↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/44

第43話 安管受付、推しの裏側を見る




「第五層まで、ですか?」


「ああ」


 男は面倒そうに答えた。


 愛理は申請内容と登録情報を確認する。


 過去の活動。


 現在の装備。


 今日の状態。


 書面と目の前の男を見比べる。


 第三層までなら、珍しくない。


 だが、第五層まで行くには、現在の装備も状態も不安が残る。


「飲酒されていますか?」


「少しだけだよ」


「飲酒状態での攻略は危険です。体調にも影響しますし、判断が遅れる可能性があります」


「酔ってないって」


「少なくとも、本日は第三層までに留めることを強くお勧めします」


 愛理は申請を受理しながら、男へ伝えた。


 攻略申請は、登山届に近い。


 安管は状態や装備を確認し、危険であれば警告や勧告を行う。


 だが、通常の攻略そのものを禁止することはできない。


「俺は第五層に行くって書いただろ」


「申請内容は確認しています。そのうえで、現在の状態では危険だとお伝えしています」


「申請は出したんだから文句ないだろう」


 男の声が大きくなった。


 周囲の利用者が、ちらりとこちらを見る。


 愛理は声の調子を変えなかった。


「文句ではありません。安全上の勧告です」


「俺がどこまで行けるか、受付の女に何が分かる」


 腹の奥が熱くなる。


 分からないから確認している。


 分からないまま送り出さないために、登録情報も装備も状態も見る。


「第五層には前にも行っている」


「到達歴があることは確認しています。ただ、過去に行ったことと、本日安全に行けることは別です」


「しつこいな」


 男が受付台を指で叩いた。


 隣の先輩職員が、何気ない動作で少し近くへ寄る。


 愛理も横目でそれを確認した。


「本日の状態では、第三層までに留めてください。勧告を拒まれる場合、その事実は記録します」


「勝手にしろよ」


「承知しました」


 男は吐き捨てるように言い、受付を離れた。


 愛理は端末へ向き直る。


 飲酒の疑い。


 第五層への申請。


 第三層までに留めるよう勧告。


 本人は拒否。


 感情を混ぜず、事実だけを記録する。


「大丈夫?」


 隣から小声で訊かれた。


「大丈夫です」


「腹立つよねえ」


「立ちますけど、記録には書けませんから」


「書いたら面白いのに。態度、最悪って」


「駄目です」


 答えながら、愛理は男の背中を見た。


 忠告を聞いてほしかった。


 あんな態度を取った相手でも、無事に戻ってきてほしい。


 それが仕事だった。


     ◇


 次に受付へ現れた二人を見て、愛理の内心は一瞬で浮上した。


 天使マリー。


 そして、稲垣徹。


 昨夜に続いて、今日も本人が来た。


 だが、仕事中である。


「攻略申請をお願いします」


「はい」


 徹が書類を差し出した。


 愛理は順番に確認していく。


「同行者保険は」


「加入済みです。更新内容も確認しました」


「撮影機材の行政検査は」


「ドローン二台とも有効期限内です。予備バッテリーは四本。緊急時用の通信端末は別にしています」


「本日の予定経路をお願いします」


「第五層を経由します。地形の変化が大きければ、その時点で戻ります」


「帰還予定は?」


 徹が答えるより先に、マリーが口を開いた。


「攻略が終わったらよ」


「それでは予定になっていません」


「終わるまでの時間なんて、敵によるでしょう?」


「それでも目安は必要です」


「マリー。さっき確認した時間でいいでしょう」


 徹が横から言った。


「あれはあなたが決めた時間でしょう?」


「マリーが『それでいい』と言ったので、二人で決めた時間です」


「……そうだったかしら」


「そうです」


 徹が予定時刻を答える。


 マリーは少しだけ不満そうだったが、訂正はしなかった。


 愛理は書類へ視線を戻しながら、二人のやり取りを聞いていた。


 徹は必要事項を先に整理している。


 申請だけではない。


 保険。機材。安全確認。


 現地で予定を変更する基準まで決めている。


 攻略者本人ではない。


 能力もない。


 それどころか、まだ高校生である。


 それでも、平均的な攻略者より手続きに慣れていた。


「何か不備がありますか?」


 視線に気づいたのか、徹が訊いた。


「いえ。問題ありません」


 愛理は業務用の笑顔で答えた。


 妙に話の分かるサポートの子。


 昨夜までは、その程度の印象だった。


 だが、書類だけではない。


 現場で何を確認すべきかまで、きちんと考えている。


 ――高校生なのに、どうしてここまで手続きに慣れているんだろう。


「お気をつけて。異常があれば、無理をせず引き返してください」


「はい」


「分かったわ」


 二人が並んでゲートへ向かう。


 マリーが半歩先を歩き、徹が端末を確認しながらついていく。


 愛理は、その背中が見えなくなるまで見送った。


     ◇


 窓口での勤務を終えた愛理は、交代で管制モニター担当へ回った。


 受付と同じ部屋の奥に、複数の画面が並んでいる。


 攻略配信を視聴者として見るとき、映るのは華やかな場面が中心だ。


 マリーが敵を倒す。


 巨大な斬撃が飛ぶ。


 コメントが流れ、視聴者が沸く。


 だが、管制映像には、その合間も映る。


 徹が立ち止まり、周囲を確認する。


 地図と現地を見比べる。


 一度選んだ道の足場が不安定だと分かれば、無理をせず戻る。


 撮影用ドローンの位置を直す。


 マリーの背後から近づく敵を知らせる。


「左の石柱には当てないでください。崩れたら帰路を塞ぎます」


『分かっているわ』


「昨日もそう言って、受領区画に尻尾だけ持ってきましたよね」


『あれは素材保全を始める前でしょう』


「昨日から始めたみたいに言わないでください」


 マリーが、振り上げた大剣の角度を変える。


 青白い斬撃が石柱を避け、敵だけを断った。


 倒れた敵の体も、原形を残している。


「……なるほど」


 愛理は、思わず声を漏らした。


 昨夜のワイバーンが、なぜあれほどきれいに残っていたのか。


 マリーが急に素材保全を覚えたわけではない。


 隣で、徹が止めている。


 壊してはいけない場所を伝える。


 攻撃する位置を選ばせる。


 最強の力が、必要以上の損失を出さないように。


 徹は、その隣で一つずつ確認していた。


 配信画面では、マリーの攻撃に歓声が上がる。


 管制映像では、その前後にある小さな仕事が見えた。


 徹は、何もかも分かっているわけではない。


 地形を見て迷うこともある。


 端末へ戻り、情報を調べ直すこともある。


 それでも、確認してから決める。


 分からないまま先へ進まない。


「見てる分には楽しいけど、きっと色々大変なんだろうなあ」


 愛理は小さく呟いた。


「誰の話?」


 隣の職員が訊く。


「日陰の仕事。縁の下の力持ちってやつです」


 受付も、配信ではほとんど映らない。


 攻略者を送り出し、戻ってきた後の処理を引き受ける。


 徹も同じなのだろう。


 表に立つマリーの隣で、誰にも注目されない確認を重ねている。


 だからこそ、昨夜、受付の仕事に気づいたのかもしれない。


 同じ裏方だから。


 そこまで考えたところで、一つのモニターに注意表示が出た。


 第五層。


 苔むした石畳の上で、誰かが倒れている。


 愛理は画面を拡大した。


「この人……」


 見覚えのある装備だった。


 今日、受付で忠告した男だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。