産道
青函トンネル。
海の底。
管理扉から、僕たちは、地下へと続く階段を下りていく。
一段、また一段。
地上の光が、背後で削り取られていく。
冷たく湿ったコンクリートの匂い。錆と重油が混じった、肺の奥にこびりつくような臭気。
久世が向ける懐中電灯の光が、壁をなぞる。
照らされた部分だけが現実で、それ以外は、まだ生まれていない闇のようだ。
僕の右腕に走る青い血管が、脈打った。
どくり、と。
世界と同じ色が、僕の中で動いている。
悪寒がした。
もう、夏の風は届かない。
ツクツクボウシの鳴き声も、完全に途切れた。
代わりにあるのは、圧迫感だけだ。頭上に積み重なった数千万トンの海の重みが、見えない天井となって、僕を執拗に糾弾する。
久世が明りを向けた天井には、浸み出た潮の結晶だろうか――鍾乳洞で見るような凹凸が見える。それは、剥き出しになった巨大な獣の、肋骨のようにも見えた。
所々にある水溜まりを避けもせず、僕は久世に支えられながら歩いていた。
足音は、やけに大きく響く。
その一つ一つが、戻れないことを確認するための承認みたいだった。
僕たちは今、津軽海峡の底で、巨大な産道を通っている。
この先には、祝福も希望もない。
全ての悪意から――自分を護る心地好い揺り籠から、肺に満たされたものを吐き出して、苦しみの中を這い出さねばならぬという、事実だけ。
ただ、次の地獄へ――生まれ直すために。




