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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第四章

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病院

 茨城県。

 宗教施設。――病院跡。


『青の光の会』


 崩れかけた外壁に、不釣り合いなほど丁寧に磨かれたガラス扉。

 その奥のホールは、かつては待合室だったのだろう。長椅子が壁際に並び、受付カウンターの名残が、埃の層の下に沈んでいる。


 そして、建物の中央。

 床を突き破り、天井を貫く一本の、太い青い蔦。

 それはまるで、ここが病院ではなく、標本室であるかのように、静かに脈動していた。


 蔦の根元に、椅子が一つ、置かれている。


 そこに座っているのは、三十代前半ほどの男だった。

 厚手の、白色の検査着のような半袖に、七分丈のズボン。

 肩に、長袖の紺色のカーディガンを羽織っている。


 足は膝下まで青い結晶に覆われ、皮膚と鉱物の境界が、曖昧になっている。

 指の何本かは既に人の形を保っておらず、細い蔦へと変質し、ゆるやかに宙を撫でていた。

 目元は、黒いバンダナで覆われている。


 彼は、教祖と呼ばれている。


 彼の前には、白衣の者、パジャマ姿の者、普段着の者――

 年齢も性別もばらばらの人々が、床に膝をつき、両手を組んで頭を垂れていた。


 祈り――だろうか。


「……その日の朝」


 教祖が、ぽつりと口を開いた。

 声は穏やかで、拍子抜けするほど静かだった。


「夜明け前。私は、死ぬつもりだったのです」


 数秒、間が空く。


 蔦が、かすかに軋んだ。


「けれど、それは起こった。――神災」


 それ以上、男は語らなかった。

 誰も、続きを求めなかった。


 ただ、静かに見ている。

 変化か。

 進行か。

 侵食を。


 僕は、柱の陰から、その光景を見ていた。


 胸の奥が、ひどくざわつく。


 ……僕も、いつか、あれになるのだろうか。


 その時だった。


 白衣の男が、一歩、前に出た。


 五十代前半ほど。

 ひょろりと背が高く、無駄な肉のない体つき。

 こめかみには白いものが混じり、穏やかな目元には、医師特有の「慣れ」が宿っている。


 恐怖にも、異常にも、もう驚かない者の目だ。


 彼は躊躇なく、教祖の手を取った。


 そして――

 手の甲に、細いメスを突き立てる。


 ぶすり、と。

 肉が裂ける音。


 教祖の体が、びくりと跳ねた。


 だが、悲鳴はどこからも、誰からも上がらない。


 白衣の男は、教祖から流れ出た青い血を、舌先で確かめた。

 味わう、というより。

 性状を確認する、という仕草だった。


「……ふむ」


 穏やかな声。

 それから唇をつけて、啜る。


 医師は淡々と、教祖から流れる血を絡め取るが、教祖は数秒ごとにびくりと体を震わせている。


 暫くして、蔦は教祖の体の中心へ戻るように、指先からゆっくりと萎み始める。足を覆っていた青い結晶は、細かな音を立てて弾け、粉のように崩れた。


「――安定したようですね」


 医師はまるで、風邪の経過を説明するかのような、優しい口調だった。

 教祖は、椅子に座ったまま、動かない。


 治ったわけではない。

 救われたわけでもない。


 また次が訪れるのを、その場で待つだけ。


 白衣の男は、満足したように小さく頷き、静かに立ち上がった。

 その横顔には、狂気も、興奮もない。

 あるのは、ただ、臨床的な観察だけ。


 僕の喉は、からからに乾いていた。


 久世に、『あの儀式は、見てはいけません』と言われていた。

 それでも僕は久世の目を盗み、この厳かで卑俗な儀式を、見に来てしまった。

 柱の陰に身を潜めたまま、僕は動けないでいる。


 ――久世の言うとおりだった。確かに。


 見ない方が、よかった。


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