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第18話 銀蛇蔓の封印


 患者の治療が一段落しても、根本的な問題は残っていた。


 銀蛇の島だ。


 あの島に銀蛇蔓が野生のまま残っている限り、胞子が風や海流に乗って再び広がる可能性がある。五年前の探検隊が封印を破って蔓を持ち出したことが、そもそもの発端だった。


「蔓を完全に焼き払うことはできないのか」


 宰相の執務室で、ザイデルが尋ねた。


「おすすめしません。銀蛇蔓は黄金苔と共生関係にあります。蔓を滅ぼせば苔も枯れる。そうなれば、将来もし同じ事態が起きた時、解毒薬が作れなくなります」


「しかし、放置すれば同じ災厄が──」


「だから、古代の人々と同じことをするんです。封印です」


 壁画の記述を改めて説明した。古代文明は銀蛇蔓の危険性を知り尽くした上で、遺跡の中に管理された環境を作り、蔓と苔を共存させていた。胞子が外に漏れないよう、遺跡の構造自体が封印の役割を果たしていた。


「五年前の探検隊が遺跡の壁を壊し、空気の流れを変えてしまったのが原因です。元の構造に戻せば、胞子は遺跡内部に留まります」


「戻せるのか」


「遺跡の構造は壁画に詳細に描かれています。損壊した箇所を特定し、修復すれば可能です。ただし、作業は銀蛇蔓の忌避液を使いながら行う必要がある。それなりの人手と時間がかかります」


 宰相は即断した。


「人も資材も出す。指揮を頼みたい」


 翌日から、銀蛇の島での封印作業が始まった。


 公国の石工、大工、そして兵士たちが船で島に渡る。私は陽炎草の忌避液を大量に準備し、作業区域の安全を確保する役割を担った。


「忌避液は二刻ごとに散布し直してください。効果が切れると蔓が戻ってきます。作業中は必ず手袋を着用。銀色のものには触れない。これが鉄則です」


 作業員たちに指示を出しながら、私自身も遺跡内部で壁画の解読を続けた。


 壁画を読み込むうちに、古代文明の全貌が少しずつ見えてきた。


 この文明は毒を単なる害悪とは見なしていなかった。毒は自然の力であり、正しく理解し管理すれば、人を守る盾にもなる。銀蛇蔓もまた、元は防衛のために培養された生物兵器だったが、やがて管理者たちは蔓と共存する道を選んだ。


「毒と薬は表裏一体。古代の薬師たちも、同じ結論に辿り着いていたんだ……」


 母が生涯をかけて追い求めた真理が、何千年も前に壁画に刻まれていた。


 封印作業は七日間に及んだ。


 探検隊が破壊した壁面を石材で修復し、空気の流れを元に戻す。通風口には銀蛇蔓の胞子を通さない目の細かい石の格子をはめ込んだ。遺跡の入口には新たな石の扉を設置し、厳重に封をした。


 最後の仕上げは、入口の周囲に陽炎草を植えることだった。


「この草が生えている限り、銀蛇蔓は入口から外には出られません。自然の封印です。陽炎草は潮風に強い植物ですから、海辺の環境に適している」


 石工の棟梁が感心したように言った。


「薬草で封印たあ、考えたもんだ。力づくで壊すより、よっぽど賢いやり方だな」


 封印が完了した日の夕方、私は一人で遺跡の前に立っていた。


 石の扉の向こうに、銀蛇蔓と黄金苔が共存する空間がある。母が命をかけて辿り着き、私が引き継いだ場所。


「母さん。封印し直したよ。もう、あの蔓が人を傷つけることはない」


 懐から母の手帳を取り出し、最後の頁を開く。


『リーゼル、いつかあなたが──』


 その続きを、私は自分の手で書き加えた。


『──果たしました。あなたの娘より』


 手帳を閉じ、胸に抱いた。潮風が頬を撫でる。涙はもう出なかった。代わりに、温かな充足感が胸を満たしていた。


「終わったか」


 背後からレオンハルトの声。振り返ると、夕陽を背にした彼が立っていた。


「ええ。終わりました」


「なら──帰るか」


「はい。帰りましょう」


 帰る場所がある。待っている人がいる。


 島を後にする船の上で、私は海を見つめた。銀がかっていた海の色は、少しずつ本来の青を取り戻しつつあった。


「リーゼル」


「何ですか?」


「帰ったら、一つ話がある」


「何の話ですか?」


「帰ってからだ」


 それだけ言って、レオンハルトは海に目を向けた。耳が少し赤いのは、夕陽のせいだけではないように見えた。


 私の耳も──たぶん同じ色をしていた。


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