兄さん
訊きたいことは、山ほどあった。
この世界は、どうしてこうなったのか。
鷹宮兄さんの言う「在来種」とは、一体何なのか。
そして――
あの時、僕を見下ろした、縦に裂ける金色の瞳。
……金色?
ふと、胸の奥がざわついた。
兄さんの目は、黒いはずなのに。
記憶の中にある、あの禍々しくも美しい黄金色は、誰のものだったか。
「説明するのは面倒だ。知りたければ自分で探せ」
『全部教えてやる』――そう言っていたのに。
兄さんは、僕に小さな真鍮の鍵を渡してくれた。
この施設が、大学だったころの知の集積地――図書室の鍵。
そこは、ミラーボールの光も、肉を焼く煙も届かない――迷いも、揺れることもない、死者が眠るだけの、墓標のような場所だった。
生者が、ただ、意義があることのように、意味づけするだけの。
僕は、蛍光灯の下に曝された本棚を見て回った。
ベストセラーの棚がある。
ヘミングウェイ――
友人たちは、『日はまた昇る』や『武器よさらば』の方がらしいと言っていたが、僕は、『老人と海』が好きだ。
トーマス・マン――『ヴェニスに死す』
谷崎潤一郎――『痴人の愛』
森鴎外――『舞姫』
僕好みの本棚だ。
資料探しを忘れて、僕は本を読み漁っていた。
コンコンッ――扉を叩く音。
僕はハッとした。
顔を上げる。
時計を見た。合っていれば――五時間ほど、経っている。
「資料は見つかったか?」
兄さんだった。上半身裸の上に、白衣を羽織っている。
僕は手にしていた本を本棚に戻した。
『カフカ――変身』
「ごめん、鷹宮さん。まだ……」
兄さんは微笑んで、ソールの重いブーツでずかずかと図書室に入ってきた。奥の机に積んであった書類を掴み、それを無造作に、僕へ渡した。
「読んでみろ」
僕は言われるがまま、ぺらぺらとページを捲る。
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在来種:
現生人類と同時期に存在していた旧系統。
外見的差異はほぼ認められない。
一部個体に、虹彩の色素異常および縦瞳孔化の報告あり。
社会適応率、特に「支配・被支配の倫理観」において現生人類と乖離が見られるため、保護対象として管理。
※在来種は、侵食過程において記録上の同一性保持(個体記憶の変質)に問題が生じる例が報告されている。
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『在来種』――って何?
そんな分類、僕は一度も聞いたことがない。
著者の名は――『鷹宮春継』
「……兄さん?」
長テーブルに腰を落として、ページを捲る僕の隣で、同じ個所に視線を落としていた兄さんと、目が合う。
兄さんは、にっこりと笑った。
「兄さん?」と、不思議そうに彼が言う。
僕はハッとして、手で口を覆った。
顔が、赤くなるのを感じた。
鷹宮さんの手が伸びて、僕は頭をくしゃっと撫でられた。
「この歳で、こんなでかい弟ができるとは、思ってなかった」
「――いえ。その……鷹、宮さん」
鷹宮さんは、僕の背中をバンバンと叩いた。
ひいぃぃぃっ痛い!
「兄さん――だろ?」
彼は、親指を立てた。
「――兄……さん」
「ほら、夕飯だ。行くぞ」
僕は、兄さんの後を、追いかけた。




