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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第二章 本州

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箱舟

 水嵩みずかさは増すばかりだ。


 久世は全体重を、僕に乗せている。

 首筋に、規則正しい――けれど、浅い呼吸が触れる。


『食べてしまいそう』とか、『食べたい』とか。

 言っていたくせに。

 そう言ったあとは苦しそうにして。


 ――その腕は、僕を抱き返してこない。


 お腹が空いて、食欲が抑制できないのなら……。


 片腕くらいなら――うん、利き手じゃなくて、できれば……。

 いや、でもきっと痛いな。

 指、とか……だめだ。なんか、リアルに痛くなってきた。

 いっそ、頭だったら一瞬で。


 ぶるっと悪寒が走る。

 恐怖する妄想が、背中を駆け上がったからではない。


 膝をついている僕の腰に、水が迫っているのだ。

 冷たい感触が、僕の背筋を何度も這い上がる。


 こんな世界だ。いっそのこと死んだ方がマシかもしれない。

 けれど僕は、泳ぎが得意だ。


 皮肉なことに、財閥家の子息として叩き込まれた数々の英才教育が、この極限状態で僕に、冷静な生存戦略を与えていた。

 水が満ちれば、久世の体は浮く。背負って、押して、進めばいい。


 そう考えた、そのとき。

 背後から、水を掻き分ける音がした。


 ざぶ、ざぶ――と。

 人間の歩幅ではない。


 僕は息を詰めた。

 久世の手から滑り落ち、水の中に沈んでいた軍用ナイフを指先で探り当てる。硬い鉄の感触を握りしめ、僕は久世を庇うように構えた。


 この状況で、侵食されたあの「青」に襲われたら、どうやって立ち向かえばいい。


 どうやって――


 心臓が、鼓膜を破らんばかりに脈を打ち始める。

 僕は、恐る恐る振り返った。


 懐中電灯が、湿った壁を照らしている。

 何も見えない。音だけが、反響している。


 体勢を替え、久世の頭を僕の左肩に引き寄せて、闇からやってくる「死神」に、神経を研ぎ澄ませた。

 食い殺されるにしても、せめて一刺し、この絶望に抗ってやる。

 肺が、冷たい水圧に押し潰されそうで苦しい。


 そのときだ。

 懐中電灯の、消え入りそうな光の輪の中に現れたのは――


「え?」


 それは、葦毛の馬だった。


「――ポチ?」


 生きてた。解体されていなかった。

 ポチは、申し訳なさそうに鼻を鳴らし、濡れた鼻先を僕の頬にそっと擦り付けてきた。


 その鼻先の温かさが、沈みゆくこのトンネルの中で、僕には箱舟に思えたんだ。


 ポチに協力してもらい、久世を鞍の上に乗せた。

 僕はあぶみに足を掛け、ポチの背に跨った。

 意識のない久世の体を支え、僕はポチとともに、一歩、また一歩と闇を蹴立てる。


 ああやっぱり……名前――ポチじゃなくて、ノアにすればよかったかな。


 トンネルを抜ける。

 ――そこは、青森。

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