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第8話 王都への道


 オスカーから密書が届いたのは、〈暁の雫〉が完成してから一週間後のことだった。


『ハインリヒの書斎から甘露茸の取引記録を入手した。マリアンヌへの指示書も含まれている。ただし原本を持ち出すことはできなかった。書き写しのみ。裁判に持ち込むには不十分だが、国王陛下に直訴する材料にはなる。カイル殿下の容体はさらに悪化。急がれたし』


 密書を読み終え、私は覚悟を決めた。


「王都に行きます」


 診療所に集まった全員の顔を見回す。レオンハルト、ハンナ、そしてエミリア。


「追放された身で王都に入れば、捕らえられる可能性があります。それでも──行かなければ」


「一人で行く気か?」


 レオンハルトの声に、怒気が混じっていた。


「いいえ。あなたに同行をお願いしたい。辺境領主として国王陛下への直訴権があるはずです」


「……なるほど。領主の同行者という名目なら、追放者でも入城できる」


「はい。そしてハンナには、ここに残って診療所を守ってほしいの」


 ハンナが頷く。


「お任せください。〈銀嶺の雫〉の増産も続けます」


「リーゼルお姉ちゃん、行っちゃうの……?」


 エミリアが不安そうに私の袖を掴んだ。膝をついて目線を合わせる。


「少しだけ、お出かけしてくるね。必ず帰ってくるから」

「約束……?」

「約束。お姉ちゃんは嘘をつかないよ」


 エミリアはしばらく唇を噛んでいたが、やがて小さく頷いた。


 二日後の早朝、私とレオンハルトは馬を走らせた。行商の街道を使い、王都まで最短十日の行程だ。


 道中、各地で〈銀嶺の雫〉の効果を確認した。行商団が先に運んでくれた薬草茶は、すでに王都の手前の都市にまで広がっていた。


「あの辺境の茶を飲み始めてから、体の調子がいいんだ。あの変な倦怠感が消えてね」


 街道沿いの宿で聞いた商人の言葉に、安堵する。甘露茸の被害は王都から周辺都市にまで広がっていたが、〈銀嶺の雫〉がその進行を食い止めつつあった。


 だが、王都の状況は別だった。


 王都に近づくにつれ、異変は明らかになった。街道を行く旅人の顔色が悪い。目の下に隈があり、肌に不自然な黄みがかかっている。甘露茸の慢性中毒の症状だ。


「リーゼル。あの行列を見ろ」


 王都の城門が見えてきた頃、レオンハルトが指差した。城門の前に長蛇の列ができている。


「何の列です……?」

「聖女様の万能薬をもらう列だよ」


 列に並んでいた女性が答えた。その女性の手にも、黄色い変色が見える。


「毎朝、聖女様が教会で薬を配ってくださるんだ。あれがないと一日が始まらなくてねえ」


 依存だ。完全に、依存状態に陥っている。


 城門では、レオンハルトの領主の印章が効力を発揮した。辺境領主の入城は追放令の対象外であり、同行者──つまり私も通すことができた。


 だが、城門の衛兵の態度は冷ややかだった。


「ヴァルトハイム領主殿か。辺境から何の御用で」

「国王陛下への直訴の件で参った」

「……直訴は受け付けておりませぬ。ハインリヒ侯爵の許可が必要です」


 レオンハルトの目が鋭くなった。


「国王陛下への直訴に、侯爵の許可が必要だと?」

「これが今の手続きです」


 ハインリヒの支配が、ここまで進んでいるのか。


「別の手を使います」


 私はレオンハルトに耳打ちした。


「ギュンター師匠の教え子が、王城の薬草園にいるはずです。彼女を通じて、国王陛下の侍医に接触できます」


 王城の裏門に回り、使用人の出入り口から中に入る。薬草園は城の東棟にある。私が五年間通い続けた場所だ。


 薬草園の片隅で、一人の女性が薬草の手入れをしていた。


「クラーラ」


 声をかけると、女性が振り返った。ギュンター師の弟子で、私の後輩にあたる薬師だ。


「リーゼル……先輩!? なぜここに──追放されたはずでは」


「詳しい説明は後。クラーラ、国王陛下の侍医に会わせてほしいの。至急で」


 クラーラは一瞬迷ったが、私の目を見て決意したように頷いた。


「……実は、私もずっと不安だったんです。マリアンヌ様の万能薬が、おかしいと。でも何も証明できなくて」


「証明できるわ。これを見て」


 甘露茸の成分分析書と、ハインリヒの取引記録の写しを渡す。クラーラの顔色が変わった。


「こ、これは……!」


「これを侍医に。そして、できれば国王陛下に直接お目通りを願いたい」


「分かりました。侍医のラウシュ先生なら信頼できます。少しお待ちください」


 クラーラが駆け去った後、レオンハルトと二人で薬草園の片隅に身を潜めた。


「ここがあんたの庭だったのか」


 レオンハルトが薬草園を見回す。かつて私が丹精込めて育てた薬草畑は、手入れが行き届かず荒れ果てていた。蒼月草の花壇は枯れかけ、毒消し草の畝は雑草に覆われている。


「……ひどいことになっていますね」

「戻りたいか?」

「いいえ。私の居場所は、もう辺境ですから」


 その言葉に嘘はなかった。


 三十分後、クラーラが戻ってきた。


「侍医のラウシュ先生が会ってくださいます。ですが──」


 彼女の表情が曇る。


「国王陛下は現在、病床に伏せっておられます。甘露茸の……もとい、マリアンヌ様の万能薬を服用されていたようで」


 国王までも。


「陛下の容体は?」

「意識はありますが……衰弱がひどく」


 つまり、〈暁の雫〉が必要なのはカイルだけではない。国王陛下自身もだ。


 腰のポーチに手を当てる。〈暁の雫〉は五本。足りるか──足りなければ、足りるように調合するだけだ。


「行きましょう。まずは陛下を治療します。告発はその後です」


 レオンハルトが頷き、剣の柄に手をかけた。


「何があっても、お前を守る」


 その言葉を背に、私は王城の奥へと足を踏み入れた。


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