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第4話 無能力サポート、天使に採用審査を言い渡される



 ちゅー、とゼリー飲料を吸う音がした。


 綾瀬茉莉は、目の下に濃いクマを作ったまま、マスカット味のゼリーを飲んでいる。


 朝食兼昼食を終えると、いつものように机へ突っ伏した。


 すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。


 あまりにいつもの光景なので、誰も気に留めない。


 そこへ、教室の扉が開いた。


「……おはよー」


 稲垣徹である。全身を軋ませるような、ぎこちない歩き方だった。


「トオル!」


 腕に包帯を巻いた三枝誠が駆け寄ってくる。


「すまん! ありがとうな! 本当に助かった、サンキュー!」


「待て待て。言葉が多すぎて、何を伝えたいのか分からん」


「ああ、悪い」


 誠は一度深呼吸した。


「トオル。昨日はありがとう。お前のおかげで、みんな助かった」


「最後に助けてくれたのはマリーだろ。俺ひとりじゃ、どうにもならなかった」


「マリー様な。……ていうか、その歩き方どうした」


「エリクサーの副作用らしい。傷はきれいに治ったけど、三日は筋肉痛が続くとさ」


「治るのに痛いのかよ」


「いてえ……」


 誠がスマホを取り出した。


 画面には、『天使マリー、無能力サポートをスカウト』という見出しが表示されている。


 切り抜き画像に並んでいるのは、柔らかく微笑むマリーと、状況を理解できずに呆然としている徹だ。


「我ながら、間抜けな顔してるな……」


「それより、マリー様にスカウトされたって、本当なのか?」


「ああ。夢じゃなければ」


「すげえじゃん!」


 誠が先ほど以上の勢いで詰め寄ってくる。


「最強配信者で、超高収入で、美人で、おまけに天使! 人生勝ち組確定じゃん!」


「あー……どうなんだろうな」


「悩んでんのか?」


「……悩んでる」


「なんで?」


「俺、無能力者だぞ」


「でも、ブラックウルフを倒せたじゃん。おかげで俺たちも助かった」


「だからこそ、なんで俺なんだろうって思うんだよ」


 徹は隣の席へ目を向けた。


 綾瀬茉莉は、机に突っ伏したまま眠っている。


 いつもと変わらない学校。


 いつもと変わらないクラスメイト。


 そして、いつも寝ている隣席の女子。


「マリーって、俺とは住む世界が違うだろ。そんな人の隣に、俺なんかが立っていいのかなって」


(いやいやいやいや!)


 寝たふりをしている茉莉が、心の中で全力で首を横に振った。


(隣ですけど! 毎日すぐ隣に座っていますけど!)


 綾瀬茉莉――天使マリーは、突っ伏したまま額に汗を浮かべていた。


 神剣ヴァリアントの力で髪を白銀に変え、メイクと声色を使い分けることで、マリーは正体を隠している。


 学校で正体を明かすつもりはない。


 ただでさえ、攻略と配信で睡眠時間が足りないのだ。学校でまで騒がれたら、本当に休む時間がなくなる。


 ところが昨日スカウトした少年は、よりによって毎日隣に座っているクラスメイトだった。


(学校ではずっと寝てたから、全然気づかなかった……!)


 このまま採用すれば、徹とは学校でも仕事でも顔を合わせることになる。


 正体が露見する危険も高い。


(やっぱり、スカウトは取り消したほうが……)


「でもさ」


 誠の声が聞こえた。


「マリー様の専属サポートって、普通に考えて給料いいだろ?」


「まだ契約の話はしてないから、分からないけどな」


「お前、ずっと条件のいいバイト探してたじゃん」


「まあ……母さんには迷惑かけてるからな」


(バイト、探してたんだ)


「引っ越しでも負担かけたし。少しくらい、自分の分は自分で稼ぎたいんだよ」


「そういうところ、妙に真面目だよな」


(……なんか、断りづらくなってきた)


 茉莉の背中に、じっとりと汗が浮かぶ。


「まあでも、俺にはもったいない話だ」


 徹は苦笑した。


「やっぱり、断ろうと思う」


「ええっ、マジかよ!?」


(えっ、マジ?)


 茉莉の眉が動いた。


(私が断る前に、断られるの?)


「せっかく誘ってもらったし、エリクサーまで使ってもらったから、一度は働くつもりだけどな」


「それでいいじゃん」


「俺の実力を見てもらえば、マリーも考え直すだろ。俺にはコンビニバイトくらいがちょうどいいよ」


 茉莉の眉間に、深い皺が寄った。


(勝手に決めつけるなっての)


 徹の観察力も、判断力も、自分の目で確かめた。


 ドラゴンロードを前にして仲間を逃がした覚悟も見た。


 そのうえで、自分の意思でスカウトしたのだ。


(勢いだけで誘ったと思われるのは、腹が立つな)


 茉莉は勢いよく立ち上がった。


 徹をひと睨みし、そのまま教室を出ていく。


「……綾瀬の顔、初めて見たかも」


「初めてではないだろ。珍しいけど」


「なんか怒ってたか? 隣で話してたから、うるさかったかな」


 そのとき、徹のスマホが震えた。


 画面を見た徹が呟く。


「天使からだ」


「うおっ、本当に連絡先交換してる! なんて?」


 徹は届いたメッセージを開いた。


『本日18時、第三ゲート前。


 専属サポート採用審査を行います。


 浅層攻略に同行し、あなたの仕事ぶりを見せてもらいます。


 装備は自由。


 最初から無理だと決めつけることは禁止。


 ドラゴンロードを前にして動けた人間が、今さら怖気づくことは許しません。


 遅れないこと。以上』


 徹と誠は、顔を見合わせた。


「……なんか怒ってる?」




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