ルーツ
――――愛してくれているのだろうか。
やけに白くて、真っ青な世界。
僕は静寂に満ちたどこかに、立っていた。
耳を澄ませば遠く――規則正しい脈動のようなものが鳴っている。
けれどそれは、水の底から聞く心音のように、柔らかく歪んでいた。
足元を見た。
空だ。
そう思ったけれど違う。水面だ。
浅く、どこまでも続く透明な湖。
綺麗すぎて、怖いと思った。
その震えが、波紋のように広がった。
そして。
空間が反転した。
ずっと向こうに、白い頂きを冠した岩山が連なっているのが見えた。
僕はまた、足元を見た。茶色い、泥だ。
周りを見渡すと、そこは沼地だった。
泥炭地だろうか……ミズゴケが、所々に生えている。
そこに、蜥蜴の顔をした、僕より一回り大きな、二足歩行の生き物がいた。
突然、大気が振動した。
蜥蜴たちが、一斉に空を見た。
僕も、空を見上げた。
空を覆いつくすほどの、巨大な銀の鳥が落ちてくる。
蜥蜴たちは一斉に逃げた。
僕も、近くにあった一番大きな木の陰に隠れた。
地上に降り立ったそこから、なにかが出てきた。
それは、宇宙飛行士の服を着ていた。
手には、鳥かご。中の小鳥が「ぴぴっ」と鳴いた。
それを合図に、宇宙飛行士がヘルメットを脱いだ。
その姿は、産毛の生えた、ホモサピエンスだ。
視界が反転し、今度は僕が知る世界とは全く別の、青い光に満ちた都市にいた。
久世と同じ黄金の瞳、蜥蜴の鱗。
川の流れの中に、行進のようなものが見える。
美しき「在来種」たちは、空から来た侵略者によって、聖域を奪われ、暗い泥の底へと追いやられていく。
僕はその光景を、遠くから見ていた。
ふと、誰かに呼ばれて振り返った。
最初の空間――そこに、一本の大きな木が生えていた。
柔らかな光が、降り注いでいる。
「……怜央」
声がした。
懐かしい。
「……ママ」
木の根元に、立っている。ママだ。
柔らかな髪。僕に伸ばした華奢な両手。
何一つ変わっていない――はずなのに。
違和感があった。
足元。
ママの影だけが、下へと伸びている。
いや。
影ではない。
それは、細い根のように、光の底へ沈んでいた。
「怜央」
ママは、静かに言った。
その声は、耳ではなく、直接胸に触れてくるようだった。
僕は、恐る恐る、ママに近づいた。
ゆっくりと、確かめるように、抱き締めた。
「――なにをしているの?」
僕は訊いた。
「なにも……」
ママは答えた。
「ただ、繋がってしまったの」
「なにと?」
僕はママの顔を見た。
ママは少しだけ首を傾げた。
「深いところよ。
あなたの血が、覚えている場所」
ママは、穏やかに言った。
「どうして?」
僕はまた訊いた。
ママが遠くを見た。
「――あのこ」
それから微笑んだ。
「嫌いじゃなかったわ。お話が上手で、一緒にいると楽しくて。パパが連れてきた能力者の中で、一番好きだったわ」
そう言って、ママは目を伏せた。
「あのこが、裏切った」
怒っている声ではない。責める声でもない。
ただ、受け入れている声だった。
その言葉の意味を理解するより先に、僕は胸が痛んだ。
「じゃあ……世界が、壊れたのは……」
母は、ゆっくり首を振った。
否定でも、肯定でもない動き。
「壊れたわけじゃないわ。ほどけ始めただけ」
光が脈打つ。
遠くで、青い霜の結晶が生まれては消えていく幻が見えた。
まるで、現実のどこかと共鳴しているみたいに。
「……パパは……」
「ええ。あの人は、あなたたちを守ろうとしている」
優しい声だった。
だからこそ、残酷だった。
「でもね」
母の瞳が、深く揺れた。
悲しみと、決意が混ざった色だった。
「私はあなたを解放したい」
僕の心臓が、大きく脈打った。
「この星はもう、止められない。だから、怜央……」
そのとき遠くで、警報のような音が聞こえた。
機械の音と、人の叫び声。
現実が、湖の底を歩きはじめる。
「逃げなさい」
視界が、真っ白に染まる。
腕の奥に、氷のような冷たさが流れ込んだ感覚が走った。
現実。
白い液体が、僕の静脈を満たしていく。
心拍が、ゆっくりと落ちていく。
けれど。
まぶたの裏で、青い蓮華の花が、一斉に咲いた。




