第29話 無能力サポート、三十二万回再生される
第三ゲート前。
今日も配信を終えた徹は、タブレットを開いてマリー宛の通知欄を順に潰していた。
マリー宛のメールを確認するのも、サポートの仕事だ。
「マリー。来週の取材、二本立てになりました」
「そう、分かったわ。攻略の邪魔にならない時間にスケジュールを組んで頂戴」
「分かりました。あと、安管からで、先週の小ゲートについての調査依頼が来ています」
「分かったわ」
マリーは大剣を収めながら、気のない返事をした。
徹は次の項目へ進む。
「あと、これは業務外の話ですが」
「なに?」
「最近、変なアカウントがあるのを知りまして」
マリーの動きが、止まった。
「マリーを叩いたり、俺のあることないことを吹聴したりするアカがいるんです。炎上対策で全部見てるんですけど。それで」
徹は、そのアカウントを開く。
ゴシップ記事のような切り抜き動画が流れる中、コメント欄で繰り返し流れる名前。
LiMa@というアカウントが、そのコメント欄で大量のコメントをしていた。
そのほとんどが、マリーや徹を弁護する内容だった。
「この人、すごいですね。深夜三時までやり合ってます」
「……そう」
「相手が十人いても引かないんです。論理が雑なときもありますけど、熱意はある」
「そう」
「興味ありませんか」
「ない……わけじゃないわ」
マリーはコートの襟を直した。
やけに丁寧に、二回直した。
「熱心なファンなんでしょうか。ありがたい話です」
「……そう」
「マリー」
「何?」
「なんか顔色が悪いですよ」
「……そういうときもあるわ」
マリーはそう言って離れていく。
徹はタブレットへ視線を戻し、次の項目を確認した。
◇
翌日の昼休み。
教室の空気が、いつもと違った。
スマホを見ている生徒が多い。
別に珍しいことではない。昼休みなのだから、みんなスマホくらい見る。
ただ、見たあとに徹を見る。
目が合うと、逸らす。
またスマホを見る。
「……なんだ?」
徹が首をかしげていると、
「トオル」
誠が、渋い顔でスマホを差し出してきた。
「これ、見たか」
画面には、一本の動画が表示されていた。
再生数、三十二万。
タイトルは、
『天使マリーの〝専属くん〟を調べてみたら結構ヤバかった』
「……なんだこれ」
徹は再生ボタンを押した。
軽快な音楽と一緒に、見覚えのある映像が流れ始める。
『いま話題の天使マリー。その専属サポートとして最近よく名前が出る、この少年をご存じだろうか』
自分だった。
マリーの後ろを歩いている。
荷物を持っている。
タブレットを操作している。
どれも配信に映り込んだ自分だった。
『名前は稲垣徹。現役高校生』
そこで画面が切り替わった。
大きな文字が出る。
《能力――なし》
「……そこ強調する?」
『そう。実は彼、能力を持っていない』
次。
《戦闘実績――なし》
次。
《探索者としての目立った実績――確認できず》
次。
《それでも天使マリーの専属サポート》
「いや、待て」
徹は思わず声を上げた。
「サポートなんだから戦闘実績なくてもよくないか?」
「最後まで見ろ」
誠の声が低かった。
動画は続く。
『もちろん、無能力だから問題だと言いたいわけではない』
画面の端に、小さく文字が出る。
《※能力の有無による差別を意図した動画ではありません》
「予防線だけ完璧だな」
『ただ、国内トップクラスの探索者である天使マリーの専属スタッフに、なぜ彼が選ばれたのか。その経緯について疑問を持つファンも少なくない』
画面が切り替わる。
今度は、三か月前の第三層だった。
崩れかけた遺跡の前。
爆発魔法の後輩女子と、徹が並んでいる。
『そして最近、彼の周辺では女性探索者との距離の近さも指摘されている』
「……命がけで逃げてる最中だぞ、これ」
「知ってる」
次の映像。
笑美が、手作りクッキーを差し出している。
徹が困った顔をしている。
その瞬間だけが、切り抜かれていた。
『後輩の女性探索者から、手作りと思われるプレゼントを渡される場面も』
「受け取ってない」
「知ってる」
次。
救助された直後の笑美が、徹の顔を見上げている。
『別の日には、同じ女性探索者とこの距離』
映像が止まった。
笑美の顔。
徹の顔。
二人の距離を示す赤い矢印まで付いている。
『もちろん、これだけで不適切な関係があると断定することはできない』
「じゃあ言うなよ」
『しかし、天使マリーという巨大な影響力を持つ探索者の専属スタッフという立場を考えれば、その振る舞いには一定の説明責任があるのではないだろうか』
動画が終わった。
徹は、しばらく画面を見つめた。
「……なんだ、これ」
誠が何も言わない。
徹はコメント欄を開いた。
一番上。
『女関係は知らんけど、そもそも何でこいつがマリーの専属なの?』
一万二千いいね。
その下。
『無能力なの初めて知った』
『高校生だったの?』
『別に無能力でもいいけど、トップ探索者の専属なら普通もっと専門家つけない?』
『マリー本人が選んでるならよくね?』
『選んだ経緯が分からないって話でしょ』
『こいつ前に事故現場にいた奴?』
『それでマリーと知り合ったらしい』
『つまり助けてもらってそのまま専属?』
『コネじゃん』
「……コネ」
徹が呟いた。
「いや」
誠がすぐに言った。
「お前、仕事してるだろ」
「してるけど」
徹は画面をスクロールした。
『戦えない奴がダンジョン入って何すんの?』
『荷物持ち』
『それ高校生にやらせる必要ある?』
『マリーならちゃんとしたスタッフ雇えるだろ』
『専属って肩書きだけで有名人になった感』
『最近こいつ単体で切り抜かれてるの普通にキツい』
『マリーの横にいるだけで人生変わった男』
『勝ち組で草』
『無能力でも女にモテる方法→天使に寄生する』
そこで徹の指が止まった。
少しだけ笑った。
「……上手いこと言うな」
「笑うところじゃねえだろ」
「いや、まあ」
徹はスマホを誠へ返そうとして――やめた。
もう少し下を見る。
『女関係の記事はさすがにこじつけだろ』
そんなコメントもあった。
徹は少し安心した。
だが、その返信欄には、
『俺も女関係はどうでもいい』
『問題はそこじゃない』
『専属になった経緯と資格の話だろ』
『安全管理に関わる仕事ならちゃんとした人間置いた方がいいんじゃないの?』
『これアンチとかじゃなく普通の疑問なんだけど』
『何かあってからじゃ遅いからな』
徹の指が、止まった。
さっきまでの罵倒とは違った。
笑えなかった。
「……まあ」
徹は、小さく言った。
「それは、そうなんだよな」
「は?」
「俺、資格なんて大したの持ってないし」
「トオル」
「能力もない」
「だからなんだよ」
「いや」
徹は笑った。
「外から見たら、そう見えるよなって」
たまたま第三層にいた。
たまたまマリーに助けられた。
そのあと、たまたま声をかけてもらった。
気づけば専属になっていた。
自分では仕事をしてきたつもりだ。
荷物を揃えた。
予定を組んだ。
素材を管理した。
スポンサーへの連絡も覚えた。
マリーが喉を痛めないように、水とのど飴を用意した。
だけど。
そんなものは、配信にはほとんど映らない。
画面に映るのはいつも、敵を一撃で吹き飛ばす天使マリーと。
その後ろを、荷物を持って歩いている自分だ。
『マリーに必要なの、この人?』
そのコメントに、三千を超えるいいねが付いていた。
徹は、少しだけ長くそれを見た。
「……三千人か」
「見るなって」
誠がスマホを取り上げた。
「こういうのは見ても得しねえよ」
「でも、三千人がそう思ってる」
「三千人が間違ってるだけだ」
「三千人全員?」
「全員だ」
即答だった。
徹は少し笑った。
「マコト、こういうとき強いな」
「お前が弱すぎるんだよ」




