第47話 無能力サポート、勇者マイトの神棚を見てしまう
徹は向かいの席を見た。
先ほどまで、画面の中で参考にしていた相手である。まさか、その日のうちに家へ上がり込むことになるとは思わなかった。
「まあ、コーヒーでも飲んでくれ。砂糖とミルクはこっちだ」
「ありがとうございます」
マイトがカップを置く。
徹はそのまま口をつけた。温かい苦味が広がり、ようやく肩の力が抜ける。
向かいで、マイトが砂糖を取った。
一個。
二個。
三個。
(けっこう甘党なんだな)
四個。
五個。
(……ん?)
六個。
七個。
八個。
(おいおいおいおいおい)
マイトはスプーンを入れ、静かにかき混ぜた。
何事もなかったように飲む。
徹も自分のコーヒーを見下ろした。
同じ飲み物のはずだった。
「どうした」
「いえ」
勧められなかったので、徹は何も足さなかった。
「今日は撮影だったのか」
「はい。攻略以外の動画も試してみようということで」
「それで姉貴か」
「前に、雑誌の取材でお世話になったので」
マイトは頷いた。
それ以上、企画の中身を問い詰めてはこなかった。
「学校の方はどうだ」
「仕事から帰って、課題が残ってることを思い出すと、ちょっと嫌になりますね」
「先に済ませればいい」
「分かってるんですけど、あとでやろうと思うと」
「あとでも同じ量だぞ」
「そのとおりです」
徹が答えると、マイトの口元が少し上がった。
「分かっているならいい」
コーヒーを飲みながら、最近の攻略の話をした。
マリーのそばで機材を扱うこと。帰ってから映像を確かめること。撮っているときには気づかなかったものが、あとから見つかること。
「足元ばかり映っているときがあって。画面を見て、ああ、あそこを通ったときかって」
「現地で足場を気にしていると、そちらへ目が行くからな」
「自分で撮ったのに、見返すと酔うんですよ」
「見る側も同じだろう」
「ですよねえ」
徹は苦笑した。
マイトは時折、短く相槌を打つ。自分の話をすることもあったが、何を話しても評価や勧誘へ繋がるわけではなかった。
徹も、いつの間にか、カップを持ったまま普通に返事をしていた。
「でも、意外です」
「何がだ」
「マイトさんって、こうして話すとすごく話しやすいです」
「同い年だからな」
徹の手が止まった。
「…………」
「どうした」
「え?」
「同い年だ」
「……えっ!?」
マイトは眉を寄せた。
徹は、目の前の男を見直した。
カメラの前で仲間へ指示を出す姿。
警察署で自分へ条件を示し、当然のように将来の話までした顔。
あのときの、「なら、慣れろ」という声まで思い出した。
同い年。
自分と。
「……言われてもまだ信じられないです」
「なんだ、知らなかったのか?」
「はい」
「まったく。待ってろ、証拠を持ってきてやる」
マイトがカップを置き、立ち上がった。
背中がこちらを向く。
Tシャツの背面に、大きなロゴがあった。
《Angel Mary》
「……ん?」
マイトはそのまま、学生証を取りに部屋を出ていった。
徹は扉を見つめる。
今、何か見覚えのあるものが見えた気がする。
目の錯覚だろうか。
とりあえず、コーヒーを口へ運んだ。
ひとりになると手持ち無沙汰になり、なんとなくリビングを見回す。
棚の上に、小さなネックレスが飾ってあった。
赤い石を留めた、見慣れた形。
天使マリーのコラボ商品だ。
(……ん?)
その隣には、白い大剣の模型。
十分の一サイズのヴァリアントだった。赤い宝石も、柄や刀身の形も、よくできている。
(…………ん?)
視線を上へ動かす。
神棚があった。
そこに、天使マリーがいた。
八分の一サイズのフィギュアである。
白いコートを翻し、大剣を手にした姿が、大切そうに飾られていた。
(………………)
徹はカップを持ったまま動かなかった。
背中のロゴ。
ネックレス。
ヴァリアント。
神棚。
「ほら」
「ぶふぉっ!?」
戻ってきたマイトが学生証を差し出した瞬間、徹はコーヒーを噴いた。
「何をしている」
「す、すみません……!」
慌ててカップを置き、咳き込みながらテーブルを拭く。
マイトは学生証を引っ込め、飛沫の届かなかったところへ置いた。
徹はそれを見た。
顔写真は、間違いなく目の前の男だった。
学年も、自分と同じだった。
今度こそ、疑いようがない。
ただ、それ以上に気になることができてしまった。
「マイトさん……マリーのファンなんですか?」
「は?」
マイトの眉間に皺が寄った。
徹は棚を指す。
それから、神棚を指した。
マイトはそちらを一瞥しただけだった。
「敵を研究するのは当然だろう」
「敵!?」
マイトは座り直し、コーヒーを取った。
「競合研究だ」
「いや、研究って」
「あいつの戦闘パターンも、ヴァリアントの運用も、配信を見れば分かる。何を見せ、どこを省いているかもな」
まるで、おかしなことを訊いたのは徹の方だと言わんばかりだった。
「スポンサーの商品まで?」
「配信構成と切り離して考えられるものではないだろう」
「じゃあ、そのフィギュアは!?」
「立体物は装備構造の把握に役立つ」
「神棚に置く必要あります!?」
「埃を被らせるわけにはいかんだろう」
徹は神棚を見上げた。
マリーのフィギュアは、確かに綺麗だった。
そこだけは、反論のしようがない。
(この人……マリーのこと、めちゃくちゃ好きなんじゃ……)
マイトは八個分の砂糖が入ったコーヒーを飲んでいた。




