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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第二章 本州

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施設

 消毒液の匂い。


 体は、コンクリートに打ち付けられたように動かない。

 数万ボルト――もしかすると、もっとあったかもしれない電流の残滓が、泥のようにへばりついている。

 僕は、冷たい床の上に横たわっていた。


 目は開いているはずなのに、なにも見えない。

 暗闇に目を凝らした。


 けれど、網膜が焼き切れたのか――暗いままだ。


 近くに、久世の気配はない。


 声を出そうとしたとき、どこか近くで、重厚な鋼鉄のドアが開く音がした。

 突如として、視界が弾ける。

 それは、僕の瞳から暗闇の安息を奪い去り、周囲を無慈悲に照らし出した。


 天井に、蛍光灯の光。


 首をのっそりと横に動かすと、鉄格子が目に入った。

 その向こうにあるのは――檻?


 久世の姿は見えない。


 僕は頭上に目を遣った。

 近い天井。違う。

 僕を囲む六面すべてが、冷たい金属で作られている。ここも――檻なのだ。


 足音がこちらへやってくる。

 コンクリートに、重い衝撃音。


 僕を護っている囲いの前で止まった。

 黒いブーツ。迷彩服で武装した男が二人。


 無言のまま、扉が開く。


 僕は引きずられるように檻から出された。

 そのとき初めて、自分の手首に手錠が嵌められていることに気づいた。

 そこに、金属製のリードが掛けられた。


「歩け」


 前方の男が言う。

 僕は動けなかった。

 動けるわけがない。こんなの――


 次の瞬間、太腿に鈍い衝撃。


 身体が前によろけた。だが、倒れ込むことさえ許されない。引き戻され、僕は操り人形のように不格好に踏み止まった。僕を蹴った後ろの男が、僕の腰に巻かれた縄の先を、持っていたせいだ。

 歩くことを、強制される。


 こんなの――犯罪者以下の扱いだ。


 彼らにとって僕は、「御子柴みこしばの御曹司」ではなく、ただの「重い荷物」に過ぎないのだ。


 久世はどこだ。どこに行ったんだ。

 久世がいれば、こんな扱い――


 そういえば、ポチはどうした。


 もしかして……逃げたのか?

 僕を置いて。


「……離せ、僕は――」


 言いかけた言葉は掻き消えた。

 廊下を抜けた先に広がる光景に、僕は目を疑った。


 吹き抜けの玄関ホール。


 壁には無造作にスプレーで描かれたグラフィティと安っぽいミラーボールの光り。

 それから、爆音を鳴らす大型スピーカーと、人々の黄色い声。それが、「夜」の歌を覆っている。


 転がる高級酒の瓶。肉を焼く煙と、香水の匂いが混ざり合って、僕は咳込んだ。

 ここは――なにかの、施設だろうか。

 僕は、狂乱の渦を横目に、二階へと続く階段を無理やり登らされた。


 二階の幅広い通路。そこには、一階の混沌を支配するロイヤルシート――革張りのカウチソファが置かれたあった。さながら、オペラハウスのバルコニーか、ギャラリーのようだ。


 ソファの周りには、水着姿の男女が、はべるように数人。

 剥き出しの内腿や臍の辺りには、僕と同じ「痕」が、刺青のように刻まれていた。


 ソファの真ん中。そこに座っている男だけには、その「痕」が、今のところ、見当たらない。上半身は裸だが、下半身は黒い革のパンツ(革パン)で隠れている。


 背丈は久世と同じくらいだろうか。けれど、一回りは大きく見えた。

 久世が鋭利なナイフなら、この男は岩盤の塊のようだ。

 日に焼けた粗野なくせ毛。口元には無精ひげ。僕の周囲には一人としていなかった。だらしなく、それでいて、圧倒的な暴力の匂いを纏った男だ。


 三十代だろうか。

 僕は、そいつの前に強引に座らされた。背後の男が、僕の肩を掴み、床に押し付けたのだ。


 許せない。


 僕は、無精ひげの男を見据えた。


「久世はどこだ」


 男は鼻で笑った。


「誰だそりゃ。お友達か?」


「執事だ」


「執事――!?」


 下品な男は、信じられないものを見たかのように目を丸くした。

 剥き出しの暴力が支配するこの世界において、こいつにとってそれは、死語よりもさらに遠い、お伽話とぎばなしの単語だったのかもしれない。


「だっはは――!! おい、お前ら。聞いたか!? 執事だってよ!」


 下卑た笑いが、ホールに反響する。周囲の男女たちも、それにならうように下劣な声を上げた。


「どこにいるのかと、僕は訊いているんだ」


「あー……じゃあ、あいつか? あいつなら」


 下品な口元が、歪な笑みに変わる。


「もう殺したぞ」


「殺し――!?」


 心臓が、氷に直接、触られたような感覚がした。


「ああ。こっちに運んでいる途中で、なんだか急に暴れ出したんだよ……で、殺した。ボルトアクションライフル。AWM8.6mm、338ラプアマグナム弾――まあ、言っても分かんねえか」


 男は、自分のこめかみに指を二本充て、笑う。


「バァンッ!!」


 僕の体が一瞬、強張こわばった。


「――要は、狙撃銃スナイパーライフルで頭をぶち抜かれたんだ。《《在来種》》だろうがなんだろうが、頭抜かれりゃ終わりだ。ついでに馬は――」


 男は顎をしゃくった。


「あそこでバーベキューになってるぞ」


 一階の、火が点いている大型のコンロ。


「香ばしい匂いがするだろう? 肉の焼けるい~い匂いだ。ジュ、ジュワア」


 僕の体は意志に反して、勝手にがたがたと震えだした。


 嘘だ。嘘だ。嘘だ――

 死ぬわけがない。あの久世が。


 こいつは僕を、脅しているんだ。

 恐怖なんかで、こいつに屈するつもりはない。


 けど――一階から漂ってくるあの煙が、急に呪わしい死の香りのように思えた。パチパチと脂の爆ぜる音が、断末魔の悲鳴にも聞こえる。

 僕を助けてくれた、あの葦毛の温もりを思い出し、吐き気が胃を突き上げた。

 

 吐くものか。

 こんなところで。


「まあ、執事ってのはお友達でもねえし、どうせただの従業員だろ?」


 憐みか、蔑みか。

 男は僕を見下ろした。


「あいつもなあ……ひざまずいて命乞いでもすりゃ、考えてやったんだけどなあ」


 男は、獲物をいたぶる猫のような薄笑いを浮かべる。


 信じない。こんな男の言うことなど。


「そういえばお前、調()()()()があったよな。俺が、引き継いでやってもいいんだぜ」


 ソファから身を乗り出し、男は僕の顔を覗き込む。

 その体から放たれる、酒と煙草の混ざった、野生動物のような濃密な体臭。

 臭くて、窒息しそうだ。


金持ち(セレブ)も、上流国民アッパーも、今じゃみーんな俺にひざまずく。

 お前もご貴族様(ハイクラス)だったんだろう? ひざまずいて、俺の靴を舐めろ」


 その瞳が琥珀色に変わって、僕を見下しながら、縦に裂けた。

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