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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第三章

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境界杭

 ポチは久世に殺されかけた。

 僕を振り落とした罪で。

 けれど青函トンネルで、僕たちを助けてくれたことを告げて、説得に至った。


 お陰で僕は、登山をせずに済んだ。


 栃木の山間部。

 昨日、境界杭を見た。


 あれは山小屋ではない。

 深い緑の中に、不釣り合いなほど整然とした建物が現れた。

 白亜の洋館。人の手で管理され続けてきた、こじんまりとした別荘だ。


 地上には、二つの区域があった。

 青い蔦に飲み込まれようとしている部分と、不自然なほど時間を保っている部分。

 それはきっと、この星の気紛れだ。

 そしてそこは、その気紛れを、手懐けている側の、静かな要塞のようだった。


 僕たちはポチから降りた。

 久世が門扉を潜る。僕はポチの手綱を引いて、後に続いた。

 玄関までの、短いアプローチを歩く。

 砂利は均され、雑草は刈られていた。


 その時だった。

 前を歩いていた久世が、ぴたりと足を止めた。


「坊ちゃま」


 低く、鋭い警告。

 反射的に、僕も立ち止まる。ポチも止まった。


 久世の視線は、玄関ではなく、足元の芝生に向けられていた。不自然な平坦さ。芝の生え方が、周囲とわずかにずれている。一度、掘り返してから、丁寧に埋め戻したような。


 ――地雷? まさか。


 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 直後、玄関のドアが乱暴に開いた。


「動くんじゃないよ!」


 しわがれているが、鼓膜を震わせるほどに毅然とした声。

 そこに立っていたのは、散弾銃を構えた一人の女性だった。

 白髪を美しく夜会巻きに纏め、上半身は質の良いシャツ、下半身は動きやすそうなジーンズという、知性と野蛮が同居したかのような出で立ちだ。


 老いの気配は確かにある。けれどその瞳は、濁った老人のそれではない。

 銃口は確実に久世と、そして僕を狙っている。


 久世は両手をゆっくりと上げ、執事としての完璧な、そしてこの異常な状況に相応しい「最初の邂逅」を演じてみせた。


「これは失礼いたしました。――マダム」


 柔らかな声色。無害を訴えるには、落ち着きすぎている。

 銃口が、僕から離れ、久世の中心に狙いを定めた。


「気味が悪い。森の中を通ってきて、靴に汚れ一つ付いていない」


 引き金に掛けられた指は、まだ動かずにいてくれている。


「それにあんた――足元のそれに気づいたね。何者だい?」


 空気が張り詰める。


 僕は喉を鳴らした。

 声が出ない。


 久世が、微かに首を傾げる。


「マダムの観察眼に感服いたしました。極めて合理的な防衛方法です」


 女性の目が細められた。


「質問に答えな」


 静かな圧力。


 沈黙が、場を支配する。

 風の音すら、遠い。


 久世は一瞬だけ、僕の方へ視線を流した。

 そして、再び女性へと向き直る。


「敵――では、ありません」


 事実だ。

 けれど僕には、否定も肯定もできない。


 久世は続けた。


「我々は、無用な争いは望んでおりません。少なくとも、現時点では」


 含みを持った言い方だ。

 これでは話が、一歩も前に進まない。

 久世になど、任せてなどいられない。


 僕は息を吸い込んだ。


「……失礼」


 我ながら、落ち着いた第一声。

 物腰は、柔らかに。けれど、堂々と。


「ご婦人。初めまして。僕は、御子柴怜央みこしばれおと言います」


 女性の眉が、わずかに動く。


「ミコシバ……」


 銃口はそのまま、僕を値踏みするように見る。


「ミコシバ……ああ、ミコシバグループか? 何度か広告を見たことはあるが。確か――掘削会社、だったか? けど……中の人間の顔までは知らないね」


 一歩も動かず、女性は続ける。


「けど、そうか。どこぞのハッちゃけたパーティーピーポーが阿保面あほづら下げて舞踏会にでも参加するのかと思ったが。金持ちのご子息と……確かにあんたのその恰好は、執事にしか見えないね」


 やがて、女性は短く息を吐く。


「まあいい。言葉が通じるんなら、構わないさ。ただし――おかしな動きをしてごらん。眉間に穴が開くよ」


 そう言って女性は、中に招くように手招きした。


「さ、坊ちゃま」


 伸ばされた手を取り、玄関前のアプローチに埋められた地雷を避けながら、僕は歩いた。

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