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第30話 無能力サポート、深夜三時の擁護者を知らない





 そのときだった。


 教室の扉が勢いよく開いた。


「先輩!」


 月島笑美が、スマホを両手で握りしめ、徹の机へ飛び込んできた。


「この記事、見ましたか!?」


「ああ、うん」


「嘘ばかりでダメです、すっごく!」


 笑美は教室に響く声で言い切った。


「私、あのとき助けてもらった本人ですよ! クッキーだって、お礼で持っていっただけです。それを、あんな!」


「月島。声、声」


 徹が茉莉の方を見ながら、右手を上下させる。


「だって、腹が立ちませんか!」


「立つけど、ここで立ってもしょうがない」


「私、コメント書きました。全部違いますって」


 徹は、少し驚いた。


「書いたのか」


「書きました。名前も出しました。本人ですって。あのとき先輩に助けてもらったんですって」


 まっすぐな目だった。


 こういうとき、この子は本当に迷わない。


「……ありがとう」


 徹は、素直に頭を下げた。


「助かる。本当に」


「いえ! 当然のことです!」


 笑美が、ぱっと笑った。


 そんなやり取り中の、その隣。


 机に突っ伏したままの綾瀬茉莉が、ぼそりと言った。


「……なんか、モヤモヤする」


 誠が振り返る。


「綾瀬、何か言ったか?」


「……別に」


 茉莉は顔を上げなかった。


「あれ」


 笑美が、首をかしげた。


「稲垣先輩のお隣、なんか機嫌悪くないですか?」


 徹は隣を見た。


 言われてみれば、そうかもしれない。いつもより突っ伏し方に力がこもっている気がする。


「綾瀬。体調、悪いのか」


「……」


「保健室、行くか」


「……寝てるだけ」


「大丈夫なのか」


「……気にしないで」


 茉莉は、それきり動かなくなった。


 徹は少し考えて、そっとカーテンを引いた。


 日差しが、彼女の顔から外れる。


 あまり、触れないでいた方がいいだろう。


 徹はそう結論づけて、自分の席へ戻った。


 ――その数時間後、


《渦中の後輩女子本人が専属サポートを擁護》


 という新しい切り抜きが生まれ、さらにまた数時間後には、


《擁護アカウントは本人の自作自演か》


 という、まったく別の話に育っていくとは、このときは誰も知らなかった。


     ◇


 その夜。


 綾瀬茉莉は、布団の中でスマホを握りしめていた。


 寝るつもりだった。


 明日は学校がある。


 最近、ただでさえ寝不足だ。


 だから今日は十二時まで。十二時になったら絶対に寝る。


 そう決めていた。


 現在時刻。


 午前一時十四分。


「……なんでよ」


 スマホの画面には、一時間前に投稿された動画が表示されていた。


《渦中の後輩女子が〝専属くん〟を擁護「先輩に助けてもらった」》


 再生数、十八万。


 昼間、笑美が書いたコメントが、大きく切り抜かれている。


『月島笑美です。動画に出ている本人です。稲垣先輩とはそういう関係ではありません。クッキーは助けてもらったお礼です。第三層でも先輩に助けてもらいました』


 その下に、コメントが流れていた。


『本人来た』


『この子、例の後輩?』


『かわいい』


『本人が否定してるなら終わりだろ』


『解散』


 そこまではよかった。


 問題は、その下だった。


『いや、本人が擁護するのは普通では?』


『先輩後輩の関係なんだから言いづらいだろ』


『この子に凸るのはやめよう』


『女の子を矢面に立たせるなよ』


『専属くん本人が説明すればいいだけでは?』


『なんで後輩に説明させて本人黙ってんの?』


『盾にしてて草』


「盾になんかしてないでしょうが……」


 茉莉は呟いた。


 昼間のことを思い出す。


 笑美は、自分から来た。


 自分からコメントしたと言っていた。


 徹は頼んでいない。


 むしろ困っていた。


 なのに。


 画面の中では、いつの間にか、


《後輩女子に弁明させ、自分は沈黙する稲垣徹》


 という話になっていた。


 茉莉の親指が動いた。


 LiMa@。


 それが、茉莉が使っているアカウントの名前だった。


『月島さんは自分の意思でコメントしています。稲垣徹さんが書かせたという根拠はどこにもありません』


 送信。


 すぐに返信が来た。


『なんで分かるの?』


 茉莉の指が止まった。


「……え?」


『本人の意思ってなんで分かるんですか?』


『関係者?』


『この垢ずっと専属くん擁護してない?』


「…………」


 茉莉は、アカウント名を押した。


 自分の投稿履歴が並ぶ。


『一枚目の映像は第三層での救助中です』


『稲垣徹はクッキーを受け取っていません』


『その場面の前後三十秒を見てください』


『「調子に乗っている」は事実ではなくあなたの感想ですよね』


『彼はマリーの攻略に必要な仕事をしています』


『無能力であることとサポート能力には関係がありません』


 並べてみると。


 多かった。


 ものすごく、多かった。


「……ちょっと擁護してるだけじゃない」


 自分に言い聞かせた。


 通知。


『LiMaって奴、詳しすぎない?』


 通知。


『専属くん関連にだけ毎回いる』


 通知。


『投稿時間やば』


 通知。


『昨日の午前三時にもレスバしてて草』


 通知。


『仕事しろ』


「学生よ!」


 思わず声が出た。


 茉莉は布団から顔だけを出し、部屋の扉を見る。


 誰も来ない。


 ほっとして、またスマホを見る。


 新しい投稿が流れてきた。


《専属くん擁護アカウント「LiMa@」について》


「……は?」


 自分の名前がタイトルになっていた。


 震える指で開く。


『現在炎上中の天使マリー専属サポート、稲垣徹。そんな彼を猛烈に擁護しているアカウントがある』


 自分の投稿が次々と画面に映る。


『アカウント名はLiMa@。投稿の大半が稲垣徹、あるいは天使マリーに関するもの』


「だから何よ」


『特に炎上後は、稲垣徹への批判に対して数分以内に反論することも多い』


「見てるんだから当たり前でしょう」


『そして興味深いのが、その情報量だ』


 画面に、茉莉のコメントが表示された。


『一枚目の映像は第三層での救助中です。前後三十秒を見てください』


『稲垣徹は攻略中、戦闘以外の補給、装備管理、安全確認などを担当しています』


『マリーは攻略後に喉を痛めやすいため――』


「――あ」


 茉莉の親指が止まった。


 そこまで書いた。


 書いてしまった。


 動画の音声が続く。


『配信に映っていない情報まで、なぜこの人物は知っているのだろうか』


 コメント欄が流れる。


『あっ』


『これは』


『関係者確定?』


『マリーのスタッフじゃね?』


『本人説あるな』


『専属くん本人じゃない?』


『自分で自分を擁護してんの?』


「違う!」


 茉莉は起き上がった。


『違います。本人ではありません』


 送信。


 三秒。


『本人じゃない証拠は?』


「そんなものあるわけないでしょう!」


 返信。


『じゃあ関係者?』


『本人じゃないなら誰だよ』


『身内の火消しで草』


『必死すぎ』


『専属くん、女の次は自演かよ』


 違う。


 徹は何もしていない。


 このアカウントの存在すら知らない。


 昼間だって、


『この人、すごいですね。深夜三時までやり合ってます』


 そう言っていた。


 何も知らずに。


 少し嬉しそうに。


 熱心なファンなんでしょうか、と。


「……私よ」


 茉莉は呟いた。


 誰にも聞こえない。


「私が勝手にやってるだけなの」


 もう一度、コメントを打つ。


『稲垣徹さんは、このアカウントとは一切関係ありません』


 送信。


『なんで言い切れるの?』


『本人じゃなきゃ無理だろ』


『墓穴掘ってて草』


『関係ありません(本人)』


『火消し失敗』


「だから……!」


 指が動く。


『本人ではありません』


 送信。


『では関係者ですか?』


『違います』


 送信。


『じゃあなんで内部事情知ってるんですか?』


 止まった。


 答えられない。


 自分がマリーだから。


 そんなこと、言えるはずがない。


『答えられなくて草』


『はい確定』


『逃げた』


「逃げてないわよ……」


 小さく呟く。


 通知が、また増えた。


 一件。


 三件。


 十件。


 二十件。


 画面を更新するたびに増える。


 そしてとうとう、


《稲垣徹、自作自演で世論誘導か》


 という投稿が流れてきた。


 茉莉は、それを見つめた。


 さっきまでの記事には、


《疑惑》


 と書かれていた。


 今度は違った。


 画面いっぱいに、


《自作自演》


 と書かれている。


 徹は何もしていない。


 なのに。


 自分が守ろうとしたせいで。


 疑惑が、一つ増えた。


「…………」


 スマホを伏せた。


 部屋が暗くなった。


 静かだった。


 これでいい。


 もう見ない。


 反論しなければ、そのうち流れる。


 明日の朝になれば、きっと別の話題になっている。


 茉莉は目を閉じた。


 ぶるっ。


 スマホが震えた。


 目を閉じたまま耐える。


 ぶるっ。


 また震えた。


 ぶるっ。


 ぶるっ。


 ぶるっ。


「…………」


 茉莉は目を開けた。


 画面を見る。


『マリー可哀想だな』


 その一言があった。


 指が止まった。


『こんな奴が専属とか見る目なかったな』


 その下。


『そもそもマリーにこいつ必要?』


「……」


 違う。


 それだけは。


 違う。


 茉莉はスマホを持ち直した。


 LiMa@。


 返信欄を開く。


『必要です』


 打った。


 消した。


 もう一度。


『彼は必要です』


 消した。


『稲垣徹は、天使マリーに必要なサポートです』


 指が止まる。


 送信した。


 すぐに返信が来た。


『だからなんでお前が決めるんだよw』


「……私が決めるのよ」


 茉莉は、誰にも聞こえない声で言った。


「私のサポートなんだから」


 午前二時四十分。


 十二時には寝るつもりだった。


 茉莉は枕を背中に入れ、座り直した。


 通知欄を開く。


 未読、三十七件。


「……全部、相手してあげるわ」


 親指が動き始めた。


 その夜も。


 綾瀬茉莉が眠ったのは、空が明るくなり始めてからだった。





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