第21話 無能力サポート、後輩にファンだと告白される
放課後の第三ゲート脇、配信の撤収を終えた徹の前に、段ボール箱が積み上がっていた。
六つ。いや、七つ。どれもマリー宛のファンからの贈り物である。
「ファンは大事よ」
マリーは箱を覗き込み、満足そうに頷いた。
徹も覗き込むと、花やお菓子、高級そうなケースなど色々と入っていた。
そして神妙な顔で、マリーに声をかけた。
「この、常温で届いた手作りっぽいお菓子は、食べないでください」
「ダメなの?」
「誰が、どんな環境で作ったか分からないので」
「ファンよ?」
「ファンでも、食中毒は防げません」
マリーは口を尖らせたが、案外あっさり引き下がった。
この人は理屈が通れば聞く。感情で押しても動かないが、筋が通っていれば従う。徹は二か月かけて、その扱い方を覚えてきた。
「あと、こっちの箱ですが」
徹は、ひときわ立派な包装の箱を指した。
「送り状に『高級腕時計』とあります。開けないほうがいいかもしれません」
「あら、嬉しいわね」
「嬉しくないです。高価すぎるプレゼントは、受け取ると収入になる場合があるので」
マリーの動きが止まった。
「……収入?」
「一定額を超えると、贈与とみなされて、申告が必要になります」
徹は箱を脇へよけた。
「つまり、これを受け取ると、税金が増えます」
「増える」
「増えます」
マリーは、しばらく箱を睨んでいた。
「……ファンは、大事よ」
「言い方が変わりましたね」
先月、経費という概念を知ってから、この人は税金にめっぽう厳しくなった。
マリーは箱の方を睨んでいたが、徹の方を向きなおした。
「トオル。税金を、増やさない方法はないの」
「実は最近知ったんですけど」
徹はタブレットを開いた。
「ダンジョン控除です。正式名称は『探索者社会貢献活動控除』。低層階攻略者の補助や救助、行政の要請に応じると社会貢献ポイントがつき、区税が最大三パーセント下がります」
「三パーセント」
マリーが繰り返した。その目が、わずかに細くなる。
「ちなみに、過去の活動でも、対象になるものがありました」
「対象って……」
「少し前に、洞窟で初心者パーティーを助けましたよね。あれ、対象です」
「……申請していないの?」
「していません。知りませんでした」
「先月の、警察への協力は」
「あれも対象でした。竹内さんが行政記録に残すと言っていたので、たぶん申請できます」
「それは」
「……まだ、していません」
マリーは、無言で徹の袖を掴んだ。
抗議なのか、催促なのか、判然としない。ただ、その指に力がこもっているのは分かった。
あの日、彼女は控除のことなど何も知らずに、三人を助けた。少年を捜すために警察を護衛した。それが全部、対象だった。
徹が専属サポートになってからだけでも、これだけあるのだ。
もし過去の対象をしっかり申請していたら、どれだけになるだろうか。
「……やれる分は、ちゃんとやります」
「絶対よ」
「絶対にやります」
こうして、初心者補助という新しい業務が、二人の予定に加わった。
◇
翌日の昼休み。
徹が購買のパンを片手に教室へ戻ると、机のそばに女子生徒が立っていた。同じ制服だが、顔に覚えはない。下級生だろう。
ショートカットの薄いブラウンの髪が、耳のあたりで揺れている。
その子は、徹の顔を見た瞬間、ぱっと表情を輝かせた。
「あっ、稲垣先輩ですよね!」
「え、俺?」
「こんにちは! あのときは、助けてくれてありがとうございました!」
勢いよく頭を下げられ、徹は面食らった。
「ええと……あのとき、というのは」
「覚えてませんか? ブルーアーマービートルです!」
その単語で、記憶が繋がった。
少し前、天使マリーの攻略中に飛び込んできた救難要請。狭い洞窟で巨大な甲虫に追い詰められていた、初心者パーティーの三人。そのうちのひとりだ。
「ああ、あのときの。無事でよかったよ」
「はい! 先輩の誘導のおかげです!」
「よう、トオル」
横から誠が顔を出した。そして、女子生徒を見て「お」と声をあげる。
「エミじゃん。何してんの、こんなとこで」
「あっ、誠先輩! お久しぶりです!」
「知り合いか?」
徹が尋ねると、誠は親指で彼女を示した。
「俺の中学の後輩。元吹奏楽部」
「月島笑美です! 一年B組です!」
笑美は改めて名乗り、それから徹に向き直った。
「私、天使マリーさんに憧れてダンジョンに入ったんです。でも全然うまくいかなくて、ビートルに囲まれて、もうダメだって思ったとき」
彼女は、目を輝かせたまま続けた。
「先輩が来て、すごく落ち着いて指示を出してくれて。能力もないのに、誰よりも冷静で。私、あれからずっと考えてたんです」
「はあ」
「自分にできることをする人って、こんなにかっこいいんだって」
徹は、返事に詰まった。
「私、稲垣先輩のファンになりました!」
その一言に、教室の空気が一瞬、止まった。
徹は、自分の顔が少し熱くなるのを感じた。悪い気は、しない。能力もない自分が、誰かにこうまで言われることは、そうそうない。
「いや、俺は、大したことは」
「大したことです! すごいです!」
笑美は身を乗り出した。
「あの、それでですね。次は私も、同行させてもらえませんか」
「同行?」
「先輩たちの攻略に! もっと近くで、先輩の仕事を見て、勉強したくて!」
まっすぐな目だった。
(……そういえば初心者の攻略補助やらなきゃ、って話していたな)
徹は、先日マリーと話していた内容を思い出し、頷いた。
「マリーに確認しておくよ。俺の一存じゃ決められないから」
「本当ですか! ありがとうございます!」
その、すぐ隣。
徹の席で、机に突っ伏していた綾瀬茉莉の肩が、ぴくりと動いた。
「……勝手に決めないでよ」
小さな、ほとんど聞き取れない声だった。
「ん? 綾瀬、何か言ったか」
「……寝てる」
「今、喋ったよな」
「……寝言」
茉莉は顔を上げなかった。
徹は不思議に思いながらも、笑美との会話へ戻った。
髪の隙間から覗く茉莉の耳が、うっすら赤いことには、誰も気づかなかった。




