第26話 無能力サポート、断る理由を見つけられない
表彰式は、何事もなかったように進んだ。
これまでの迅速な救助活動と避難誘導。その功績に、マリーと徹へ感謝状が贈られる。
マイトも、別件の大規模救助活動で表彰を受けていた。
式の最後には、三人並んでの記念撮影まで用意されていた。
「では、マリーさんとマイトさん、握手をお願いします」
係員の言葉に、二人はにこやかに向き合った。
「さすがだわ、勇者マイト」
「こちらこそ。今後も期待しているよ、天使マリー」
固く結ばれた手。
完璧な笑顔。
シャッターが連続して鳴る。
徹は少し離れた位置から、しみじみ二人を眺めた。
プロだなあ、二人とも。
あれほど嫌い合っているのに、カメラの前では完璧に笑える。自分には一生できそうにない。
なお、握手した二人の指が白くなるほど力んでいたことには気づかなかった。
◇
「帰るわよ、トオル!」
式が終わるなり、マリーは早足で出口へ向かった。
「すみません。その前に、マイトさんへ礼を言ってきてもいいですか」
白いコートが翻る。
「なんで、あの男に」
「この前のグリフォン戦、マイトさんのアーカイブが役に立ったんで」
「お礼するほどのこと?」
「まあ、筋を通さなきゃということで」
マリーは不満そうに徹を見た。
「……三分」
「子どものお使いじゃないんですから」
「五分」
「はい」
「私は先に出口で待っているわ。五分よ」
念を押し、彼女は廊下の角を曲がった。
徹は来た道を引き返す。
マイトを見つけたのは、控室の前だった。
スタッフへ指示を出し終えたところで声をかける。
「マイトさん」
「トオルか。返事が決まったか?」
「いえ、その前に。アーマーグリフォンの件で、お礼を言いたくて」
「ほう?」
「腹部を狙って能力を使い、倒していましたよね。あの動画で、弱点に気づけました」
マイトの眉が、わずかに上がった。
「見たのか、俺の配信動画」
「はい、だいたい一通りは。一・五倍速ですけど」
一・五倍速と言ったところで、徹が頭をかく。
「かまわん。グリフォンの弱点、よく拾ったな。うちの連中は、俺の配信すらまともに見ちゃいない」
褒められたはずなのに、徹は返事に迷った。
マイトは気にした様子もなく、次の言葉を口にする。
「ちょうどいい。条件を話そう」
「いや、オレはまだ高校生で」
「知っている。学校を辞めろとは言わない」
マイトは、横にあったベンチに腰掛ける。
そして手にしていたタブレットを操作し、徹の方へ向けた。
表示された金額を見て、徹は黙った。
桁を数え直す。
もう一度、数え直す。
「……多すぎます」
「成果には相応の対価を払う」
「高校生に毎月払う額じゃないですよ、これ。胃が痛くなります」
「なら、慣れろ」
「慣れでどうにかなるんですか」
いつか六千万をメッセージ一通で渡そうとした上司とは、別方向に話が通じない。
マイトは画面を横へ払った。
次に並んだのは、装備品の一覧だった。
「防護服、通信機、撮影機材、支援端末。必要なら、護身用の武器も用意する。スポンサーの製品から選べ。市販前のものも回せる」
「オレ、武器はまともに使えませんよ」
「使えないなら訓練をつける。無能力と丸腰は別の話だ」
正しい。
徹が困った顔をすると、マイトは自分の肩を指で叩いた。
ジャケットに刺繍された、いくつものロゴ。
そのどれもが、徹でも知っている有名企業のものばかりだった。
「嘘だろ。そんな企業までダンジョン装備を?」
「去年からだ。うちと共同で開発部門を立ち上げた」
徹の頭に、古いアーカイブの映像が浮かんだ。
薄暗い洞窟。荒い画質。傷だらけの無地の装備。
当時のマイトには、企業ロゴなど一つもなかった。
「どうだ?」
マイトは、初めて少しだけ楽しそうに笑った。
「スポンサーは装備をくれるだけじゃない。出資金、情報、そして人と人との繋がり――いわゆるコネというやつだ。俺は、普通の企業と、普通に話ができる人間を探してる」
画面に、マイトが出演するCMが流れる。見覚えのある企業のものばかりだ。
「お前は、組織において自分に何ができるかを考え、決めたことを最後までやる。そういう人間は、攻略の現場より外でこそ必要だ」
金額を見たときは、困るだけでよかった。
装備を見た時にも、自分には過ぎると流せた。
けれど――。
徹の愛想笑いが消えた。
「俺のところへ来れば、卒業後の就職でも、進学でも、起業でも。お前が無能力だからという理由で、入口に立てないことはなくしてやれる」
マイトに悪意はなかった。
むしろ、親切だった。
「配信の仕事は、いつまでも稼げるとは限らない。マリーがいつまで今の形で活動するかも分からない。将来まで考えるなら、使える道は多い方がいい」
徹の脳裏に、母親の顔が浮かんだ。
それから引っ越し代。家賃。これからの生活……将来の生活。
マイトは、徹が一番欲しかったものを差し出している。
それは正当に評価しているということだ。
自分のしてきたことを見たうえで、必要だと言われているということだ。
断る理由が、見つからなかった。
「……少し、考えさせてください」
「いいだろう」
マイトは即答した。
そして徹に名刺を差し出し、徹はそれを受け取った。
その顔には、待つ者の余裕があった。
◇
五分を過ぎても徹が来ない。
マリーは警察署の正面玄関前で、三度目の時刻確認をした。
遅い。
たかがお礼に、何を話しているのか。
戻ろうとしたところで、向こうからマイトが歩いてきた。
「待ちぼうけか」
「違うわ」
「そうか」
マイトは足を止めず、世間話でもするように言った。
「お前のところのサポートは、俺の誘いを断らなかったぞ」
マリーは振り返った。
「……何の話?」
「さっきの続きだ。正式に条件を出した」
マリーが目を丸くする。
「トオルは、なんて」
「考えるそうだ」
それだけ告げて、マイトは通り過ぎた。
引き留める声が出なかった。
廊下の先から、徹が小走りで戻ってくる。
「すみません、五分過ぎました」
「……」
「マリー?」
「何でもないわ。行きましょう」
何を話したのか。どんな条件だったのか。移るつもりなのか。
色々な言葉がマリーの頭に浮かぶ。
どれも雇い主として当然の確認だ。
それなのに、口を開けば別の言葉が出た。
「はちみつレモンののど飴、忘れてないでしょうね」
「今日は配信じゃないですけど」
「確認しただけよ」
徹は首を傾げ、それ以上は聞かなかった。
そしてマリーがゆっくりと足を進めようとした、そのとき。
警察署全体に、警報が鳴った。




