熱
調律は終わった。
これは、正しかったのか……。
僕は。なにをしたんだ。
急速に、醒めていくはずの感情。
なのに、冷めない。
カナトの熱が、まだ僕の中に居座り続ける。
どうして……。
血管を巡る白濁した麻酔薬のように、それは僕の思考を、倫理を、じわじわと焼き切っていく。
「もう、調律は終わっただろう。
僕の中から出ていけ」
泣きそうになるのを耐えて、僕は言った。
それがせめてもの、僕のプライドだった。
唇は震えていた。拒絶の言葉を吐きながら、僕の指は、カナトを離すまいと、その腕を強く、強欲に掴んでいる。
――僕は、なんて醜いんだ。
なのに、カナトの返答は、想像していない言葉だった。
「いやです」
短くそう言って、カナトが僕に、覆い被さった。
堆積した落ち葉の感触が、背中に触れる。
その冷たさが、カナトの肌の異常な熱さを、より鮮明に、残酷に浮き立たせた。
カナトの左手が、僕のうなじを、獲物を仕留める捕食者のように強く掴んだ。
噛みつくような口づけが落ちてきて、僕は抗いようもなく声を漏らした。
「……んっ……ふっ……」
カナトの吐息が、僕の唇や、頬に熱く触れる。
黒く艶めいて潤んだその瞳は、執事のそれではない。
――飢えた、一人の男の眼差しだ。
「はぁ……はっ……はぁっ……んん……」
カナトの右手が、僕の体を――僕という存在を確かめるように、なぞり上げる。
胸元から腰のラインを辿るその指先は、まるで自分の領土を確認する入植者のようだ。
僕は久世の腕に、爪が食い込むほどにしがみついていた。
「怜央様……怜央、様……」
カナトの舌が、僕の唇を強引に抉じ開け、熱い塊が僕の内側へと侵入してくる。
「んっ……ふぅ……ん……」
上顎をなぞるその感触に、僕の思考は白く塗り潰されていく。
僕に食事を、教養を、礼儀を叩き込んだその口が、今は僕の尊厳を、最後の一片まで喰らい尽くそうとしている。
同時に、中心を貫いているカナトのそれが、さらに深く、僕の境界を蹂躙し、内臓を突いた。
「ふ……ぁあ……」
衝撃が、火花のように脳裏を走る。
きっと、僕はもうおかしいんだ。
『調律』は終わったはずなのに、僕の体は、もっとカナトに埋め尽くされたいと叫んでいる。
カナトの一部が僕の中で膨らみ、脈打つたびに、僕という意識の輪郭が砂のように崩れ、カナトという巨大な海に飲み込まれていく。
もう、僕がどこまでで、カナトがどこからなのか、曖昧になっていく。
僕は、目を逸らすことも、カナトを突き放すこともできなかった。
見上げた空には、二つの巨大な輪が、僕たちの吐息に合わせて、ただ静かに回り続けていた。
それは滅びの輪であり、新しい世界の誕生を告げる、無慈悲な瞳のようでもあった。




