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第13話 無能力サポート、警察と第七層へ向かう




 第三層へ出ると、視界が開けた。


 乾いた平原。遠くに、崩れかけた石造りの遺跡。


 以前、ドラゴンロードに追い詰められた場所だ。


 その平原に、いまは黄色い作業車が並び、看板が立っている。


『第三層東部 地盤補修工事』


「……工事してる」


「崩落した箇所は行政が直すもの。当たり前でしょう」


 死にかけた場所に、カラーコーンが並んでいる。ダンジョン区では、それが日常なのだ。


「マリーさん!」


 ゲート脇の集合区画に、紺色の活動服が三つ。先頭の女性が姿勢を正して敬礼した。


「警視庁ダンジョン警察署、生活安全課少年係、竹内綾香警部補です。本日はご協力に感謝します」


 四十代半ば。短く整えた髪。眼鏡の奥の目が、真面目そのものだった。


「係長、硬いですって」


 その後ろから、若い男が身を乗り出す。


「警備係の依田蓮人巡査です! いやあ光栄ですわ。俺、切り抜きは全部見てます」


 最後のひとりは、大きなバッグを抱えたまま、平原の奥をちらちらと見ている。


 そのオドオドとした様子が、挙動不審だった。警察なのに。


「少年係、堀田つばさ巡査長です……あの、正直に申し上げると、私、ダンジョン怖いです」


「怖いのは大事だと思います。危ないと分かってるということなので」


 徹がそう言うと、堀田がぱっと顔を上げた。


「……あなた、いい人ですね」


「専属サポートの稲垣徹です」


「専属くんだ! 本物の専属くんだ! 膝枕の!」


「その紹介はやめてください」


 依田が前に出て、竹内に襟首を掴まれた。


「なお、我々三名はいずれも無能力者です。戦闘は期待なさらないでください」


「そうなんですよ~。無能力なんで、マリーさん達の助けが必要なんすよ」


 襟首を捕まれたまま、依田が舌を出して茶目っ気に笑う。


 竹内の眉間に皺が酔った。


「警察官って、能力者は少ないんですね」


「能力者が出てきたのは10年くらい前ですからね。年齢的に、能力者の警察官が増えるのは、これからですよ」


堀田が口をはさむ。


確かにみな20代以上で、10代が中心の能力者世代とはズレていた。


「さて、自己紹介はこれくらいで」


 竹内がタブレットを開く。


「対象は、佐倉悠斗くん、十三歳。二日前の午後、ひとりでゲートを通過した記録が残っています」


「二日……」


 水も食料も、十三歳が二日分持って潜ったとは思えない。


「捜索が遅れたのは、行政記録の照会が遅れたためです。それで」


 竹内が画面を切り替えた。別の攻略パーティーの配信映像。その隅の岩陰に、小さくレンタル装備の色が写り込んでいる。


「昨夜、第七層で配信していた探索者のアーカイブです。行政AIが全公開配信を照合し、この一フレームを拾い上げました」


「……配信映像から、ですか」


「ダンジョン内で最も密度の高い監視網は、警察の端末ではありません。探索者の配信ドローンです」


 毎日、何百台ものドローンが階層を撮影している。誰かの派手な討伐配信の背景に、行方不明の子どもが映り込む。


 配信は娯楽であり、産業であり、同時に社会のインフラだった。


「この座標は、第七層の水源近くです。撮影時刻は昨夜二十一時。まだ遠くへは動いていないはずです」


「行きましょう」


 マリーが歩き出した。白いコートが翻る。


「本日の配信、内容を変更します。行方不明者の捜索と、警察官の護衛。皆さん、目撃情報の提供をお願い」


 配信ドローンが浮き上がり、赤いランプを灯した。


『マリー様が警察と組んでる』


『これガチのやつだ』


『昨日第七層で撮ってた人、アーカイブ確認して!』


 コメントの流れが、明らかに変わった。


     ◇


 第四層、第五層、第六層。道中は驚くほど順調だった。前を歩く少女が最強だからである。


「右前方、ロックスパイダー三体。堀田さんは列の中央へ。依田さんは後方警戒を」


「うっす」


「は、はい……!」


 マリーがヴァリアントを一閃させる。それだけで、道が空いた。


「素材、置いていくんですか?」


 依田が驚いた声を出す。


「今日は回収しないわ。時間が惜しいもの」


「え、それ、いくらくらいするやつです?」


「三体で、たぶん四十万円前後です」


 徹が即答すると、警察官三人が同時に足を止めた。


「……いま拾わなかったのが、四十万」


「拾ってる時間で、子どもの野宿が一晩増えるので」


 徹は淡々と言い、先へ進んだ。


 第六層の階段を下りたところで、イヤーカフが鳴った。


「マリー」


「言わなくても分かるわ。二十一時ね」


「二十一時です」


 二人は、無言で見つめ合った。


「あと一時間で第七層を捜索して、少年を保護して、地上へ戻る」


「無理では?」


「無理ね」


「捕まりますね」


「捕まるわね」


 二人そろって、暗い顔で頷き合う。


 後ろから、依田が首を傾げた。


「なんですか、その一時間って」


「労働基準法です」


 徹が振り返る。


「十八歳未満は、午後十時から午前五時まで働いちゃいけないって聞いて」


「あー、深夜業ね。ありますね、そういうの」


 依田はあっさり頷き、そして、あっさり続けた。


「でも、マリーさんは大丈夫ですよ。個人事業主なんで、時間制限とかないっす」


「……そうなの?」


 マリーの表情が、目に見えて緩んだ。


「はい。ご自分の裁量で働く分には、何時までやってもらっても」


「よかった……」


 マリーが胸を撫で下ろす。


 徹も、つられて息を吐いた。


「よかったですね」


「ええ、本当に」


「…………」


 徹の動きが止まった。


 いま、依田は何と言ったか。


 マリーさんは、大丈夫。


「って、俺は!?」


「あー」


 依田が、実に気の毒そうな顔をした。


「専属くんは雇われてる側っすからね。ガッツリ対象っす」


「ガッツリ!?」


「二十二時以降は働いちゃダメっすね。うん、ダメっす」


 徹は自分の両手を見た。行政タブレット。サポートバッグ。素材ケース。


 誰よりも荷物を持っている人間が、この場で唯一の違法予備軍だった。


「マリーは何時までいても平気なのに、俺だけ?」


「そうなりますね」


「最強の人が無制限で、無能力の高校生に制限がつくんですか?」


「法律って、そういうとこありますよね」


 依田は笑った。竹内が黙って眼鏡を押し上げた。


「なお、我々は現場の警察官ですので、その、なんと申しますか」


「見なかったことにしてくださる、ということですか」


「できませんね、困ったことに」


 竹内は真顔で続けた。


「本日、稲垣くんが二十二時を過ぎて活動していた場合、その原因は我々の依頼です。書類にも、そう残ります」


「……つまり?」


「つまり、我々にも、あなた方にも、あまり嬉しくない書類が増えます」


「増やしたくないです」


「私もです」


 妙な連帯感が生まれた。


 マリーが、隣でこほんと咳払いをした。


「安心なさい、トオル。私は最後まで残れるから」


「その安心のさせ方は初めてです」


「私が働くのは自由。あなたは二十二時で終わり。よく出来た法律ね」


「なんで少し嬉しそうなんですか」


「別に」


 マリーは涼しい顔で前を向いた。


 白銀の髪の下で、耳がわずかに揺れている。


 徹はタブレットを握り直した。


「……ギリギリまで頑張ります」


「無理しないで」


「二十一時五十五分になったら、俺は撤収を宣言します。だから、それまでに見つけましょう」




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