泥
きっと、そうだ。支配されたときと、僕の鼓動が不規則な熱で満たされたときに、これが起きるのかもしれない。
恐らく――いや絶対だ。僕の左目から、青い花が咲いている。
動けなくなった僕のチノクロス・パンツをわざわざ剥いて、右の内腿に、ナイフの切っ先を向ける久世の目は、黒い。
爬虫類の縦瞳孔などではない。暗い情念を湛えた、人間の、真っ黒な瞳だ。
その目が、僕の壊れていく様を冷酷に、そして愛おしそうに記録している。
鋭い痛みが脳天を突き抜けた。
そこに、爬虫類のそれ――ではなく、人の厚い舌が、充てられた。
何度も何度も、腿を、這い上がってくる。
それから、腹と胸と、首筋。最後に唇を塞がれた。
僕の脳漿は沸騰し、思考は形を失った。
「カナト……」
僕の口が、勝手に久世をそう呼んだ。
「カナト、カナト……っ」
けれどこれは、心地いい。
その名前を呼ぶたびに、僕の中で、「なにものか」を名付けていた器がひび割れ、中からドロドロとした黒い蜜が溢れ出す。
カナトが、僕の指に、絹のような滑らかな指を、絡めた。
「怜央様……」
低い声。唇が離れるたび、求めるように名を呼ぶ。
おかしくなりそうだ。
いっそのこと、おかしくなりたい。
いや、既におかしいのか。
どうだっていい。
けれどどうせなら、狂った方が、きっと早い。
そうだ。世界は終わっている。
僕は別に、「御子柴」じゃなくてもいいんだ。
カナトが体を、僕に擦りつける。
脚を、割って――鍛え上げられて、引き締まった体で、僕を。
その時、「調律」が終わった。
僕は、僕を見下ろす。我に返ったのだ。
僕は咄嗟に久世を押しのけて、上半身を起こした。
覚えている。
なんだあの――『真っ黒な』泥は。
僕の中に、あんなものがあったのか。
そう思ったら、僕は泣いていた。
両手で、顔を覆って、背中を丸めて、僕は、声を殺して泣いた。
僕の頬をベロンと舐めたのは、ポチだ。




