表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/20

第15話 無能力サポート、公権力に見せ場を封印される




 地上へ戻ったのは、二十二時三十分だった。


 救急隊が少年を担架へ乗せていく。脱水と捻挫。命に別状はない。


 徹は行政タブレットの時刻表示を見つめた。三十分の超過である。


「マリーさん、稲垣くん」


 竹内が歩み寄ってきた。


「本日はご協力、ありがとうございました。おかげで最悪の結果を避けられました」


「いえ。少年が無事でよかったです」


「それで、ひとつご相談が。第七層以降の収録映像ですが、後日公開のほうも、見送っていただけませんか」


 マリーが腕を組み答える。


「少年の顔と氏名は、編集で伏せます。ご家族の同意も、これから取るつもりですけれど」


「そちらではないのです」


 竹内は眼鏡を押し上げた。


「伏せていただきたいのは、少年ではありません。稲垣くんの労働時間です」


 徹は自分を指差した。


「俺ですか」


「警察の依頼を受けた十七歳が、二十二時を過ぎて現場に立っていた。その記録が全国へ流れますと……その、いろいろと、まずいのです」


「捜索協力への感謝は正式に通知しますし、行政記録にも残します。ただ、公表はできません」


 つまり、本日最大の見せ場である第七層の戦闘と救出は、永久に世へ出ない。


 徹は静かに配信データを確認した。


 ライブを切る直前の同時接続、四十七万人。画面を閉じずに待っている視聴者が、いまも三万人残っている。


「……収益が」


「トオル」


「後半、たぶん過去最高だったんですよ。切り抜きも、スポンサー枠も、全部……」


「トオル」


 マリーは徹の肩へ手を置き、実に立派な顔で、こう言った。


「市民の義務を、果たしたまでよ……」


 声が震えていた。


「震えてますよ」


「震えていないわ」


「必ず公開するって、四十七万人に約束しましたよね」


「言わないで」


「胸に手まで当ててましたよね」


「言わないで」


 二人はしばらく、並んで俯いていた。


 そこへ、担架の上から声がかかった。


「あの……!」


 少年だった。


「ありがとうございました。俺、天使マリーみたいになりたくて、それで勝手に潜って……ごめんなさい」


 マリーは担架のそばへ膝をついた。その表情が、配信で見せるあの完璧な笑顔へ切り替わる。


「謝る相手は私じゃないわ。まずはご家族に」


「……はい」


「それと、装備の確認と、退路の確認と、行政への事前申請。全部、面倒くさいでしょう」


「はい……」


「それを全部やるのが、探索者の仕事よ」


 マリーは少年の頭へ、そっと手を置く。


「まだまだ、ダンジョン攻略はこれからよ。頑張ってね」


 救急車のドアが閉まる。その光景を、徹は少し離れた場所から見ていた。


(……いい上司で、いい先輩だよなあ)


 深夜二時にメッセージを送ってこないなら、完璧なのだが。


「では、我々はこれで」


 竹内が敬礼し、堀田が慌てて頭を下げる。


 最後に、依田が振り返った。


「今日はあざーした。また会いましょう」


 人懐こい笑顔だった。


 三人の背が、夜の街へ消えていく。マリーは、その方向をじっと見ていた。


「どうかしましたか?」


「……いえ」


 ラージモスキートが空中で止まった、あの一瞬。


 あれは風でも、地形でも、ましてや偶然でもなかった。


「何でもないわ。帰りましょう」


 マリーは首元の赤い宝石へ触れ、それから歩き出した。


     ◇


 その夜。綾瀬茉莉の部屋。


 黒いジャージ。よれた靴下。飲みかけのゼリー飲料。


 茉莉は布団の中で、検索欄に文字を打ち込んでいた。


『深夜業 禁止 十八歳未満』


『二十二時以降 働かせた どうなる』


 解説サイトが並ぶ。難しい漢字が並ぶ。


 目が滑るたびに読み直し、三時間かけて、彼女はひとつの単語へ辿り着いた。


『罰せられるのは、使用者です』


「……使用者」


 使用者。つまり、働かせている側。


 トオルへ仕事を頼んでいるのは。


 深夜二時に連絡を送っていたのは。


「……私だ」


 布団の中で、茉莉はゆっくりと丸くなった。


「わ、私だ……!」


     ◇


 翌朝。


「おい、専属くん」


「その呼び方をやめろ」


 登校した徹の机を、誠たちが取り囲んでいる。全員、スマホを構えていた。


「昨日の配信、後日公開するって言ってたよな。いつ出るんだ?」


「……未定だ」


「未定!?」


「編集に時間がかかるんだよ」


「マリー様、胸に手まで当てて約束してたぞ」


「……大きめの編集作業なんだ」


「ネットじゃもう『幻の第七層編』って呼ばれてんぞ。だいたい、警察と一緒に何やってたんだよ」


「守秘義務がある」


「かっけえ! じゃなくて!」


 誠が食い下がる。


「天使マリーが極秘任務を受けてるって噂になってるんだぞ」


「噂は噂だろ」


「本当のところは?」


 徹は答えられなかった。


 真実は、十七歳の自分が二十二時過ぎて現場に立っていたので、いちばん盛り上がった映像が永久にお蔵入りになった、というものである。


 言えるわけがなかった。


「なあ、トオル。頼む。ちょっとだけ」


「……なあマコト。俺が昨日の夕飯に何を食ったと思う?」


「話を逸らすなよ!」


 教室が笑いに包まれる。


 その隣の席で。


 綾瀬茉莉は、いつものとおり机に突っ伏していた。


 いつもと違うのは、額に汗を浮かべ、体がガタガタ揺れていたことだ。


(バレないで)


(お願い、バレないで、バレないで……)


(私が使用者だってこと、絶対にバレないで……!)


「綾瀬、大丈夫か? 揺れてるぞ」


 徹の声がした。


 茉莉の肩が、びくりと跳ねる。


 そして動きが止まった。


「……寝てる」


「今、喋ったよな」


「……寝言」


 茉莉は顔を上げなかった。


 髪の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。


 始業のチャイムが鳴った。


 こうして、天使と専属サポートの職場は、本日も違法性を疑われながら回っていくのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ