夜明けの森
原初同調点。
そこに行けば、助かるのだと、彼は言う。
――嘘だ。
けれど、その嘘に一生飼い慣らされることを、僕の細胞はすでに受け入れ、渇望さえしていた。
「そこには、何があるんだ?」
火の気のない避難小屋で、僕は訊いた。
彼は、向かいの窓から、外を見ていた。
青い結晶の森が、月光を受けて静かに脈打っている。
その光景は、滅びゆく星の最期の呼吸のようで、残酷なほどに美しかった。
「着いてからの、お楽しみです」
――ほら、まただ。
僕が答えを求めても、いつもこうだ。
僕は、ここに残されていた登山用のウェアを着ていた。
誰かが脱ぎ捨てたものだ。
血の匂いは……しない。
それでも袖を通した瞬間、妙な気分になった。
この服の持ち主が、どこへ行ったのか――考えないようにした。
けれど、見知らぬ誰かの生活の残滓を纏うたび、僕がかつて持っていた『御子柴』という名前が、指の間から砂のように零れ落ちていく感覚があった。
毛布を肩まで引き上げる。
壁に寄りかかるように立つ彼は、いつもの燕尾服姿だった。
あの時、穴だらけになっていたはずの燕尾服。
なのに今は、最初からそうであったかのように整っている。
白いカフス。
黒い上着。
完璧な執事。
僕の。
「……カナト」
呼ぶと、彼は静かにこちらを見た。
金色の瞳が、暗闇の中でわずかに光る。
「寒くないのか?」
僕の問いに、彼は少しだけ首を傾げた。
それから、ゆっくりと歩いてくる。
木の床が、きしむ。
その一歩ごとに、小屋の中の冷たい空気が、彼の持つ『熱』に押し出されていく。
僕の前で膝を折ると、彼は何も言わず、僕の手を取った。
その瞬間。
――熱い。
思わず息を呑む。
彼の手は、人間の温かさじゃない。
暖炉の前に手をかざした時のような、深い熱がそこにある。
「坊ちゃま」
彼が、低く囁いた。
「私がいますから」
彼の指が、僕の手を包み込む。
その温度が、胸の奥まで染み込んでくる。
外では、青い森が静かに呼吸している。
原初同調点。
そこへ行けば、すべて終わる。
そんな予感が、消えない。
彼が、優しく唇を寄せてきた。
そっと。
冷え切った僕の唇に、彼の熱い『毒』が注ぎ込まれる。
少し離れて、彼は僕をじっと見つめた。
「私が……います」
そうだ。
彼がいる。
カナトが。
毛布の中で、僕は彼の手を握り返した。
もう離さない。
――たぶん、彼も。
※お付き合いいただきありがとうございました。
R18バージョンをその内、上げたいと思っています。
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よかったら、よろしくお願いいたします。




