銃口
昨日は、東側を見て回った。
その前は北だった。
今日は南側だったから、明日は、西に足を伸ばしてみよう。
おにぎりを持って。
タケダさんのシェルターで、泥のような眠りを得るようになって、今日で五日目だ。
平らに寝ると心臓に負担がかかるから、と。
ヨシテルさんはいつも、上半身を枕に預けて、身体を少し起こしたまま寝ている。
けれどその日の朝は、ソファに、真っ直ぐ横たわっていた。
サヨさんが、ソファの前に跪き、両手で、ヨシテルさんの手を包み込むように握っている。
肩は震えていない。
泣き声もない。
静かだった。
モニターの微かな駆動音だけが、シェルターの空気を薄く震わせている。
薬はまだ、何錠か残っていたはずだ。
なのに。
今、ヨシテルさんの胸は、動いていなかった。
僕は、その場に立ったまま、動けなかった。
近づいて、確かめるべきなのか。
声をかけるべきなのか。
それとも――何もしない方がいいのか。
分からなかった。
分からないまま、立っていた。
僕たちに背を向けたまま、サヨさんが言った。
「――やっと、ゆっくり眠れるさ」
その声は、怒ってもいなかったし、悲しんでもいなかったと思う。
僕は、口を開いた。
けれど、何も出てこなかった。
「……」
喉の奥に、言葉だけが引っかかる。
お悔やみを。
大丈夫ですか。
何か出来ることは。
どれも、薄っぺらく思えた。
ヨシテルさんは、辿り着いたのだ。
この、終わった世界で。
きっと、自分の足で。
そう思った瞬間、自分の胸の奥が、妙に静かであることに気づいた。
久世の手が、僕の腰を押す。
久世は既にバックパックを肩に掛け、出発の準備を終えていた。
「さ、行きますよ。坊ちゃま」
「は? 何を言って……」
久世は、重たいハッチの扉を開けた。
僕は久世に押され、階段を上がる。
置いて行くのか?
彼女を一人で?
けれど背後で、ハッチが閉まる音が聞こえた。
こうして僕たちは、白亜のシェルターをあとにした。
ここもそのうち、青い蔦に覆われるだろうか。
そのとき、あのマダムは、どうしているのだろう。
「久世」
「はい。なんでしょう坊ちゃま」
僕は、後ろで手綱を握る久世に訊ねた。
「お前は、僕が死んだらどうする?」
手綱を握る久世の手が、一瞬緩み、すぐに僕を包み込んだ。
「そうならないように、私がお傍にいるのです。怜央様」
静かで、穏やかな声。
けれど、お前は僕を、ナイフで刺したじゃないか。




