特別
ソファの隣は、あの日からずっと僕だ。
ここに来たのは一番あとなのに。
しかも僕は、アロハシャツも、水着も強要されていない。
いつも朝、洗い立ての別のTシャツが、用意されている。
少し肌寒くなって、厚手のパーカーを支給された。
全部、全部――夢だったのか。
僕は、両手で軍用ナイフを持たされ、大きな檻の中にいた。
肩をトンッと叩かれた。
びくっと全身が硬直する。
「怜央」
低い声が、僕の名を、耳元で囁いた。
無骨な手で、肩を抱かれる。
「ほら――お前がやるんだ」
僕は首を横に振った。
重たいナイフを持つ手に、大きな手が重なる。
「怜央。兄ちゃんの言うことが、聞けないのか?」
兄さん。
鷹宮さん。
鷹宮兄さん。
「あれは、人じゃない」
けれど、人の形をしている。
地下に置かれた、背の高い檻の中。
僕と兄さんと、目の前には、椅子に縛られた
――――『人』。手枷と足枷。口枷と、目隠し。
肩まで伸びた烏の羽のように艶やかな黒髪。
一部の隙もない燕尾服。
「あれとの繋がりを、自分で断ち切らない限り、お前は自由になれない」
『あれ』?
『あれ』じゃない。
僕は知っている。
生きていた。
誰が?
『あれ』は、『誰』――?
パキッと音がして、僕の足が、青い霜で覆われる。
その直後――ズンッと、地鳴りが一つ。
その衝撃で、目の前に繋がれている男の目隠しが、取れた。
強い眼差しが、僕を射抜く。
「――ああ。ちょうどいい」
僕の背中に寄り添う兄さんが、僕の耳元で囁いた。
「壊れちまえ」
僕の左首の「痕」に、兄さんの唇が触れた。
僕の体は、ひくりと痙攣する。
拘束されている男が暴れて、口枷の隙間から、なにかを叫んでいる。
僕の全神経は、兄さんに不規則に落とされる唇に、持っていかれた。
頭が――くらくらする。
そのときだった。
バキンッと、耳をつんざくような音がして、僕は見た。
縦に裂けた、月の輝きに似た金色の、瞳。
口枷を噛み砕いたのか、口の端から、青い筋が一つ。
その口が、開いた。
「坊ちゃま」――と。
――久世。
久世。
久世! 久世!! 僕の、久世――!!
「――ぁぁぁあぁぁあああぁああああああああああああああ!!」
僕はナイフを、背後の男に突き立てた。
それは、片手で防がれた。
男は短く呻き、自分の右手で、ナイフの刺さった左手首を押さえた。
僕は、息を吐く。
「はっ……はっ……はっ……」
呼吸が、上手くできない。
久世を連れて、ここを出なくちゃいけないのに。




