ戻っていく。


 徹はノートを開きながら考えた。


 マリーと比較されるほどの配信者なら、仕事の参考になるかもしれない。


 昼休みに確認してみよう。


     ◇


【勇者マイト 第八層攻略 ドラゴンロード再討伐前配信】


 昼休み。


 徹は教室の隅で、前日のアーカイブを一・五倍速で再生していた。


「ドラゴンロード……」


 一度、画面から目を離す。


 それから、再生ボタンを押し直した。


『盾、前へ出ろ! 他は補助魔法をありったけ重ねろ!』


『休息は第七層を突破してからだ。進むぞ!』


「指示が短くて、分かりやすいな」


 勇者マイトの能力は、《熱量操作》。


 足元を爆発させて加速し、離れた敵を焼き払い、空中で軌道を変える。


 派手で、強い。何より、配信映えする。


「うちのマリーとは、だいぶ違うな」


 六千円分のヘルニュートが跡形もなく消えた光景は、まだ目に焼き付いている。


「そこを俺が補えってことか」


 映像の中で、巨大なアーマーグリフォンがマイトたちへ襲いかかった。


 マイトの炎を受けても止まらない。


 杖を持った少年が逃げ遅れ、盾役の男が庇いに入る。


『何を勝手なことしてる! 盾は敵を目標地点へ誘導しろ!』


 盾役の男は、申し訳なさそうに俯いた。


『指示どおりに動け! お前たちだけでは、こいつを倒せないことくらい分かるだろうが!』


 マイトが空中で爆発を起こす。


 爆風で加速し、グリフォンの片翼を叩き折った。


 落下地点で盾役が能力を発動し、半透明の腕で敵を拘束する。


 続いて、杖の少年が氷魔法で四肢を凍らせた。


『熱量圧縮――爆圧散壊!』


 マイトがグリフォンの腹へ手を当てた瞬間、その巨体が内側から四散した。


『出た! いつものトドメ!』


『これを見に来た』


『マイトくん今日もかっこいい』


『さすが勇者』


 マイトは画角を意識したように前髪をかき上げた。


 その後ろでは、盾役と杖の少年が地面へ座り込んでいる。


 肩で息をしていた。


 流れ続けるコメントに、二人の名前は一度も出てこなかった。


『行くぞ。第八層はこれからだ』


 二人は何も言わず、ゆっくり立ち上がった。


「……優秀な人ではあるんだろうけどな」


 的確な指示。


 華のある戦い方。


 配信を意識した立ち回り。


 参考になる点は多い。


 それでも、疲れ切った仲間にかける言葉が、本当にそれでよかったのか。


 徹はメモ帳を開いた。


【勇者マイト配信】


 画角や映えを追求する姿勢は参考になる。


 指示は短く、分かりやすい。


 アーマーグリフォン――硬質化していない腹部が弱点。


 ただし、短すぎる指示は嫌味や命令に聞こえる。


 仲間への声かけが大切。


 最後の一文を、赤いペンで囲む。


「うちの上司とは、大違いだな」


     ◇


「今日は、正式に紹介しておくわ」


 第三ゲート前。


 配信ドローンを正面に、マリーは徹を手招きした。


「今日から私の専属サポートとして同行する、トオルよ」


 徹が画面へ入った瞬間、待ち構えていたようにコメントが流れ始めた。


『饅頭の人だ!』


『天使にスカウトされた無能力者』


『専属って響きがずるい』


『マリー様の隣、代わってくれ』


『うらやまけしからん』


「や、やめてください……」


 徹は顔を赤くし、わずかに俯いた。


 昨日まで、ただの高校生だったのだ。


 数万人が見ている配信で注目されれば、こうなるのも無理はない。


 マリーはコメント欄を一瞥した。


「仕事と関係のない話は、そのくらいにしなさい。トオルが困っているでしょう」


『天使が庇った!』


『距離が近い』


『もう尻に敷かれている』


「だから、その話をやめなさい!」


 コメントの勢いがさらに増す。


 マリーは小さく息を吐いた。


「ごめんなさい。気にしなくていいから」


「いえ。ありがとうございます」


 徹はマリーへ向かって頭を下げた。


 昼に見た勇者マイトの配信が頭をよぎる。


(ああいうとき、庇ってくれるんだな)


「本日の攻略場所は第三層の西部区画。目的は通常素材の回収と地形調査よ」


「帰還経路と休憩予定地は確認済みです。配信ドローン、救難信号、備品にも異常ありません」


「分かったわ。行きましょう」


 二人は第三ゲートをくぐった。


     ◇


(やっぱり、仕事がしやすい)


 第三層を進みながら、マリーは何度目か分からない感想を抱いていた。


「右前方、ケイブリザードが二体」


「確認したわ」


「奥の個体は、素材価値が高いそうです。可能なら、頭部を避けてください」


「やってみる」


 マリーがヴァリアントを振るう。


 青白い光が一閃し、二体のモンスターだけを正確に切り裂いた。


「成功です。素材も無事です」


「当然よ」


 答えながらも、マリーはわずかに口元を緩めた。


 徹が素材を回収している間に、配信コメントを確認する。


『今日は素材が残ってる!』


『天使、手加減を覚える』


『サポートの指示が細かい』


 必要な情報が、欲しいときに出てくる。


 配信の進行も、素材の管理も、帰還時間の確認も、徹が先回りして行っていた。


 マリーは戦闘へ集中できる。


 この快適さを知ってしまうと、もう以前には戻れない気がした。


 そのとき、徹の持つ攻略端末から警告音が鳴った。


「救難要請です!」


 マリーの表情が変わる。


「場所は?」


「北西、約八十メートル。初心者パーティー三名。中型モンスターと交戦中です」


「行くわよ!」


「最短経路を表示します。こっちです!」


 二人は同時に走り出した。



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