第40話 無能力サポート、職業体験では誰より頼りになる
四人はエプロンと帽子を受け取り、カウンターの中へ入った。
体験内容は、注文の受け付け、レジ操作、商品の準備、受け渡し。
職員から一通りの説明を受けると、徹はレジと壁の手順書を見比べた。
「すみません」
「はい?」
「注文を確定したあとに修正する場合は、このボタンで合ってますか?」
「はい。削除する商品を選んでから押してください」
「支払い後は?」
「その場合は、職員を呼んでください」
「アレルギー表示は、この一覧を見て答えればいいですか?」
「そうです」
違うところだけを確認する。
ファミレスやコンビニで使っていた機械とは違うが、注文を受けて、間違いがないか確かめ、商品を渡す流れは同じだった。
「マコト、先に飲み物を頼む。エミは注文。綾瀬は受け渡しをやってくれ」
「了解」
「はい、トオル先輩!」
「……分かった」
三人の返事に、わずかな時間差があった。
最初の客役がカウンターへ来る。
同じ学校の男子生徒だった。
「いらっしゃいませ!」
笑美が、明るい声で迎えた。
「ご注文はお決まりですか?」
「いや、それが……どっちにするか迷ってて」
男子生徒が、二つの商品を見比べている。
笑美も同じようにメニューを覗き込んだ。
「どっちも、すごくおいしそうですよね」
「そうなんだよ」
「甘いものが好きなら、こっちがいいと思います。こっちは少し辛いみたいですけど、辛いものは大丈夫ですか?」
「苦手かも」
「じゃあ、こっちですね!」
「そうする」
笑美は、初対面の相手と話しているようには見えなかった。
相手の迷いへ自然に入り込み、急かさず、会話の中から注文を決めていく。
男子生徒も、最初より楽しそうな顔で笑っていた。
「ご注文は、こちらでよろしいですか?」
「うん」
「ありがとうございます!」
「エミ」
徹が小声で呼ぶ。
「はい?」
「店内か持ち帰りか、聞いてない」
「あっ」
笑美が固まった。
すぐに男子生徒へ向き直る。
「すみません! 店内で食べますか?」
「持ち帰りで」
「はい!」
笑美が入力しようとして、今度はレジのボタンの前で止まる。
「トオル先輩」
「右上」
「ありがとうございます!」
操作は危なっかしい。
それでも、相手を待たせている空気は不思議となかった。
笑美が笑えば、客役の生徒もつられて笑う。
「接客、上手いな」
徹が言う。
「本当ですか?」
「手順は抜けるけど」
「そこは次、すごく上手くやります!」
「普通に上手くやってくれ」
注文を受けた笑美が誠へ伝える。
「マコト先輩、飲み物をお願いします!」
「了解。氷は?」
「普通です!」
「普通ってどれくらいだ」
「手順書どおり」
「先にそれを言え!」
誠が飲み物を用意し、徹が商品の内容を確認する。
「綾瀬、三十二番」
茉莉は商品を持ち、カウンターへ向かった。
「……お待たせ、しました」
声が小さかった。
客役の生徒が聞き返す。
「え?」
「お待たせしました」
「番号は?」
茉莉は商品を見る。
次に、番号札を見る。
「……三十二番」
「はい」
商品が手渡される。
役目を終えた茉莉は、逃げるようにカウンターの奥へ戻ってきた。
「できただろ」
「ほとんど番号を言っただけ」
「受け渡しの仕事だからな」
「次もあるの?」
「職業体験だからな」
茉莉は、明らかに嫌そうな顔をした。
その横では、笑美が次の客へ声をかけている。
「いらっしゃいませ! あ、そのキーホルダー、すごくかわいいですね!」
注文と関係のないところから、すでに会話が始まっていた。
◇
次に入ったのは、輸送と物流の区画だった。
台車と、大きさの違う段ボール箱。
行き先を示す番号札。
徹は説明を受けると、箱を行き先と重さで分けた。
「マコト、奥の棚から頼む。手前を先に埋めると通れなくなる」
「了解」
「エミは赤い印の箱。一個ずつ運んでくれ」
「はい、トオル先輩!」
「走るなよ」
「走りません!」
「綾瀬は番号を読んでくれ」
「……それならできる」
徹自身は台車を押さえ、箱の位置と通路を確認する。
肩へ負担がかかる作業は誠たちへ任せた。
「二十七。奥から二番目」
「次」
「十四。手前」
「それは最後だな」
「どうして?」
「先に置いたら、奥へ運べなくなる」
「……なるほど」
引っ越しや物流の現場では、物を持ち上げることより、置く順番の方が重要になることがある。
通路を塞がない。
同じ場所へ運ぶ物をまとめる。
壊れやすい物を下へ置かない。
徹にとっては、以前の現場で何度も注意されたことを繰り返しているだけだった。
完成した棚を見て、職員が頷く。
「早かったね。次の人が取り出しやすいようにもなってる」
「棚に入れて終わりじゃないでしょうから」
「そこまで考えられるのは、立派だよ」
徹は軽く頭を下げ、空になった台車を元の位置へ戻した。
茉莉が、番号表を手にしたまま見ている。
「……稲垣くん、こういうところだと迷わないんだね」
「やったことがあるだけだよ」
「でも、知らない機械も使ってた」
「分からないところは、職員の人に聞いたからな」
徹は台車から手を離す。
「初めてのことは、できる人に聞けばいい」
茉莉は、その言葉を聞いて黙った。
何か言いかけたが、結局は口にしなかった。
◇
整備体験の区画で主役になったのは、誠だった。
小型の搬送機を点検し、異常のある箇所を探す。
目立った破損はない。
警告ランプも点灯していない。
徹には、どこがおかしいのか分からなかった。
「何だろうな、これ」
誠が機械の周囲を一周する。
しゃがみ込み、側面へ顔を近づけた。
「ここ、変じゃないか?」
「どこです?」
職員が訊く。
「風が……いや、空気かな。ここだけ流れが違う気がする」
誠が指したのは、細い配管の接続部だった。
職員がカバーを外す。
中にあったホースが、わずかに緩んでいた。
「正解。小さな空気漏れだ。よく分かったね」
「え、本当に?」
「音もほとんどしないのに」
誠は自分の指先を見た。
「能力、使えないのにな」
「普段から風を扱ってるから、感覚が残ってるのかもね」
「感覚……」
誠はもう一度、配管へ手をかざす。
瞳の色は変わっていない。
風も起きていない。
それでも、そこにある空気の流れを確かめるように、ゆっくり手を動かした。
「マコト先輩、すごいです!」
「だろ?」
「急に調子に乗ったな」
「褒められたときくらい乗らせろよ」
誠が笑う。
本人は、それ以上深く考えなかった。
◇
いくつかの区画を回ったあと、茉莉の足が止まった。
通路の先。
ガラスケースのような展示台に、色とりどりの石が並んでいる。
ジュエリーショップの職業体験だった。
赤。
青。
緑。
照明を受けて、小さな石がきらめいている。
茉莉は何も言わなかった。
ただ、そこから目を離さなかった。
「次、あれにするか?」
徹が訊く。
茉莉が、ゆっくり振り返る。
「……いいの?」
「自由行動だろ。見たいなら行けばいい」
「私は別に、見たいとは」
「顔に出てるぞ」
茉莉は黙った。
「綾瀬先輩、宝石が好きなんですか?」
笑美が訊く。
「……少しだけ」
少しだけと言う人間の目ではなかった。




