第2話 無能力サポート、仲間の能力で初心者泣かせを倒す
「エクスプロージョン!」
爆発音が響いた。名前のわりには、ずいぶん小さな爆発だった。
「ああ、素材が……」
徹の口から、思わず悲鳴が漏れる。
爆発魔法を放ったのは、誠の後輩だという女子生徒だ。確かに大ネズミは倒せた。しかし、その身体はひどく損傷している。
誠のタブレットに、行政AIの判定が表示された。
『大ネズミ 危険度E
推定討伐報酬 五百円
素材価値 二百五十円(損傷により減額)』
「……半分だ」
「行くぜ!」
大斧を持った男子と、短剣を構えた小柄な男子が、別の大ネズミへ駆けていく。
「マコト先輩、補助を!」
「任せろ――風の保護よ!」
誠の魔法を受けたふたりの速度が上がった。逃げ出した大ネズミに追いつき、危なげなく討伐する。
「すげえな。これがダンジョン攻略か」
徹は五人分の荷物を抱えたまま、感心していた。
同時に、倒されたモンスターから目をそらす。
「……ちょっとグロいけど」
◇
「視聴者、増えねえなあ」
しばらくして、誠が配信用タブレットを見ながら呟いた。コメントはほとんど流れていない。
「今日は天使マリーと勇者マイトの配信があるからな」
答えながら、徹は大ネズミから素材を回収する。
討伐報酬は一体五百円。素材をきれいに回収しても七百五十円程度だ。五体倒したところで、四千円にも届かない。
ここから五人で分配し、消耗品代まで引けば赤字だろう。
「前は一体千円を超えてたのに。暴落しすぎだろ」
「大量発生したらしいからな。供給過多だろ」
「トオル、詳しいな」
「金が絡むんだ。下調べくらいする」
徹が素材回収を終えると、誠たちは深刻な顔で相談を始めた。
「このままだと赤字だ」
「だからって、どうするんです?」
誠は少し迷ったあと、タブレットに地図を表示した。
「第三層へ行こう」
仲間たちの表情が固まる。
第三層。浅層には違いないが、初心者と一人前を分ける『探索者の登竜門』だ。
「先輩、今日は第二層までって……」
「いきなりは無理っすよ」
「奥へは行かない。入口付近のヘルニュートだけ狙う」
誠がタブレットを操作すると、討伐依頼の詳細が開いた。
『ヘルニュート 危険度C
推定討伐報酬 二千円
素材価値 一千円
周辺警戒情報 異常なし』
「五体倒せば、黒字か」
「だろ?」
徹はタブレットを覗き込み、画面の隅を指さした。
「マコト。この警戒情報、最終更新が三時間前だぞ」
「そんなの、いつもこんなもんだって」
「誰も見てないってことか?」
「見てる奴のほうが少ない」
徹は口を閉じた。バイト先なら確認するところだが、ここでは自分が新入りだ。
「あと、毒液への対策は?」
徹が尋ねると、全員が黙った。
「……食らったら、すぐ戻る」
「それ、対策って言わないだろ」
「でも、このままじゃ赤字だし」
部活。定期テスト。彼女へのプレゼント。推しの限定グッズ。
次々に事情が並べられ、結局、全員が第三層行きに同意した。
「入口付近だけなら、何かあってもすぐ戻れる」
「何とかなるって」
その言葉を聞いて、徹は眉をひそめる。
バイト先で「何とかなる」なんて計画を出したら、確実に怒られる。
「マコト。本当に、やめたほうが――」
「大丈夫だって。第三層といっても、入口だけだ」
嫌な予感は消えなかった。
それでも徹は、雇われた荷物持ちにすぎない。最後まで強く反対することは、できなかった。
◇
「……言わんこっちゃない」
崩れかけた遺跡の陰で、徹はため息をついた。
誠たち四人も、青ざめた顔で座り込んでいる。
遺跡の外では、八体のブラックウルフが獲物を探していた。
大型犬ほどの身体。剥き出しの牙。群れで連携して獲物を追い詰めることから、『初心者泣かせ』と呼ばれるモンスターだ。
そして、連中が探している獲物とは、間違いなく徹たちだった。
後方は瓦礫で塞がれている。第三層の入口は、群れの向こう、約三百メートル。
逃げ道はない。
「何かないのか?」
誠が三人の能力者を見る。
「こう、一発逆転できる能力とか……」
「私の爆発魔法は、詠唱に時間がかかります。あんなに散らばってたら……」
「俺の身体強化でも、八体は無理っす」
「気配を消しても、この見晴らしじゃ逃げ切れないよ……」
全員が誠を見た。
「俺の風魔法も、基本は補助だからな……」
重い沈黙が落ちる。
配信用ドローンだけが、そんな五人を映し続けていた。
『自業自得』
『準備不足』
『本日のピンチ配信はここですか?』
コメント欄も冷たい。
能力者四人が答えの出ない相談を続けるなか、徹は遺跡の中を見回していた。
何か使えるものはないか。
火で追い払う? 火を起こす道具がない。
救助を待つ? 緊急信号は送ったが、到着まで三十分以上かかる。それでは遅い。
何か。状況を変える、何か――。
「……ん?」
徹は足元に手を触れた。床は劣化しており、指でこするだけでも表面が粉になる。
上を見る。天井にも大きな亀裂が走っていた。
次に、仲間たちの装備と能力を確かめる。
大斧。爆発魔法。気配遮断。そして、風の補助魔法。
ひとつでは役に立たない。だが、組み合わせれば。
「マコト」
「ん?」
「補助魔法って、無能力者の俺にもかけられるか?」
四人が、そろって徹を見た。
遺跡に逃げ込んでから初めて、そこに徹がいることを思い出したような顔だった。
「かけられるけど……」
「それなら」
徹は立ち上がる。恐怖で鼓動は速い。それでも、口元には笑みが浮かんでいた。
「ひとつ、試してみたいことがある」
◇
「……本当にやるのか?」
誠が心配そうに尋ねた。
徹は、全員から集めたタオルやリュック、タブレットケース、ベルトまで身体に巻きつけている。
見栄えは最悪だ。だが、一度くらいなら牙を防げるかもしれない。
「大丈夫。たぶん、うまくいく」
「たぶんって……」
「絶対なんて言ったら嘘になるだろ」
徹は屈伸をしながら、遺跡の外を見た。
「俺が合図したら、手筈どおりに」
「トオル……ごめん。俺が誘ったせいで」
「気にしてるなら、時給三千円に上げてくれ」
ふたりは小さく笑った。
「風の保護よ!」
徹の身体を風が包む。
そして徹は、遺跡から一歩踏み出した。
「おい、ブラックウルフ!」
八体の狼が、一斉に振り向く。
全身が凍りついた。膝が震え、背中を冷たい汗が伝う。
今すぐ逃げたい。けれど、やるべきことは決まっている。
「こっちだ!」
徹は背を向け、遺跡の奥へ走った。
群れが追ってくる。足音が、すぐ後ろまで迫っていた。
「はあっ、はあっ……!」
前だけを見る。
バイトでもダンジョンでも、徹のやることは変わらない。
今の自分にできることを探す。手順を組み立てる。そして、最後までやる。
「ひっ……!」
牙が首元をかすめ、巻いていたタオルを引き裂いた。
近い。想像以上に速い。涙が滲む。
それでも走る。
やがて、床に描いた赤い印が見えた。
「マコト――今だ!」
「風の保護よ!」
小柄な男子とともに気配を消していた誠が、姿を現す。
補助魔法が重ねられ、徹の身体がさらに軽くなった。
「こんちくしょおおおおっ!」
徹は床を蹴り、全力で跳んだ。
その直後、ブラックウルフたちの足元が崩れる。大斧の男子が掘った、即席の落とし穴だ。
狼たちが次々と穴へ落ちていく。
「今だ! 天井を!」
「はい! エクスプロージョン!」
小さな爆発が、亀裂だらけの天井を揺らした。
一拍の静寂。
直後、轟音とともに天井が崩落する。落とし穴へ、無数の瓦礫が降り注いだ。
モンスターの悲鳴が響く。
徹は頭を抱え、床を転がった。
やがて、音が止む。
「マコト! みんな!」
「大丈夫だ!」
砂埃の向こうから、四人が現れた。全員無事。怪我もない。
「やったな、トオル!」
「すげえよ!」
徹は大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。
「よかったあああ……」
タブレットから、立て続けに通知音が鳴る。
『全員無事でよかった!』
『無能力なのにすげえ』
『能力の組み合わせ方がうまい』
『こいつ、サポート向きじゃね?』
「視聴者、増えてるぞ!」
「収益が出たら、時給に上乗せな」
「もちろんだ。トオルのおかげだからな、相棒!」
そのとき、頭上から小石が落ちた。
徹たちは、そろって天井を見る。遺跡全体が、低く軋んでいた。
「……これ、まずくないか?」
「全員、走れ!」
再び崩落が始まる。五人は競うように遺跡から飛び出した。
平原へ出ても、すぐには足を止めない。
ブラックウルフから逃げ切った。全員で危機を乗り越えた。
誰かが笑い出した。すぐに、全員が笑っていた。
先頭を走る徹は、先ほどのコメントを思い返していた。
『こいつ、サポート向きじゃね?』
もしかすると。無能力者の自分でも、この街でやっていけるのかもしれない。
仲間と笑いながらダンジョンを攻略する。そんな未来も、悪くない。
今日は、その記念すべき第一歩だ。
そう思って後ろを振り返った――次の瞬間。
世界が、暗転した。




