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第5話 無能力サポート、最強の天使を楽にする




 徹は集合時刻の十五分前に、第三ゲートへ到着した。


 連絡の文面が怒っているように見えたため、可能な限り早く来たのだ。


 しかし、マリーはすでに到着していた。


 第三ゲート前にできた人だかり。その中心で、ファンから求められる握手やサインに応じている。


 何人並んでいようと、笑顔を崩さない。


「これがプロか……」


 自分には到底まねできそうにない。


 徹に気づいたマリーが、ファンを引き連れるように歩いてきた。


「来たわね」


 腕を組み、顎をわずかに上げている。


 昨日見た柔らかな笑顔はない。


 やはり怒っているように見えた。


「お待たせして、すみません」


「待っていないわ。まだ十五分前よ」


「でも、先にいらっしゃったので」


「スカウト審査も配信するの。わざわざ現地まで来てくれた人には、配信者として応えないと」


「なるほど。ファンサービスですね」


「常識よ」


「勉強します。それと、こちらを」


 徹は持っていた紙袋を差し出した。


「……何?」


「昨日のお礼です。受け取っていただけると助かります」


 紙袋には、大きな文字で『饅頭』と書かれていた。


 配信ドローンが紙袋を映す。


『天使に饅頭』


『チョイスが渋い』


『命を助けてもらったお礼が饅頭なの笑う』


 コメントが一斉に流れた。


「別にいいわよ。お礼なんて」


「エリクサーまで使っていただいたので、せめてこれくらいは」


 徹は紙袋を差し出したまま、深々と頭を下げる。


 マリーは紙袋と徹の顔を交互に見た。


「あ、あう……」


『マリー様が困ってる』


『困り顔の天使かわいい』


『押しに弱いぞ!』


 結局、折れたのはマリーだった。


「分かった。分かったから、顔を上げなさい」


「ありがとうございます」


「言っておくけど、差し入れをもらったからって、審査を甘くするつもりはないわよ」


「もちろんです。本日はよろしくお願いします」


 もう一度頭を下げる徹を見て、マリーは額を押さえた。


(辞めるつもりのくせに、なんでこんなに真面目なのよ)


「天使マリーの専属サポートは、生半可な覚悟では務まらないわ」


「承知しました」


「今日は私の攻略に同行してもらう。素材回収、情報収集、備品管理、配信設定――簡単に言えば、戦闘以外は全部あなたの仕事よ」


「はい」


「私が前。あなたは後ろ。まずは、できるところまでやってみなさい」


「承知しました。ひとつ、確認してもよろしいですか?」


「何?」


「私は、あなたのことを何とお呼びすればいいでしょうか」


 マリーの足が止まった。


「私のこと、知っているわよね?」


「はい。天使マリーさんです」


「なら、マリーでいいでしょう」


「しかし、上司を名前で呼ぶのはどうかと思いまして」


「上司……」


 マリーは完全に面食らった。


 マリーは本名ではなく、配信者としての名前だ。


 だからといって、「綾瀬」と呼ばせるわけにもいかない。


「……マリーでいいわ」


「マリーさん」


「呼び捨てでいい。私もトオルと呼ぶから」


「承知しました」


「本当に分かってる?」


「はい、マリー」


 なんだか調子が狂う。


(実力が期待外れなら、きちんと断ろう)


 これは採用するためではなく、断るための審査だ。


 マリーはそう自分に言い聞かせ、第三ゲートをくぐった。


     ◇


「う~~~~ん……」


 ダンジョンを進みながら、マリーは小さく唸っていた。


 後ろを歩く徹には、その表情は見えない。


(どうしよう)


(ものすごく、仕事がしやすい……)


「マリー、前方に敵です。ボストロール。この階層では最上位のモンスターです」


 徹の声が飛んでくる。


「巨体なので動きは遅い。安全を優先するなら背後へ。配信映えを狙うなら、正面から受けるのがよさそうです」


「真正面から行くわ」


「了解」


 ボストロールが巨大な棍棒を振り下ろした。


 マリーは神剣ヴァリアントで、真正面から受け止める。


 衝撃で地面が沈み、砂埃が舞った。


 白銀の髪が翻る。


 次の瞬間、青白い斬撃がボストロールの巨体を真っ二つにした。


「半歩、右へ」


「こう?」


「はい。そこが一番きれいに映ります」


 徹は配信ドローンの位置を確認し、マリーを撮影に適した場所へ誘導した。


 斜め四十五度から、ヴァリアントを振り抜いたマリーの姿が映し出される。


『今日も美しい』


『天使の一撃で天国行き』


『強すぎる』


「お疲れさまでした」


 徹は飲料水を差し出すと、すぐにボストロールの素材回収へ向かった。


 ――問題が起きたのは、その三十分後である。


「囲まれました。左右と後方、合わせて六体」


「面倒ね」


 マリーが大剣を持ち上げる。


「ヴァリアント――抜剣」


 青白い光が、横薙ぎに走った。


 六体のヘルニュートは、まとめて光の中へ消える。


 あとに残ったのは、うっすらと焦げた地面だけだった。


 徹は、その場に膝をついた。


「……マリー」


「何?」


「あれ、ヘルニュートですよね」


「そうね」


「素材価値、一体一千円です」


「そう」


「六体で六千円でした」


「……でした?」


 徹は指先で焦げた土をつまんだ。


 さらさらと崩れて、風に流れていく。


「跡形もありません」


『www』


『恒例行事』


『マリー様、素材に恨みでもあるのか』


「し、仕方ないでしょう。囲まれていたんだから」


「はい」


「……そんな顔をしないでちょうだい」


「してません」


 マリーは目をそらした。


 素材の消し飛びは、以前から言われていることだ。攻略の速さと引き換えに、回収できたはずの収益が毎回消えている。


 分かってはいる。分かってはいるのだ。


(……しばらく、振り向けないわね)


 徹は焦げた地面に手を合わせてから、静かに立ち上がった。


 昨日、この生き物を五体倒すために、第三層まで行ったのだ。


 攻略開始から、およそ二時間。


 ずっと、この調子だった。


 敵の情報整理。


 素材の回収。


 備品の管理。


 配信コメントの監視。


 必要なものは、マリーが口にする前に出てくる。


 彼女は戦闘だけに集中すればよかった。


 失敗らしい失敗といえば、マリーは常温の水しか飲まないのに、徹が冷水を用意していたことくらいだ。


(採用する? 採用しちゃう?)


(でも、毎日隣の席なのよね……)


「マリー。この先は分岐です」


「ええ」


「右へ進めば、この階層の攻略は終了。左は罠が集中しています」


「右ね」


「最後の部屋は『星の部屋』と呼ばれる観光区画です。背景がきれいなので、マリーも映りながら視聴者に紹介するとよさそうです」


「そうしましょう」


(こういうところにまで、気づくのよね)


 配信中は、戦闘だけでなく構図やコメント、進行時間にも気を配らなければならない。


 今日は、それらをほとんど考えずに済んでいる。


 楽だった。


 悔しいほどに、楽だった。



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