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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第六章

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自覚

 施設が、獣のような咆哮を上げ、軋む。


「だめだ。久世。立て」


 僕は、鱗に覆われて、冷たい久世の脇の下に、腕を入れた。

 無理やり久世を立たせ、僕たちは歩き出す。


 廊下の壁に大きく穿たれた穴から外へ這い出す。

 瞬間、冷たい空気が肺を刺した。

 そこから、瓦礫伝いにようやく僕たちは、地面に降り立った。


 いななきが聞こえた。

 見ると、視線の先――葦毛の馬が駆けてきた。

 ポチだ。


 久世を先にポチに乗せ、僕も跨る。

 僕が前で手綱を握ると、久世が寄りかかるように、僕の腰に腕を回してしがみついた。


 僕たちは走り出した。

 その瞬間――背後で、巨大な施設が轟音と共に崩壊した。

 きっと、パパは。


 紅葉の森の中。

 どれほど走っただろうか。せせらぎの音が聞こえ、僕たちは小川に辿り着いた。


 ポチが足を止め、水に顔を突っ込んだ。

 そのとき、久世の腕がほどけた。僕の背後で、久世が抗いようのない重力に従うように、ずるりと地面に崩れ落ちた。


 僕は焦って、急いでポチから降りて、強張る手で久世の手を取った。

 脈が、分からない。


 胸に耳を充てる。

 分からない。


 世界が止まる。


 それなのに。僕の心臓が、どくどくと凶暴なほどに脈打ち始めた。

 左目に――花が開く。

 それは狂おしく開花し、視界を青く染め上げていく。


 制御不能。

 このままでは、僕も崩れる。


 僕は絶望の淵で、久世を仰向けにさせ、その上に跨った。

 久世の手に、ナイフを握らせようと、その手を取った。


「久世」


 けれど、その指先にはもう、ナイフを握る力さえ残っていないのか。

 久世の腕は、どさりと力なく地面に落ちる。


「久世。起きて……」


 蜥蜴とかげの形をした久世の頬を、僕は両手で包んだ。

 冷たい。


 その瞼が、ゆっくりと開いた。

 金色の虚ろな瞳が、僕を見ている。


 その焦点が、僕の左目に定まる。久世の喉が、ごくりと動いた。


「……服を、脱いで……」


 久世が、掠れた声で囁いた。

 それは命令でも哀願でもなく、生存のための、唯一の「手段」なのか。


 僕は言われるまま、僕の意識がある内に、自分の服を脱ぎ捨てた。


「私の服も……」


 指先で、仕立ての良いの燕尾服に触れた。

 優雅に背を正していたあの正装が、今は泥と血にまみれた残骸と化している。


 僕は震える手で、その「執事という仮面」を剥ぎ取った。 

 胸ポケットにあった紙の本が、カサリと音を立てて滑り落ちた。

 

 タイトルは、見えない。


 それより。


 剥き出しになった久世の体には、まだ青い結晶の痕跡が、刺青のように残っていた。

 痛々しい。これをしたのは――僕だ。僕が久世を、こんな姿にしたのだ。


 剥がれかけの薄い鱗が、木漏れ日を反射して、鈍く輝く。

 かつての清潔な匂いは消え、むせ返るような血と、濡れた肉の匂いが、僕の理性を追い詰める。


「――下も、か?」


 そう訊くと、久世は二度、小さく頷いた。

 ベルトを抜く音が、静かな森に響く。


 視界が揺れた。

 意識が……遠のきそうになる。


またがって……」


 久世の息は浅い。

 それでも言葉は確かだ。


 僕は、言われるまま。

 久世の上に、もう一度乗った。


「そう。そのまま……」


「本当に、しないといけないのか?」


 正直に言う。

 僕は、狼狽うろたえている。


 久世はもう、指先を動かすこともできないほどに弛緩し、その瞳からは光が失われかけている。


 なのに。


 僕はまた、眩暈に襲われた。


 だから僕は覚悟を決めて、その、逃げ場のない熱へ、身を投じた。

 ゆっくりと。


 久世の体温が、僕を包み込む。


 ――ああ、壊される。僕という個が、久世に上書きされていく。


「……っは、あっ……」


 何が起きているのか、もう分からない。

 ただ、久世の鼓動だけが、僕の内側で響いていた。


「……っ、ぁ、ああ……っ」


 久世の存在が、僕の奥へ流れ込んでくる衝撃に、背中が引き攣りそうになる。


 そして。


 蜥蜴とかげだったものが、徐々に人の姿に変わり果て、それは、猛烈な熱を帯び始めた。

 鉄錆のような――或いは鋭利な金属のような香りが、僕を包み込む。


 ああ……カナトの香りだ。


「はぁ……っ……ぁ……ふぁ……」


 僕の内側が、カナトの拍動と同調し、激しく打ち鳴らされる。

 僕は今――『調律』されている。


 力無く落ちていたカナトの両手が、僕の腰を掴んだ。

 瀕死だったはずの。


 鼓動が重なるたびに、僕の中にある「青」が、内側でざわめく。


 ああ……こんなもの、僕は、耐えられない。


「はぁ……あ……ぁあ……あっ……」


 なのに、僕は今、書き換えられている。

 僕を剝がし、カナトに埋め尽くされている。


 この体は僕のものなのか、カナトのものなのか――もう、判然としない。

 カナトの両手が、これまでにない強さで、僕の腰を引き寄せた。


「カナト……、カナ……ト……」


 カナト。


「カナ……ト……」


「怜央様」


 カナトが囁く。


「私の、怜央様」

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