第41話 無能力サポート、地味な彼女の笑顔を初めて見る
四人は、ジュエリーショップの区画へ入った。
体験内容は、模擬接客と商品の説明だった。
参加者は交代で店員役と客役に分かれる。
茉莉は店員役の名札をつけ、展示台の前に立った。
客役の女子生徒が近づく。
「あの、すみません」
茉莉の肩が揺れた。
「……はい」
「プレゼントを探してるんですけど」
「……そうですか」
会話が終わった。
客役の女子生徒が困ったように笑う。
「えっと、何かおすすめはありますか?」
「おすすめ……」
茉莉は展示台を見る。
「誰に贈るものか、訊いてみましょう」
職員が小声で助け舟を出した。
茉莉は頷く。
「……誰に贈るもの、ですか」
「友達です」
「そうですか」
また終わった。
「さっきのエミと真逆だな」
誠が小声で言う。
「エミなら、もう友達の誕生日まで聞いてそうだ」
「好きな食べ物も聞きます!」
「接客中じゃないから静かにしろ」
徹が二人を止める。
客役の女子生徒は、気まずそうに展示台へ視線を落とした。
それから、丸い暗赤色の石を指す。
「これ、何ていう石ですか?」
「ガーネット」
茉莉の返事が、初めてすぐに返った。
「一月の誕生石です。赤いものが有名だけど、緑やオレンジのものもあります」
「赤だけじゃないんですか?」
「うん。成分によって色が変わるから」
茉莉が展示台へ少し身を寄せた。
「これは表面に細かい面を作って、光を返しやすくしている。でも、透明度が低い石や模様を見せたい石なら、表面を丸く磨くカボションの方が合うこともある」
「詳しいですね」
「……好きだから」
茉莉の声が、少しだけ大きくなった。
「石は、同じ種類でも一つずつ違う。色も、内側の模様も、光の返し方も違うから」
客役の女子生徒が、ガーネットを覗き込む。
「石言葉もあるんですよね?」
「一般には『真実』とか『友愛』。でも、石言葉だけで選ばなくてもいいと思う」
「どうしてですか?」
「見たときに好きだと思ったなら、それが一番だから」
茉莉が笑った。
眠気の残る目が、きちんと開いていた。
黒い瞳に、展示台の光が映っている。
目の前の石について話せることが、ただ嬉しい。
そんな顔だった。
「じゃあ、これにします」
客役の女子生徒がガーネットを選ぶ。
「友達に似合うと思うから」
「……うん。いいと思う」
茉莉が、もう一度笑った。
接客の手順は守れていない。
予算も訊いていない。
贈る相手の好みも、用途も確認していない。
それでも女子生徒は、来たときより楽しそうな顔で石を見ていた。
模擬接客が終わる。
茉莉が名札を外したとき、指が制服の襟元へ触れた。
その指に引かれ、服の下から細い鎖と赤い石が覗く。
「綾瀬、それって……」
茉莉の肩が跳ねた。
反射的に襟元を押さえる。だが、隠すには一瞬遅かった。
赤い石を握ったまま、茉莉が徹を見る。
眠そうだった目が、大きく開いていた。
「赤い宝石。ルビーかなんかか?」
徹が石を指す。
「やっぱり好きなんだな、そういうの」
一拍遅れて、茉莉の肩からわずかに力が抜けた。
「……うん」
握っていた石へ目を落とす。
「好き。だから」
「よくできてるな」
徹は、もう一度だけ赤い石を見る。
「じっくり見たことはないけど、マリーのとそっくりだ」
茉莉の指が、再び強く石を握った。
細い鎖が張る。
「……そう、かも」
天使マリーのグッズには、同じ形を模したネックレスがある。
マリーの配信を見ていて、宝石にも詳しい。
徹の中では、それだけで話が繋がった。
茉莉は赤い石を襟元へ戻した。
それからもしばらく、その手だけは胸元に残っていた。
◇
体験時間が終わりに近づいても、茉莉は展示台のそばに残っていた。
職員に頼まれ、別の参加者へ石の違いを説明している。
「……接客、下手だな」
徹が呟く。
「お前、本人に聞こえるぞ」
誠が横から肘で小突いた。
「でも」
徹は、楽しそうに話す茉莉を見る。
「あれが一番大事なことだよな」
「何が?」
「楽しそうにやること」
誠も茉莉を見る。
「確かにな」
それだけ言って、笑った。
◇
帰りの電車では、誠と笑美が今日の体験を振り返っていた。
「やっぱ整備だな。俺、才能あるかもしれん」
「すごかったです、マコト先輩!」
「そうだろ?」
「でも、トオル先輩もすごかったです!」
「そこで俺と比べるなよ」
「トオルは高校生じゃなくて、バイトの集合体だからな」
「人を怪異みたいに言うな」
徹は向かいの席から返した。
笑美が楽しそうに笑う。
「綾瀬先輩も、すごかったです。宝石の話をしてるとき、別人みたいでした」
徹の隣で、茉莉は眠っていた。
窓へ頭を預け、電車の揺れに合わせて黒髪が小さく動いている。
いつもの寝顔だった。
ただ、学校で机に突っ伏しているときより、表情が柔らかい。
右手は、制服の胸元に添えられていた。
(起きて楽しそうにしてる綾瀬、初めて見たな)
徹は、今日の茉莉を思い返した。
宝石のことを話す声。
石を覗き込む横顔。
客役の生徒が石を選んだときの笑顔。
上手ではなかった。
それでも、楽しそうだった。
自分はどうだろう。
ファミレスも、コンビニも、イベント会場も、荷運びも。
必要だったから働いた。
生活するために覚えた。
できることを増やせば、それだけ次の仕事へ繋がった。
楽しいかどうかなど、考えたことはなかった。
では、いまの仕事はどうだ。
深夜に連絡を寄越す上司。
話を最後まで聞かず、一人で先へ行こうとする最強配信者。
経費も税金も分からず、レシートへ付箋を貼れるようになっただけで得意そうに胸を張る天使。
徹の口元が、少し緩んだ。
「……まあ、楽しい、かなあ?」
「何か言ったか、トオル?」
誠が訊く。
「何でもない」
徹は窓の外へ目を向けた。
夕焼けの向こうで、大ゲートの光が少しずつ近づいている。
その隣で、茉莉は赤い石を優しく包んだまま、満足そうに眠っていた。
電車が揺れる。
指の間から覗いた赤い石が、夕日を一度だけ返した。




