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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第二章 本州

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眠り

 数日が経った。


 最初にあてがわれた女性は、名前をサキといった。

 話してみれば、彼女はどこにでもいる、少し読書が好きなだけの、普通の女の子だった。

 彼女はぼそりと、「アントン・チェーホフの『桜の園』が好きだ」と、言った。そのとき僕は、ひどく奇妙な心地がした。


 ************************


 主人公の貴族ラネーフスカヤ夫人は、借金で破産寸前。そのせいで、屋敷と広大な桜の園を手放さなければならない状況だ。

 周囲は「土地を別荘地にして稼ごう」と、現実的な提案をするが、夫人は想い出の詰まった桜の園を、手放す決断ができない。


 やがて競売の日が来て。

 想い出の桜の園を買ったのは、かつてこの家の農奴の子だった――今は商人のロパーヒンだった。


 ************************


 ――縁起でもない。


 ふいに、目を覚ました僕の背中の産毛が、ぞわわっと逆立った。


 められた窓の隙間から、光はない。

 ゴォォッという――森を走る風の音がした。

 耳を澄ませると、「キュワッ。キュイキュイッ」と、なにかの鳴き声が聞こえる。

 渡り鳥だろうか……。


「どうした?」


 隣で、低く穏やかな声がした。

 僕は、自分の意志か、それとも本能か。自分に腕枕をしてくれているその逞しい腕に、縋るように頭を押し付けた。


「ううん。大丈夫です。()()()()


 彼に、何かされたわけではない。

 世俗的な、いやらしい関係でもない。


 彼は、歳の離れた兄の様な存在だ。

 僕は、一人っ子だったから。


 酒を飲まないと眠れなくなった僕を気遣って、頭痛薬を用意して、隣で寝てくれているだけだ。


 きっかけは、ここでの初めて夕食。焼酎をグラスに一杯、ロックで飲んで倒れた僕を、ベッドまで運んでくれたのが最初らしい。その時に僕が酔っぱらって、彼の腕を掴んで離さなかったせいで、困ってしまって仕方なく、一緒に寝てくれた――そう、聞いた。


「……まだ、夜は明けていないぞ」


 ベッドライトの暗い調光の中、鷹宮の無骨で大きな手が、僕の髪をゆっくりといた。


 僕は目を閉じ、鷹宮の胸に顔をうずめた。

 心臓の音が、一定の速さで聞こえてくる。


 どく、どく、と。

 規則正しくて、ぶれない音。


 ここにいれば、大丈夫だ。

 身体のどこかが、そう勝手に判断しているみたいだった。


「眠れそうか」


 低い声が、耳元に落ちてくる。


「……はい」


 嘘ではない。

 少なくとも、前よりは眠れる。


 酒を飲んで、こうして隣に誰かがいれば。


 誰か――ふと、僕は誰かの腕の感触を思い出しかけて……


 その顔が、黒いマジックで塗り潰されていく。


「……?」


 何を、思い出そうとしていたんだろう。

 どこかに手を伸ばす前に、それは力尽きた。

 目を閉じると、僕は鷹宮の体温に溶けていった。


 大丈夫。

 ここは、安全だ。


 鷹宮の指が、ゆっくりと僕の頭を撫でる。


「……いい子だ」


 心地いい言葉。

 僕は安堵した。

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