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第28話 無能力サポート、天使の隣を選ぶ




 相変わらず、騒がしく動く警察署の中。


 警察車両はほとんどが出払っており、出入り口前はすっかり開けている。


 その空間に、堂々と立つ白銀の天使――マリーは、警察署を背に大道路の先を見続けている。


 そして、徹もまた、マリーと同じものを見ていた。


「稲垣くん」


 竹内が徹に声をかける。


「警察と消防は準備できています」


「区役所もOKだそうっす」


 いつの間にか依田も現れていた。


「ありがとうございます。すみません、忙しいのに」


「いえ」


 竹内が眼鏡を押し上げる。


「これも仕事ですから」


「そうっす。市民を守るのが、警察のお仕事でしょ」


 真面目な顔で答える竹内と、飄々と笑いながら答える依田。


 それなのに、二人の答えが同じだということに気づいて、徹は笑ってしまう。


「マリー」


 徹がマリーに声をかけようとする。


 そのとき、警察署の喧騒をかき消すほどの轟音が響いた。


「……早いわね」


「マイトさんか」


 徹は、竹内と依田の方へ向き直した。


「少し早いんですが」


「大丈夫です」


「OKっす」


 徹の胸元のスマホに着信が入る。


 スマホを取る。マイトからだった。


『小ゲートは破壊した。予定どおりだ』


「ありがとうございます」


『だが』


『すでに流出した分だけで、百を軽く超えているぞ』


 マイトから画像が送られてくる。


 モンスターの群れを、上空から撮影したものだった。


『俺の能力でも、あれを一度にやるには十分な溜めが必要だ。仮にやれても、住宅街のど真ん中ではな』


「分かっています。あとは」


「オレたちの仕事です」


 マイトがその意図を問う前に、住宅街にけたましくサイレン音が鳴り響いた。


 百以上のモンスター群は、そのサイレンに驚いたのか、先頭が進路を変える。


 それにつられ、後続も同じ方向へ。


「これは」


 上空にいるマイトだから、その状況が分かった。


 住宅街の各所に、パトカーや消防車が置かれている。


 そして赤色のライトやサイレンを鳴らし、モンスター群を誘導する。


 動物に近い反応をするモンスターだ。その効果は抜群だった。


 いわば、音と光で追い立てているのだ。


「マリー」


 徹は一言だけ、マリーに声をかける。


 背に預けた大剣へ、マリーが手を伸ばす。


「……抜剣」


 淡く光る刀身。ただでさえ巨大な刀身が、さらに大きく見える。


 マリーはその大剣を、その華奢な体に似合わず、横一文字に構えた。


「間もなくです」


 徹がそう言った瞬間、大通りにモンスターの群れが飛び出してくる。


 そして、マリーの光にあてがわれたかのように、彼女の方へ向かって進んでくる。


 蝋燭に群がる蛾のように。


 徹は、文字通り手に汗を握っていた。


 ここまでは彼の思い通り。あとは、最後の一撃のみ。


 それがうまくいくかどうか、緊張してしまう。


「トオル」


「はい」


「力や速さよりもタイミングが大事、でしょう」


「そのとおりです」


「大丈夫」


 ヴァリアントの光が、さらに増した。


「私は、天使マリーよ」


 モンスターの群れが、すべて大通りに流れた。


「マリー!」


「やあああああ!!」


 徹が声をかけ終えるか否か、マリーのヴァリアントが真横に振り抜かれた。


 光が直線道路を走り、モンスター群が次々と薙ぎ倒されていく。


 そして、その光の波が消えたとき――


 モンスターはすべて、たった一閃で動きを止めていた。


 その様子を上空で見ていたマイトの額に汗が流れた。


(警察や消防車両によるモンスターの誘導、行政による直線道路周辺の避難、そしてマリーのヴァリアントによる広範囲制圧……)


(その段取り、横断的な構成。それを成し遂げたのは)


 マイトは、マリーの横に立つ徹を見た。


「やはり、欲しいな。稲垣徹」


 マイトは笑いながら、興奮を抑えられないでいた。


     ◇


 日が沈む頃には、封鎖線の内側にも静けさが戻り始めていた。


 救急車の赤色灯が回り、職員たちが散乱した資材を片づけている。


 徹が折れた案内板を運んでいると、壁にもたれていたマイトが声をかけた。


「答えは出たか」


 何の答えか、聞き返す必要はなかった。


「はい」


「聞こう」


 徹は案内板を壁際へ置いた。


「誘ってくれて、ありがとうございます。条件も、オレにはもったいないくらいでした」


「前置きはいい」


「すみません。辞退します」


 マイトは驚かなかった。


 少なくとも、表情には出さなかった。


「理由は」


 徹は答えようとして、言葉を探した。


 金額なら、マリーの方がおかしい。


 装備も、将来の道も、マイトの方が整っている。


 人を見る目もある。出した指示は正しく、現場で徹の判断にも従った。


 断るために、否定できるものが何もない。


「さっき、マイトさんはオレに“最適解を用意しろ”と言いました」


「それが?」


「すごく分かりやすかったです。必要な答えを出せば、マイトさんが判断してくれる」


「当然だ。責任は指揮官が取る」


「はい。正しいと思います」


 徹は遠くを見る。


 白い翼は、もう消えていた。


 マリーは消防の聞き取りを受けながら、何度もこちらを気にしている。目が合う前に、徹はマイトへ向き直った。


「でも、マリーは“任せた”って言ったんです」


「同じことだろう」


「たぶん、違います。オレがどこへ振らせるかも、確かめなかったので」


 あの一瞬。


 マリーは、疑わなかった。


 正しいかどうかを確かめるより先に、自分の力の行き先を徹へ預けた。


「あの人の隣には、まだ決まってない仕事が山ほどあるんです。誰も必要だと思ってないのに、放っておくと困ることばっかりで」


「それは、雇用環境が未整備なだけじゃないのか」


「……それは、本当にそうです」


 反射的に認めると、マイトの眉がわずかに動いた。


「だから、直さないといけません。オレ、まだ途中なので」


「将来の保障を捨ててでも?」


 痛いところだった。


 胃の奥が重くなる。


 それでも、答えは変わらなかった。


「はい。オレは、マリーのサポートですから」


 マイトは黙って徹を見た。


 長い沈黙のあと、息を吐く。


「そうか」


 それ以上、説得はしなかった。


 徹の判断を、判断として受け取った。


 だからこそ最後に向けられた目は、少しも評価を下げていなかった。


     ◇


 現場の片づけが一段落した頃。


 マリーは署の裏手で、一人、徹を待っていた。


 表にはまだ報道陣がいる。


 配信もない。カメラも、歓声もない。


 足音に顔を上げると、やってきたのは徹ではなくマイトだった。


「お前のところに残るとよ」


 マリーは何も言えなかった。


 聞き間違いではないかと、相手の顔を見る。


 マイトは冗談を言う顔をしていない。


「……そう」


「お前のところじゃ、もったいない」


 反論の言葉は、いくつも浮かんだ。


 私の方が強い。


 私の配信にはトオルが必要だ。


 私が選んだサポートに、口を出さないで。


 けれど、どれも口にはできなかった。


 深夜二時に送ったメッセージ。


 六千万を、メッセージ一通で渡そうとした夜。


 経費も税金も分からないまま、領収書を捨て続けていた日々。


 心当たりがありすぎた。


「条件は、お前より上だ。装備も、卒業後の道も用意した。それでも断った」


 マリーの指が、白いコートの袖をつまむ。


「どうして」


「俺が知るか。本人に聞け」


 聞けるはずがないことを知っているような声だった。


 マイトは踵を返す。


「今回は、譲ってやる」


「今回は?」


「あいつの価値が下がったわけじゃない。むしろ上がった。また条件を整えてくる」


「来なくていいわよ!」


 思わず声を上げたときには、マイトはもう片手を振って歩き去っていた。


 裏口の扉が閉まる。


 静かになった通路で、マリーは一人、立ち尽くした。


 天使マリーの強さを選んだ人間なら、いくらでもいた。


 勝つから。数字を持っているから。隣にいれば、自分も上へ行けるから。


 条件が悪くなれば、いなくなった。


 もっと良い場所を見つければ、そちらへ行った。


 それが普通だった。


 なのに。


 比べたうえで、残った。


 白い袖をつまんだ指に、少しだけ力がこもる。


 やがて徹が、署の角から姿を見せた。


「すみません、待たせました」


「……遅いわ」


「片づけを手伝ってたので」


「知ってる」


 いつも通りの顔で歩いてくる。


 条件を断ったことも、その理由も、自分からは何も言わない。


 マリーも、聞いたことを言えない。


「帰りましょう」


「はい」


 二人並んで歩き出す。


 歩幅は、少しだけマリーの方が遅かった。


     ◇


 翌朝。


 徹が教室へ入ると、自分の机の上に小さな瓶が置かれていた。


 見覚えのある栄養ドリンクだ。


 隣の席では、茉莉が机に伏せている。


 眠っているにしては、背筋が妙に固い。


「綾瀬」


 肩が跳ねた。


「これ、綾瀬の?」


「し、知らないわ」


「でも、いつも飲んでるやつだよな」


「たまたま同じものを、誰かが置いたんじゃないかしら」


「誰が?」


「……私よ」


 茉莉は観念したように顔を上げた。


 眠そうな目が泳いでいる。


「昨日、疲れたでしょう。だから、その……」


「ありがとう」


 徹が素直に受け取ると、茉莉は逆に困った顔をした。


 もっと何か言うべきだと思ったのだろう。


 何度か口を開いて、閉じる。


 そして、やっと出てきた言葉は。


「……お、お疲れさま。これからも、よろしく」


「……」


 徹はポカンと口を開けた。


 茉莉からそんな言葉を聞くとは夢にも思わなかったからだ。


「な、なに?」


「いや、なんかバイト仲間みたいだなあと」


「ち、違っ――」


「朝から何やってんだ、お前ら」


 登校してきた誠が、二人の間から栄養ドリンクを覗き込んだ。


「もしかして、綾瀬からの差し入れか……二人もしかして、そういう仲?」


「誤解だ」


「誤解よ」


「ほら息ぴったし」


「「ご・か・い!!」」


「昨日は勇者にスカウトされ、今日は綾瀬の意味深な差し入れ。トオル、来てるな」


「「だ・か・ら!!」」


 徹と茉莉が何か言う前に、始業ベルが鳴った。


 誠は手をヒラヒラさせ自席に向かう。


 徹は、はあ~とため息をつく。


 一方の茉莉もまた、机に顔を突っ伏しながら、はあ~とため息をついた。


 髪の間から見える彼女の耳が真っ赤だったことに、気づく者はだれもいなかった。




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