食卓
地図に印をつけられた場所を、僕たちは一箇所ずつ見て回った。
薬は、見つからなかった。
朽ちた薬棚には空の瓶が転がり、赤い夕暮れが、青い蔦に射す。
ただ、幾ばくかの食料は見つけた。
それを持って、僕たちは、再びあの白亜の要塞――タケダさんのシェルターへと戻った。
「なら、私が調理しましょう。坊ちゃまの口に合わないものを、食べさせるつもりはありません」
非常食のおかずを、そのまま出そうとしていたマダムを、久世が執事としての完璧な会釈で制した。
「毒を疑われるのは当然でしょう。ですので――どうぞ、ご覧になっていてください」
久世がキッチンに立ち、慣れた手つきで玉ねぎを刻み始める。
トントントン、と響く規則正しいリズム。冷凍庫で眠っていたベーコンが熱せられ、バターの芳醇な香りが、澱んだシェルターの空気を鮮やかに塗り替えていく。
小麦粉とスキムミルクが混ざり合い、とろりとしたホワイトソースへと変わる。
マダムによって炊かれていた米に、ナツメグとバター、塩コショウ。
それを、一つの大きな耐熱皿に盛り、出来立てのホワイトソースと、その上にチーズを散らし、オーブンへ。
ドリアの匂いが、シェルターに満ちていく。
それは、飢えを凌ぐための「有機物」ではなく、僕たちがかつて愛し、そして失った「日常」そのものの匂いだった。
夕食。
カウチソファとローテーブル。
僕たちは、一つの食卓を囲んだ。
ぽつりと、タケダさんが話してくれた。
タケダさんは、名前を「ヨシテル」さんと言った。
かつては、高校の国語教師をしていたのだという。
退職後、独学で始めたPCの知識は三十年の歳月を経て、この地下シェルターの「神経系」になった。
壁一面に並ぶモニターには、森の侵食範囲が秒単位で更新されている。
青い蔦の広がり。
地熱。
微細な振動。
世界が崩れてからも、彼はずっと、観測を続けているのだと言った。
「見ている間はね、いつまでも世界は続く気がするんだよ」
そう言って、ヨシテルさんは少しだけ笑った。
マダムの名は、「サヨ」さん。
白髪を櫛で纏め、散弾銃を膝に立てかけたまま、食卓の端に静かに座っている。
無駄な動きが一つもない。
まるで、この要塞そのもののような人だった。
「彼女は、僕の、教え子だったんだ」
ヨシテルさんは短く言った。
「八つ違い。昔はね、ずいぶん生意気な生徒だったよ」
「あなたも、こんなに禿げるとは思ってなかった」
「サヨ――!?」
ヨシテルさんが咳を抑えながら、小さく返す。
サヨさんは狩猟が趣味で、こうなる前は、よく、イノシシを狩っていたそうだ。
サヨさんが捕まえてきたイノシシを牡丹鍋にしてよく食べた。
たまに、散弾銃の破片が残っていて、食べていると「じゃりっ」と噛むことがあったと――笑いながら、ヨシテルさんが話す。
ふたりに子供はいない。できなかったのだそうだ。




