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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第二章 本州

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頭痛薬

 二日酔いは耐えられないほど、僕の体を蝕んでいた。


 頭の奥では、鈍い鐘のような音が鳴り続けているし。

 少しの振動で視界が激しく揺れる度に、気持ち悪さが昇ってくる。


 施設を歩き回る気力はなく、僕は自室に戻った。

 ドアを閉めると、部屋の中の淀んだ空気が、じめっと体に纏わりつく。


 結局、臭いベッドに横になるしかなかった。

 うつ伏せで枕を掴んだ僕の心臓はバクバクして、眠ることもままならない。


 ドアが、静かに開いた。


「……起きてるか」


 鷹宮だった。

 僕は驚いて、ベッドから飛び起きた。

 直ぐに、耐えがたいほどの頭痛。


 急に頭を動かしたせいだ――くそっ。


 鷹宮は、手に持っていたものをサイドテーブルに置き、ベッドライトのスイッチを入れた。当然のように僕の隣に座り、足を、自分の膝の上に乗せた。


 やめてほしい。靴底の汚れが、僕の布団に付いたらと思うと、ぞっとした。


「飲め」


 そう言って渡されたのは、水が入ったコップと、タブレットが二つ。

 白い。普通の、どこにでもある形の、錠剤。


「ただの頭痛薬だ。飲まないんなら、別に、構わねぇけどな」


 その声は、昨日と同じ低さなのに、妙に柔らかかった。

 僕は答えず、手渡された薬をじっと見つめた。


「そういえば、お前――久世って執事に、なにも聞かされていなかったのか?」


 久世――今頃、なにをしているんだろう。

 頭を……撃ち抜……。


 吐き気が込み上げる。

 そんなことない。

 あいつは……


「酷いな」


 ぽつり、と鷹宮が言った。


 酷い……って、何がだ?


「可哀想に」


 可哀想――?

 僕が?


「辛かったよな」


 僕は、同情されているのか?


「安心しろ」


 ――何が?


 久世を――殺したくせに。


 けれど、最初に会った時の粗野な印象とは違って、鷹宮はごく自然な動作で、僕の背中に手を添えた。


 温かい。


 指先が、ゆっくりと背中を撫でる。

 一定のリズムで。

 まるで、怯えた動物を、なだめるみたいに。


 けれど僕は、動物じゃない。


「聞きたいことがあるなら、全部教えてやる」


 押しつけがましくない。

 命令でもない。


「いつまで手に持ってる。大丈夫だって言ってるだろ? それは本当に、ただの市販薬だ」


 差し出されたコップ。

 水面がわずかに揺れる。


 僕はしばらく動けなかった。

 けれど、頭痛は容赦なくこめかみを脈打ち続ける。


 ――考えるのが、しんどい。


 結局僕は、薬を口に含んだ。

 水で流し込む。


「いい子だ」


 その一言が、妙に優しくて。


 次の瞬間、肩が引き寄せられた。

 僕の頭は、鷹宮の腕の中だった。


 驚くより先に、体が硬直する。

 逃げようと思ったのに、力が入らない。


 彼の手が、僕の後頭部をゆっくりと撫でた。荒れた指先が髪を梳くたびに、僕の輪郭が、甘く溶け崩れていくような錯覚に陥る。


「痛いの、痛いの……飛んでいけぇ~ってな」


 囁くような声。


 その響きが、胸の奥に落ちた瞬間――

 視界が滲んだ。


 夕焼け。

 畦道あぜみち

 幼かった日の思い出。


 転んで泣いてしまった僕に、母が同じ言葉をかけてくれた。

 あの時と、同じ。同じもの。


 違うはずなのに。

 全然、違うはずなのに。


 久世が、いないせいだ。


 気づけば、涙が零れていた。

 ぽろぽろと。大粒の涙がシーツに落ちる。


「お前、誰かに触れられていないと、壊れそうな顔してるぞ」


 そんな顔なんか、していない。


 けれど、鷹宮の優しさが、僕の心を揺らす。

 拒絶すべきだと分かっているのに、体がそれを受け入れてしまう。


 久世を殺した男だ。


「無理に強がるな」


 低く、穏やかな声。

 僕の指が、無意識に彼の服を掴んでいた。

 自分でも気づかないまま。


 鷹宮は何も言わない。

 ただ、ゆっくりと。


 一定のリズムで、僕の背中を撫で続ける。


 頭痛が、少しだけ遠のいていく。

 代わりに、思考が曖昧になっていく。


 泣き疲れた子供みたいに、僕の呼吸が、ゆっくり落ちていく。


「……眠ればいい」


 耳元で、そう囁かれた。


 抗う気力は、もう残っていなかった。


 瞼が重い。

 意識が沈む。


 そのときにあったのは、臭いシーツの感触でも、頭痛でもなく。

 僕を優しく拘束する、逃げ場のない腕の温もりだった。

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