地獄
久世に体を支えられ、僕は線路沿いを、枕木を数えるように歩く。
僕も左手を伸ばし、久世の腰を掴んでいた。
バランスを取るために、腰に添えられた久世の右手に、僕は、自分の右手を重ねて歩いた。
小学生の時の体育祭で、同級生と二人三脚で走った記憶が甦る。
あれは確か、腰じゃなくて、肩を組んで走った。
大人になって、男同士で――しかも使用人と、こんなふうに歩くものなのだろうか。
でも、足元は暗いし、なにが起こるか分からない。
怖くはない――けれど、これは必然なんだ。
久世から立ち上る、香り……なんの香水だろう。
爽やかで、澄んでいて。好きな香りだ。
どこにつけているのだろう。
手首かな。耳朶とか。
なんで僕は、こんなことを考えているんだ。
――だめだ。
久世が懐中電灯で、前方の壁を照らす。
湿った闇の中に、『たっぴかいてい』という駅名が見えた。
その時だった。
トンネルの奥から、明かりが漏れた。
誰か――人がいるのか?
白く、規則正しい光。
懐中電灯とは違う。
けれど、知っているはずの光だ。
次の瞬間、足元が震えた。
ドゴ、ドゴ、ドゴ――
巨大な鉄の塊が、剥き出しの岩盤を叩き潰すような轟音。
誰か――いや、何かが、こちらに向かってやってくる。
――闇を割って現れたのは、新幹線の車両だった。
ただし、知っている形ではない。
車体の両脇から、何本もの腕が百足のように突き出している。
人間のものによく似た、けれど巨大すぎる節くれ立った関節。その手は線路を掴み、壁に手を置き、歩いていた。
異形の列車は、僕たちのわずか数メートル手前で、ぴたりと止まった。
中は、満員だった。
人。
人、人、人。
青い光を内側から滲ませ、押し潰されるように詰め込まれている。
軋む音とともに、自動ドアが開く。
同時に、人が押し出され、雪崩のように降りてくる。
――それは、降りてきてはいけない形だった。
頭が、ボストンバッグと癒着している。
胴体の半分が、キャリーケースに溶け込み、剥き出しの肋骨が、ファスナーを噛んでいる。
通勤と観光と移動の成れの果て。
それらが次々と、扉から溢れ出す。
あぁ、あの鞄は……僕も持っていたものだ。
コンクリートを叩く湿った肉の音が、トンネル内に反響する。僕を、殴りつけるように。
ここが地獄だと、改めて理解した。
崩れ落ちそうになる僕の腰に、久世が力を込めた。
逃げ場のない鉄の箱のようなこの暗闇で、その手だけが唯一、確かな質量を持って、僕を繋ぎ止める。
「私がいるではありませんか」
僕は、久世に重ねた右手で、その手をギュッと握りしめた。
この手から溢れ出す異質な熱なしでは、僕はもう、立っていることさえできないのか。




