第45話 無能力サポート、最強配信者の新路線を探す
「ファンは大事よ」
マリーはそう言ってから、徹の手元に視線を落とした。
配信の撤収を終えたところだった。タブレットには、有名配信者がファンに襲われたというニュースが表示されている。
徹は記事を読み終え、画面を彼女へ向けた。
「ほら、だから距離感も大事なんですよ」
「大丈夫よ」
「何がです?」
「いざとなったらヴァリアントで――」
マリーの指が胸元の赤い宝石へ触れる。
白い柄が形を取りかけたところで、徹は声を挟んだ。
「殺人事件になるのでやめてください」
指が止まった。
「……加減はするわ」
「その話になっている時点で、大丈夫じゃないです」
白い柄が消え、宝石が胸元へ戻る。
マリーは少し不満そうにそれを見下ろしていたが、やがて顔を上げた。
「それより、配信の数字はどうだったの?」
「それなんですけど」
徹はニュースを閉じた。
最近の配信結果を並べ、タブレットを二人の間に置く。
どの回にも、十分すぎるほどの視聴者が集まっていた。コメントも多い。人気がなくなったわけではない。
ただ、数字を過去の配信と比べると、伸び方が鈍くなっている。
マリーは画面へ顔を近づけた。
「……前より強くなってるのに、なんで伸びないのよ!」
「強くなりすぎたんじゃないですか?」
「は?」
顔を上げたマリーと目が合った。
何を言っているのか分からない、という顔だった。
「最近、ほとんど苦戦していないでしょう」
「いいことでしょう?」
「攻略としては。見ている方も安心できますし」
「だったら」
「ただ、始まる前から、マリーが勝つって分かっているんですよね」
徹は、直近の配信を開いた。
画面の中でマリーが大剣を構える。コメント欄には、攻撃する前から勝利を確信した書き込みが並んでいた。
実際、そのあとすぐに勝っている。
「俺も、ここは大丈夫だろうなと思って見てました」
「大丈夫だったでしょう」
「はい。だから、どうなるんだろうっていう楽しみは、少なくなっているのかもしれません」
マリーは腕を組んだ。
「わざと苦戦しろってこと?」
「それは違うと思います」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
徹もすぐには答えられなかった。
数字を見て気になったことは言える。だからといって、解決方法まで分かるわけではない。
「他の人を見てみませんか」
「他の人?」
「上位の攻略配信者です。戦闘以外に何をしているのか、調べてみましょう」
マリーは画面を見つめ、やがて頷いた。
「……そうね」
徹はランキングを開いた。
そして、上の方にあった金髪の男の画像を押す。
「なんでよりによってこいつなのよ」
「上位だからです」
勇者マイト。
開いたチャンネルには、見慣れた攻略動画だけでなく、食事中のものや、化粧品を手にしたものまで並んでいた。
徹は食レポの動画を再生する。
マイトは皿の上の料理を紹介し、一口食べてから感想を述べていた。いつもの戦闘服とは違う格好で、店の雰囲気についても話している。
次はメンズコスメ。
小さな容器を手に取り、使い方を説明する。同じ商品の話でも、ただ褒めるだけではなく、どんなときに使うのかまで言っていた。
「この人、攻略だけじゃないんですね」
「節操がないのよ」
マリーの返事は早かった。
徹は再生数を確かめる。どちらも、ちゃんと見られている。
雑談企画を開くと、今度はコメントを拾いながら話すマイトが映った。
「こういうのも人気ありますね」
「ずっと喋ってるだけじゃない」
「それを見たい人がいるんでしょうね」
「……攻略は?」
徹は動画の一覧へ戻した。
攻略動画も、間を空けずに投稿されている。
「やってます」
「忙しい男ね」
マリーはそう言ったが、画面から目を離さなかった。
もう一度、食レポの動画へ戻る。マイトが説明している途中で、マリーの指が画面を指した。
「この話、さっきもしてなかった?」
「味の話ですね。今のは量のことです」
「美味しければいいでしょう」
「食べに行く人には、量も大事じゃないですか」
マリーは少し考えた。
「……それは、そうね」
徹は他の配信者も確かめようと、ランキングへ戻った。
画面を送ったところで指が触れ、予定していなかった動画が開く。
「あ」
映ったのは、外見やスタイルを強く前面に出した女性配信者だった。
徹が戻るボタンを探していると、隣から声がした。
「……こういうのって、やっぱり体形とか良くないと難しいわよね」
「え、やるんですか?」
「やらないわ! 配信者としての意地があるもの!」
「ですよね」
徹は動画を閉じた。
「……まあ、マリーは美人だから、こういう格好しなくても普通にバズると思いますけど」
返事がなかった。
次の動画を探しかけて、徹は顔を上げる。
マリーがこちらを見ていた。
「……あなたって」
「はい?」
「無自覚に人を恥ずかしくさせる天才よね」
「なんで!?」
マリーは答えず、タブレットへ視線を戻した。
白銀の髪が頬へかかる。その向こうで、耳が少し赤く見えた。
徹は自分の発言を思い返した。
おかしなことを言ったつもりはない。
他の配信者と比べても、マリーが綺麗なのは確かだ。それなら、わざわざああいう格好をしなくてもいいのではないか。
「……褒めたつもりなんですけど」
「分かってるわよ」
今度の返事は小さかった。
◇
二人で動画を見比べても、新しい企画はなかなか決まらなかった。
そこで、以前、女性誌の取材で世話になった神谷へ相談することにした。
配信が伸び悩んでいること。他の攻略配信者を調べたこと。攻略以外の企画も試してみたいこと。
徹が順に話すと、神谷は頷いた。
「別のキャラを作る必要はないと思うけどね」
「別のキャラ、ですか」
「攻略配信と違うことをしようとして、今度は食レポの人になったり、雑談の人になったり。そこまで構えなくていい、ということ」
マリーが首を傾げた。
「じゃあ、何を撮るの?」
「街を歩くところ。買い物するところ。ご飯を食べるところ」
「……それだけ?」
「何もしていなくてもいいよ。普段の配信では見られないでしょう、そういうマリーさんは」
徹は、先ほど見ていた動画を思い出した。
マイトが食事をしているだけでも、攻略中とはずいぶん違って見えた。マリーにも、そういう場面はある。
「素材がいいんだから、普通にしてればいいよ」
神谷があっさりと言う。
徹は隣を見た。
「ほら」
「あなたは黙ってて」
今度は、言い終える前に睨まれた。
神谷は二人を見比べ、わずかに口元を緩めた。
「まずは、撮ってみようか」




