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第17話 無能力サポート、休日を知らない天使に気づく




 撮影当日。


 スタジオはダンジョン区の商業階層にあった。


 ゲートの内側だ。魔素がある。マリーは、マリーのままでいられる。


 照明が組まれ、レフ板が立ち、カメラマンが三脚を調整している。


「よろしくお願いします」


 スタッフへ頭を下げるマリーの声は、いつもの配信の声だった。


 撮影は、驚くほど順調だった。


 剣を構えろと言われれば構える。笑えと言われれば笑う。もう少し顎を引いて、と言われれば正確に引く。


「うわ、すご……」


 女性カメラマンが小さく漏らした。


「全部、一発で決まる」


 徹はモニターの端でそれを見ていた。


(プロだよなあ)


 この人は、天使マリーであることについては、本当に一分の隙もない。


 まるで天使マリーは、天使マリーになるべくしてなったかのようだった。


「では、次は私服カットをお願いします」


 神谷が言った。


 マリーが振り返った。


「私服ですか?」


「はい。ご自分の服を、お持ちいただくようお願いしていたかと」


 徹は、スタジオの隅に置かれた荷物へ目をやった。


 マリーが持ってきたのは、装備ケースが一つだけだった。


「……マリーさん?」


「これだけど」


 マリーは、自分の着ている白いコートの襟を、指でつまんだ。


 ホーリーシンボル。ヴァリアントが生成する、彼女の装備そのものである。


 スタジオが、しん、と静まった。


 神谷だけが、まったく表情を変えなかった。


「なるほど。では、こちらで用意したものをお願いできますか?」


 柔らかい声だった。


 誰のことも責めていない声だった。


 だからこそ、徹の背中に嫌な汗が浮いた。


 スタイリストが慌ただしく動き、マリーが裏へ案内、もとい連れていかれた。


 十五分後、見たことのない格好で戻ってきた。


 淡い色のワンピース。丈の長いカーディガン。


 白銀の髪が、いつもより柔らかく見えた。


 顔は、恥ずかしそうに俯いていた。


「……」


 徹は、なぜか一歩下がった。


「……なにか言いたそうね」


「いえ」


「なによ」


「業務に集中します」


「……あ、そう」


 マリーは、それ以上聞かなかった。


 ただ、カメラの前に立つまでの数歩、いつもより歩幅が小さかった。


 撮影が終わり、インタビューが始まった。


 神谷の質問は柔らかく、そして、正確だった。


「装備の選定基準を教えてください」


「重量と、耐性と、可動域。この三つが九割。残りの一割は見た目」


「見た目も」


「配信者だもの」


「戦術の組み立て方は」


「地形と退路を先に決める。攻撃は、そのあと」


「攻略中のお食事は」


「行動食は糖質と塩分。回復薬との併用は三十分空ける。水は十五分ごとに少量」


 徹はモニターの端で聞いていた。


 どの答えにも迷いがない。数字が入る。理由が付く。


 本当に、プロだった。


 ただ、答えのすべてが、攻略者としての答えだった。


 装備。戦術。食事。睡眠。体調。全部、ダンジョンの中の話だ。


 ダンジョンの外にいる誰かの話が、一つも出てこない。


「普段は、どんな服をお召しですか」


「……あのコートを」


 マリーのトレードマークである純白のホーリーシンボルが壁に掛けられている。


 マリーは、それを指さした。


「素敵ですね。ずっとそれで?」


「……ええ」


「お仕事の日も、そうでない日も」


「……ええ」


 神谷が、ページをめくった。


「では、休日は何をして過ごされていますか」


 徹の肩が跳ねた。


 マリーが答えない。


 スタジオの音が、少しだけ遠くなった。


 照明。カメラ。スタッフ。全員が、待っている。


 電話でもなく、二人きりでもない。空欄のまま次へ進めるような場所ではなかった。


「……何も、していないわ」


 徹は、冗談だと思って笑おうとした。


 笑えなかった。


 彼女の横顔が、冗談を言っている顔ではなかったからだ。


「どこかに出かけたりとか。お気に入りのカフェとか」


「……特にないわ」


 神谷は、それ以上追及しなかった。


 メモも取らなかった。


 それが、いちばん怖かった。


 インタビューが終わり、機材の撤収が始まる。


 神谷が、マリーの前へ来た。


「本日はありがとうございました。とても良い写真が撮れました」


「こちらこそ」


「それで、ひとつお願いが」


 神谷は、手帳を開いた。


「休日のお写真を、後日いただけますか」


 マリーの動きが止まった。


「……休日の」


「はい。編集部で撮ったものではなく、ご自身の休日を、ご自身で。八ページのうち、二ページをそこに使いたいんです」


「……戦っているところではだめなの」


 マリーの声が、わずかに固くなった。


「だめではありません。ただ」


 神谷は、少しだけ声を落とした。


「読者は、強い人の強いところは、もう知っているんです」



「知りたいのは、その人が何にお金と時間を使っているか。それが、その人ですから」


 徹は、息を止めた。


 昨日の夜、自分が電話で言った言葉と、ほとんど同じ形をしていた。


「締切は一週間後です」


 神谷は、いつもの柔らかい笑顔に戻った。


「お待ちしていますね」


     ◇


 帰り道。


 商業階層の通路には、人工の夕方が降りていた。


 天井のはるか上、再現された空がオレンジ色に染まっている。ダンジョンの中だと分かっていても、毎回、少しだけ現実感が薄れる光景だった。


 今日は、なかなか強敵でしたねーー徹は口を開きかけて、やめた。


 何を言っても、余計になる気がした。


 その前で、マリーが立ち止まった。


「トオル」


「はい」


「休日を攻略するわよ」


 徹は、二秒ほど黙った。


「……攻略、ですか」


「攻略よ」


 マリーが振り返る。


 夕日の色を受けて、白銀の髪が金色に見えた。


「相手は未知の階層。地図もない。攻略情報もない。装備の推奨も出ていない」


「たしかに、出てないですね」


「でも、あなたがいるわ」


 言い切られた。


 迷いのない声だった。ドラゴンロードの前で聞いたのと、同じ種類の声だった。


 マリーのまっすぐで曇りのない眼が、徹を貫いた。


「……分かりました」


 徹は頷いた。


「日曜日、九時にゲート前で」


「早いわね」


「攻略ですから」


「そうね。攻略だもの」


 マリーは満足そうに歩き出した。


 その背中を追いながら、徹は自分の手元を見た。


 攻略計画。装備。退路。想定コスト。


 いつもの手順が、頭の中でひとりでに組み上がっていく。


 だが、その先が組み上がらなかった。


 ――何をすれば、休日を攻略したことになるのか。


(俺も、地図を持ってないな)





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