第51話 無能力サポート、新人二人に強敵を任せる
作戦は、単純だった。
笑美が最大出力まで溜める。その八秒を、誠が作る。それだけだ。
「エミ、充電入れ!」
「はい!」
笑美が、後方へ下がって手を掲げた。掌の上に、電流が集まり始める。
誠が、前へ出た。
風を全身に纏い、防御へ回す。攻撃には使わない。今の彼の仕事は、倒すことではなかった。
アーマードベアが、咆哮とともに突進してきた。
誠は避けなかった。正面から受け、風の膜で衝撃を逃がす。それでも足が二メートルほど滑り、靴底が地面を削った。
「ぐっ……!」
「先輩!」
「いいから溜めろ!」
誠が叫び返す。
アーマードベアが、狙いを変えた。前にいる小さな相手ではなく、その奥で光を溜めている方へ。
誠は、それを見て、風の向きを変えた。
横風。
突進の軌道を、わずかにずらす。完全には止められない。だが、笑美の位置から一メートル逸れれば、それでいい。
アーマードベアが、笑美の横をかすめて壁に激突した。
「エミ、まだか!」
「あと四秒です!」
振り向いた熊が、今度は誠を狙った。
誠は、向かい風を展開した。突進の速度を落とす。落としきれない分は、自分の体で受けた。
風の膜が、削れていく。
「くそ……っ」
消耗が激しい。今日一日の攻略で、すでにかなり使っている。
もう一度、熊が笑美へ向かおうとした。
誠は、風を使わなかった。
自分の体で、間に入った。
「エミ!」
「もう少し……!」
「まだか!?」
「あとちょっとです!」
「じゃあ、そのちょっとくらい俺が稼ぐ!」
爪が、風の膜を裂いた。誠の体が横へ吹き飛ばされ、地面を転がる。
それでも、彼は立ち上がった。立ち上がって、また間に入った。
その背中の向こうで、光が最大に達した。
「溜まりました!」
「やれ、エミ!」
「はい!」
笑美が、掌を突き出した。
通路が、白く消えた。
雷が、アーマードベアの正面から直撃する。甲殻が焼け、体が大きくのけぞり、そのまま後方へ倒れ込んだ。
地響きが、通路を揺らした。
◇
静寂が落ちた。
アーマードベアは、動かない。
「……やった」
笑美が、呟いた。
「やった……!」
誠が、膝をつきながら声を上げる。
「やりました、先輩!」
「やったな!」
笑美が駆け寄って、そのまま誠に抱きついた。勢いのまま、二人でよろけて、また笑った。
「すごいです! 私たちすごいです!」
「お前の雷、やべえじゃん!」
興奮が、そのまま声になっている。
徹は、その光景を見ながら、倒れた熊へ視線を戻した。
指先が、動いていた。
「誠! エミ! まだです!」
二人が振り返る。
アーマードベアが、起き上がろうとしていた。焼け焦げた甲殻の下で、筋肉が動いている。
「嘘だろ!?」
誠が、慌てて風を展開した。だが、さっきまでの厚みがない。消耗しきっていた。
笑美も、掌を掲げたが、電流はほとんど集まらなかった。撃った直後で、再充電が間に合わない。
熊の腕が、振り上げられた。
誠が、笑美の前に体を入れる。風の膜が、薄い。
その瞬間、白い影が二人の前に割り込んだ。
ヴァリアントの一閃。
アーマードベアが、今度こそ完全に沈黙した。
マリーが、剣を下ろした。
「最後まで確認しなさい」
「…………はい」
二人の声が、重なった。
◇
誠は、地面に座り込んだまま、拳を握った。
「……くそっ」
笑美も、俯いている。
「倒せたと思ったのに……」
助かった。怪我もない。
それでも、二人の顔に浮かんでいたのは、安堵ではなかった。
「あとちょっとだったんだよな」
「はい……」
沈黙が、少し続いた。
先に口を開いたのは、誠だった。
「次は絶対、俺たちだけで倒そう」
「はい!」
笑美が、即座に返した。
「もっと風の使い方考える。今日、防御に全部回したけど、もうちょっと効率いい方法あるはずなんだよ。俺がもうちょい時間作れれば――」
「私もです。もっと早く溜められるようにします!」
二人は、地面に座り込んだまま、真剣に話し込み始めた。今日の戦闘のどこが良くなかったか。どうすれば次は最後まで自分たちでやれるのか。
助けてもらったことには、感謝している。それは間違いなかった。
それでも、自分たちだけで最後までやれなかったことが、悔しくてたまらないらしい。
マリーが、それを見ていた。
その表情が、少しだけ緩んだ。
(……この二人、いいじゃない)
円卓から押しつけられた新人育成だった。制度に納得したわけでも、正論に説得されたわけでもない。
ただ、目の前の二人が、悔しがって、次を考えている。
それを見ているのが、思ったより悪くなかった。
「じゃあ次は、二人だけで倒しなさい」
マリーが言った。
「はい!」
二人の声が、また重なった。
◇
帰還準備をしている間も、誠と笑美の反省会は続いていた。
「最後、完全に油断したよな」
「先輩だって抱きついてきたじゃないですか」
「お前からだろ!」
「えっ、そうでしたっけ?」
「そうだよ!」
「でも、すごかったですよね!」
「反省しろ!」
いつもの調子に戻っている。だが、話している中身は、次はどうするか、という話ばかりだった。
徹が素材の回収を終えて振り返ると、マリーが少し離れたところに立っていた。
二人の方を、見るともなく見ている。
「どうしました?」
「別に」
マリーは、視線を戻さなかった。
しばらく、そのまま立っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「……あの二人、いい人ね」
徹は、少し驚いた。
マリーが、誰かをそう言うのを、あまり聞いたことがなかった。
「そうですね」
徹は、嬉しそうに答えた。
マリーが、こちらを見る。
「……またその顔」
「何もしてませんよ!?」
◇
帰宅後、円卓のシステムから通知が届いた。
『新人育成協力実績:達成』
「よかったですね。これで配信制限も――」
「……次、どこがいいかしら」
「え?」
マリーは、タブレットで階層の地図を開いていた。
「エミの雷撃をもっと活かせる場所。広くて、遮蔽物が少なくて、溜める時間を取りやすいところ」
指が、地図をスクロールしていく。
「あと、誠も風の使い方を覚えた方がいいわね。防御だけじゃなくて、もう少し攻撃に転用できるはずよ」
徹は、その横顔を見ていた。
思わず、口元が緩んだ。
「なによ」
「いやあ、新人育成って楽しいんだなあって」
「円卓に言われたからやってるだけよ!」
「もう次の育成計画立ててるじゃないですか!」
「うるさい!」
マリーは、タブレットを閉じた。
閉じてから、三秒後に、また開いた。
「……第六層の東側、広いのよね」
「立ててるじゃないですか」
「うるさい!」




