白亜の城
ポチを玄関脇のポストに繋ぎ、僕たちは白亜の殻の中へと足を踏み入れた。
広い玄関。
「靴は脱がなくていい。そのまま上がるんだ」
背後から突きつけられた銃口の冷たさを感じながら、僕は久世の背中に続いて、リビングを進む。
ほかに、人の気配はない。
室内には、生活感がなかった。
「そのまま真っ直ぐ。――階段下のドアを開けるんだ」
久世がノブを下げて、ドアを開ける。
そこには、地下に続く階段があった。
奥には、ハッチ式の防水扉。潜水艦の隔壁を思わせる、重厚な扉だ。
中は――シェルターだ。
外界の「青」から遮断されたその空間は、人工的な光と、電子機器の発する微かな熱に満ちている。
ただ、僕から言わせてもらえば、飲み込まれていないだけだ。
「足元の白線から外れるんじゃないよ。外れた瞬間、鉄格子が落ちる」
女性は銃口を向けたまま、僕たちの動きを封じるように半周して前に回った。
部屋の奥、幾つものモニターが怪しく明滅する中、一台のオフィスチェアに座った人影が、ゆっくりとこちらへ向き直った。高齢の、男性だった。
「やあ」
男性は、まるで散歩中の知人に会ったかのように、片手を軽く上げた。
「物騒ですまないね。わしは、タケダと言います」
穏やかな、かつてはどこかの大学か研究室で、誰かを指導していたような風格のある声。だが、その挨拶は長くは続かなかった。
「ゴホッ、ゴホッ……ゴボッ……!」
肺の奥からせり上がるような、湿った咳が部屋に響く。
タケダさんの顔が苦痛に歪み、女性が悲鳴にも似た声を上げて駆け寄った。
「あなた……っ!?」
彼女は散弾銃を放り出すようにして、彼の背を懸命に叩く。タケダさんは震える手で机のピルケースを開け、最後の数錠に見える薬を飲み込んだ。
静寂が戻る。
その重苦しい空気の中、久世が、口を開いた。
「その方は、貴女の夫ですか? マダム」
久世が、一歩も白線から外れずに、静かに問いかけた。
「私たちをここに招き入れたのは……彼の薬が、切れそうだから」
久世は、右手の人差し指と中指、親指を擦り合わせ、その指先を見ている。
女性の背中が、弾かれたように強張る。足元に落とした散弾銃を構え、久世を睨む。
「心臓に、持病をお持ちのようですね。――利尿薬、ACE阻害薬……ベータブロッカー。――だとして、無事な薬局が、あるかどうか」
「持ってこれないなら、食料は渡さない」
鬼気迫る彼女に、久世は頷いた。
「では、行きましょう坊ちゃま」
「待て」
女性は言う。
「坊やは置いて行きな」
人質だ。帰って来ない可能性も、あるか。
「いいえ。坊ちゃまには、私の目の届く範囲にいていただかなければ困ります」
女性は呆れたように、眉を顰め、口をぽかんと開けた。
「――困る程度なら、置いて行け」
その言葉に、久世はふっと溜息を吐いた。
「なら、馬を――置いて行きます」
――ん? ポチ?
「ポチはだめだ!! 絶対だめだ!!」
僕の訴えに、久世は肩を竦めた。
そして、女性を見た。
彼女は眉を寄せ、舌を鳴らす。
「ああ、いい。分かった。馬で構わない。ただし、見つからなかったにせよ、夕刻までには一度戻ってこい。朝までに戻らなければ、馬は捌く」
酷い。これまでに何度、馬肉になりそうな目にあってきたか。ポチ。
久世――僕を、裏切るなよ。




